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コラム

第107回 ロープのワンハンドノット(フラリッシュ)の歴史(2022.010.27up)

はじめに

片手から垂れ下がったロープを一振りするだけで結び目ができます。1970年代にはマニアの間で話題になり練習していた記憶があります。かなり難しいのですが、プロとして完璧に演じられていたのがスピリット百瀬氏とパピヨン大西氏です。なお、1990年代終わり頃のTV「しあわせ家族計画」の番組で、このワンハンドノットが取り上げられていました。3分以内に3つの結び目が重ならずに出来れば300万円相当のものがもらえます。この時の手本を見せられたのがスピリット百瀬氏でした。また、お二人はロープを振り上げてのワンハンドノットも得意とされています。これはオランダのフリップの方法かと思っていましたが、意外な人物の考案であることが分かり驚きました。「実証・日本の手品史」や「セルフワーキングマジック事典」の著者の松山光伸氏でした。数ヶ月前に松山氏にお会いして色々お話を伺っていた時にそのことが分かり驚いたわけです。このことをきっかけにして、フラリッシュ的に行う他のワンハンドノットの歴史も調べたくなりました。海外の状況やオランダのフリップのことも調べることになりました。その結果、いろいろと分かりましたので報告させて頂きます。

垂れ下がったロープのワンハンドノット

私のあいまいな記憶では、1970年代前半より大阪でワンハンドノットを見ていたように思います。その頃の状況に詳しいジョニー広瀬氏にワンハンドノットのことを伺いました。その頃は日本奇術連盟のディーラーをされており、同じ連盟のディーラーであったスピリット百瀬氏やパピヨン大西氏がうまかったことと、オランダのフリップの名前も登場しました。しかし、何年頃であるかは分かりませんでした。50年も前のことですので年数を特定できないのが普通かもしれません。同じことを「図解カードマジック大事典」著者の宮中桂煥氏に尋ねますと、1973頃に阪神百貨店のジョニー広瀬氏がワンハンドノットを行なっているのを何度も目撃されたそうです。宮中氏は学生時代のその頃からマジックを始め、時間があれば広瀬氏の売場を訪れていたそうです。そのために強く記憶に残っているそうです。その時に大西氏の場合はワンハンドノットを両手でも行うと告げられたそうです。大阪の深井洋正氏にも伺いますと、意外な情報を得ることが出来ました。大学3年頃から、時間があればワンハンドノットの練習をされていたそうです。1970年から71年になります。大学時代であったことで年数が特定できました。その頃には既に日本で知られていたことになります。名古屋で学生の発表会があり、名古屋に行った時に大西氏からワンハンドノットを見せられ、それから練習するようになったとのことです。

このようなワンハンドノットを解説した文献を調べますと、1945年と1947年にアメリカで発表されていることが分かりました。1945年9月の”Hugard’s Magic Monthly Vol.3 No.4”にHarvey P. Grahamが “Snapping a Knot”のタイトルで解説しています。ロープの上端を持っている手の手首でロープを叩いて結び目を作る方法です。一度ロープを右側へゆらし、振り子のように左側へ戻ってきた時に右手首で下方へ叩くと、ロープの下端が跳ね上がって自動的に結び目ができます。1947年にはJ.B.Boboが “Watch This One!” の本で”Throwing a Knot” を解説していました。まず冒頭では、これはカウボーイやロープアーティストにより以前から行われていたものであると報告しています。ロープの上端近くを右親指と中指で持ち、右手をゆっくり頭の近くまで上げ、右人差し指を伸ばして素早くロープの下半分部分を叩きつけます。それにより結び目ができます。その後、ワンハンドノットが解説されるのは1979年と1989年です。ところで、日本の文献にはフラリッシュ的なワンハンドノットの解説が全く見つかりません。それでは、なぜ、1970年頃の日本で行われるようになったのでしょうか。

日本での方法の特徴

日本では百瀬氏も大西氏も手首や人差し指をロープに当てることなく行っています。また、ロープを振り子のように揺らすことなく、ロープを一振りするだけで結び目をつくっているのが特徴的です。米国の解説に比べ、かなり進化していますが、難易度が高くなっています。学生時代から練習されていた深井氏も指を当てることなく、手首を左へひねる一振りや逆の右へひねる一振りで結び目を作っていたそうです。ただし、人前で失敗したくない時は、人差し指を当てる方法も使ったと教えて頂きました。指を当てるとかなり楽に行えます。今回のことでマジックランドのトン・小野坂氏に伺いますと、日本でもカウボーイのロープ操作を見せたり、ムチを自在に操る名人がおられたそうで、ロープの一振りでワンハンドノットも作っていたと教えて頂きました。日本奇術連盟の副会長をされていました高木重朗氏は海外のロープマジックに詳しく、1945年と47年のワンハンドノットの記事はご存知であったと思います。スピリット百瀬氏は1966年に連盟に所属して名古屋に勤務し、1967年から東京へ移り高木重朗氏から多くのことを学ばれます。また、パピヨン大西氏は1969年に東京の連盟で勤務されています。そして、この頃に松山光伸氏が振り上げて行うワンハンドノットを演じられ、衝撃を与えたのではないかと考えています。

松山光伸氏の振り上げワンハンドノット

松山光伸氏が1968年の大学3年の時に発表されたのが、新しい発想を中心にしたロープの結び目を使うトリックでした。そのオープニングでロープを振り上げてワンハンドノットを演じています。結び目として作られたループが一定の大きさで型くずれしにくくするために、少し硬く太いロープを使われました。なお、それまで片手だけで行うフラリッシュ的なワンハンドノットの存在は聞いたことがなく、かなり練習されたそうです。大学選抜にも選ばれ大学奇術連盟の大会に出演されます。そして、1969年7月20日の日本奇術連盟の大会にもロープで出演され、奇術界報335号に松山氏のステージの写真が掲載されています。また、1970年10月25日には日本奇術連盟の創始者の故長谷川智15周忌追善の大会が催され、それにも松山氏がロープを演じられました。奇術界報350号に松山氏の演技写真が掲載されています。連盟の大会に2年続けて出演されたわけです。

ところで、1969年の大会では連盟のディーラー8名がステージ上に並び紹介されていました。その中には、広瀬良雄(ジョニー広瀬)、大嶽重幸(スピリット百瀬)、松尾昭(Mr. マリック)、大西敏夫(パピヨン大西)がおられました。なお、大嶽氏と松尾氏は演技も披露されていました。1970年の大会では上記の4名が演技者として出演されています。つまり、4名とも松山光伸氏のロープ演技を見られていたわけです。ジョニー広瀬氏に伺いますと、名前や内容は覚えていないそうですが、ロープのうまい演技者がいたことだけは強く記憶に残っていると話されました。もちろん、これらの大会には高木重朗氏も出席されていたはずです。私の勝手な想像では、大嶽氏か大西氏が同様なワンハンドノットが以前から存在していたのかを高木氏に質問され、振り下げて結び目を作る別の方法があることを紹介されたのではないかと思いました。大嶽(百瀬)氏と大西氏は振り下げの方法だけでなく、松山氏が演じられていた振り上げの方法も名人級の腕前になります。滋賀県のスライハンドマジックを得意とされるS企画の塩見氏に伺いますと、塩見氏は振り下げのワンハンドノットを両手で同時に行えますが、パピヨン大西氏は振り上げの方法を右手で、左手は振り下ろす方法で同時に演じていたと教えて頂きました。

1969年テンヨー大会の松山光伸氏のロープ演技

松山光伸氏に1969年頃のことを伺いますと、奇術連盟の大会で演じたことよりも69年8月3日のテンヨー大会でロープを演じたことの記憶が強く残っているそうです。この大会はダイ・バーノンとラリー・ジェニングスの来日に合わせて開催されていたようです。客席には、バーノンとジェニングス、そして、石田天海氏や澤浩氏も観られていたので印象深いものになったと思います。この大会の内容が1969年9月発行の「東海マジシャン No.101」に高田史郎氏が報告されていました。3部構成の第1部で松山光伸氏が「ファニーループ」のタイトルで演じられました。第3部はプロマジシャンの演技で、松旭斎天花、石田天海、松旭斎天洋、引田天功(初代)の最高級メンバーが出演されています。高田史郎氏は松山氏の演技を「1本のロープに結び目ができたり、消えたり、2本にカットしていっしょに結んだロープを左右に分けると、結んだままの状態でバラバラになる。この日のうち最も強く印象に残った」と報告されていました。なお、2本にしたロープで結び目が出来たまま左右に分かれる方法は、1995年にBusbyから発行された”Arcane”の14号に松山氏の方法としてマーチン・ガードナーが解説されています。

オランダのフリップについて

フリップも一振りするワンハンドノットや振り上げて結ぶ方法も使われていたようです。しかし、振り上げの方法を使われたのは松山氏より後であると考えられます。何度か来日されており、日本のマジシャンから影響を受けられたのではないかと思っています。フリップが有名になるのは1970年のFISMアムステルダム(オランダ)大会からであり、残念ながら3位までの入賞はできませんでしたが、独特のタッチで話題を呼びます。2017年のGenii誌1月号がフリップの特集号で、1970年のFISMの演技内容も報告されています。白ウォンドを中心にして、赤ウォンド、白ベレー帽、白ネクタイ、赤に白玉模様のシルク、大きい穴があいた赤ビリヤードボール、ロープ、紙ナプキン、袋を使ったストーリー性のあるコミカルタッチの演技です。ロープの使用は思っていたより短く、2本のロープが突然現れ、一方には2つの結び目があり、その2つの結び目が他方のロープへ移ります。そのロープを処分して、他方の結び目がないロープにウォンドを使って結び目を作り、結び目が外れます。それが前に消えた紙玉になります。

フリップは1972年に3ヶ月間のアメリカ・レクチャーツアーを行い、その中でハワイのPCMA大会にもゲスト出演されることになります。このハワイ大会には日本奇術連盟のメンバーが多数出場され、ステージでは長谷川ミチ氏が優勝、クロースアップでは松尾昭(Mr. マリック)氏が1位を獲得されています。また、大嶽(百瀬)氏は長谷川氏の後見として出演され、ジョニー広瀬氏も参加されていました。1973年のFISMパリ大会では、フリップはゲスト出演しロープのレクチャーもされています。さらに、1976年までには来日されているようですが、何年であるのかが分かりません。1976年9月にカラー写真を中心とした「ワールド・グレイティストマジック」の本が発行され、4ページにわたりフリップが紹介され、その最後に日本訪問とアメリカツアーをしたことが報告されていました。当時のナイトクラブは、海外からのタレントがよく出演していました。

フリップのレクチャーと結び目トリック

1977年10月には大阪のナイトクラブに出演されており、その時に特別にレクチャーを依頼して、数名を集めて行なったことをジョニー広瀬氏より伺いました。その頃の私の古いノートを調べますと、ロープと小さいリングを使ったフリップのマジックを広瀬氏から見せて頂いたことを記録していました。一振りしたロープでワンハンドノットを作り、その後、その結び目に結ばれた状態で小リングが出現します。そして、ロープと小リングの手順が続けられます。この時のレクチャーは、1972年のアメリカで使用したレクチャーノート”Fl!p Qu!k Tr!k Str!p”を元にされているようです。イラスト中心の解説で、有名なウォンドの消失や再現だけでなく、各種のロープの結び方が解説されます。ワンハンドノットの解説がなく両手を使うものばかりですがフラリッシュ的に結んでいます。2種類のなげなわ的な結び方や8の字結び、そして、ウソ結びなどです。

1997年の石田天海賞パーティーのゲストとして来日された時には私も参加しました。この時の日本語訳レクチャーノート”Flip Strips”には、松山氏と同様な振り上げによるワンハンドノットがイラストで描かれています。右手だけで次々と3つの結び目を作るのですが、その最初に使われていました。残りの2つはシルクのワンハンドノットと同様な方法です。ただし、解説の部分では右手だけで3つの結び目を作ると書かれているだけで具体的な記載がありません。この”Flip Strips”の英語版の発行年を調べますと記載がありませんでした。いろいろ調べた結果、Michael Canick著の本に年数の記載を見つけました。1990年までに発行されたマジック書の価格ガイドの本です。フリップの本として”Flip Strips”が掲載され1983年となっていました。フリップはアメリカへ9回訪れていますので、83年のレクチャー時の発行と思います。違っていても1990年以前の発行であることは間違いありません。2002年に発行されるフリップのロープDVDには、この片手で3つの結び目を作る部分がなくなっていたのが奇妙です。この3つの結び方はフリップの方法ではないことから外されたのかもしれません。このDVDには結び目を使う4手順を解説されますが、それぞれがフリップ考案の方法で手順化されており、たいへん参考になるDVDです。

1979年解説のザローのワンハンドノット

1947年以降は長い間フラリッシュ的なワンハンドノットの解説がなく、やっと1979年に発表されます。ハーブ・ザローの方法で振り下げではなく振り上げですが、松山氏の方法とは逆方向に振り上げてワンハンドノットしています。これを”Pendulum Knot”の名前で、”Close-up Folio No.12”に掲載されます。右手にロープの上端を持っている場合は、一度ロープを右へゆらして、左へ振り子のように戻ってきたロープをそのまま振り上げて右手に当てて結び目を作っています。ロープの上端部を折り曲げて人差し指と中指の間に挟んで持ち、四指を伸ばした状態でロープをその四指に当てています。振り子のようにゆらすのでPendulum(振り子)の名前がつけられたようです。この方法は30年前に考案したと報告されていますので1949年頃になります。つまり、1945年や47年の振り下ろす方法に影響を受けて考案された可能性があります。1973年に解説を書き、それを元にして1979年に発表しています。ザローはクロースアップマジックの研究家でありアマチュアで、このワンハンドノットを多くの人前で演じることがほとんどなかったと思います。松山氏の方法は文章では発表されていませんが、ザローの方法が発表される数年も前に振り上げの方法を多くの観客の前で公開されていたことになります。

1989年発行の結び方を集めた冊子

フィル・ウィルマース著「ノット・コントロール」の冊子が発行され、各種のワンハンドノットだけでなく、両手を使った多数の結び方がイラストを使って解説されます。多数の方法がこの1冊にまとめられていますので大いに役立ちます。しかし、クレジットに関してはいくつかの気になる点がありました。この本にはフラリッシュ的なワンハンドノットが4つ解説されます。1つ目が1947年のボーボーの本の振り下ろして人差し指を当てる方法です。マジック書で最初に解説された1945年のことが何も記載されていないことが少し気になりました。そして、それ以上に気になったのが、人差し指を使わなくても出来るとして、その方法に自分の名前を入れた「ウィルマース・スナップノット」を発表していたことです。日本では指を当てずに行うのが普通で、1970年頃には演じられていました。ウィルマースは1973年頃には各種の結び方を手順化して演じ始めたそうですが、自分の名前をつけていることには驚きました。そして、3つ目はザローの振り上げの方法を1975年頃に見せてもらい、自分の手順に加えています。演じる時には必ずザローの方法と言っているそうです。ザローの方法との違いは、ロープの上端を自転車のグリップのようにつかみ、伸ばした人差し指にロープを当てる方法に変えていました。そして、問題となるのが4番目の右へ振り上げる方法ですが、フリップ考案のように紹介していたことです。フリップがレクチャーで使われていたからと書かれていますが、フリップの考案であるのかは確認されていないように思いました。さらに気になるのが、この本に解説された両手を使うなげなわ的な2つの結び方です。2つともこれまでに見たことも読んだこともないと書かれていました。この2つはフリップの1972年のアメリカツアー時のレクチャーノート”Fl!p Qu!k Tr!k Str!p”に、イラストで分かりやすく解説されていた方法です。その時のレクチャーは受けていなかったようです。

おわりに

シルクのワンハンドノットは有名で、シルクの上半分に片手を引っ掛けた状態から始めています。ロープの場合も、一般的なワンハンドノットは同じ方法で解説されており、結構楽に行えます。ところが、フラリッシュ的なワンハンドノットとなると難易度が上がり、今回の調査で4つの方法に分けるのがよいのではないかと思いました。振り下げは指や手を当てる方法と当てない方法の2つです。振り上げは外側へ振り上げる松山氏の方法と、内側へ振り上げるザローの方法の2つです。余談ですが、フリップノットの名前の結び目を作るトリックがあります。しかし、マジシャンのフリップとは全く関係のない別物でした。ロープの両端を片手に持ちますが、1つの端に結び目があるのを隠しています。少し手を振って結び目のない端を落とし、何も現象が起こらないことを見せます。これを繰り返して、3度目に結び目がある端を落として、結び目ができたことを見せるトリックです。

今回取り上げた振り下げのワンハンドノットは、私が本格的にマジックと取り組み始めた頃に練習していたのでなつかしくなりました。そのようなこともあり、松山氏がそれ以前に振り上げのワンハンドノットを演じていたのをお聞きして、その頃のことを調べたくなり、当時を思い出すよいきっかけとなりました。残念であったのは、達人とも言えるスピリット百瀬氏とパピヨン大西氏から当時のお話を伺えなかったことです。百瀬氏は2020年5月4日に亡くなられました。また、大西氏からはお話を伺う機会を逃してしまいました。ここでは松山氏が演じられた1969年以降に振り下げのワンハンドノットの情報を得てお二人が習得されたとしました。もしも、その数年前から行われていたとしても、松山氏のワンハンドノットを見られて大きな刺激を受けられたであろうと考えています。

参考文献

1945 Harvey Graham Hugard’s Magic Monthly Vol.3 Snapping a Knot

1947 J.B.Bobo Watch This One! Throwing a Knot

1969 奇術界報335号 日本奇術連盟大会出演の松山光伸氏の写真

1969 高田史郎 東海マジシャン No.101 松山光伸氏の演技報告

1970 奇術界報350号 故長谷川智15周忌追善大会出演の松山光伸氏の写真

1972 Flip Hallema Fl!p Qu!k Tr!k Str!p Knot Able

1979 Herb Zarrow Close-Up Folio No.12 Pendulum Knot

1983 Flip Hallema Flip Strips(英語版)

1989 Phil Willmarth The Knot Collector 多数の結び方の解説

1995 松山光伸 Arcane No.14 Separation Knots(ガードナー解説)

1997 Flip Hallema Flip Strips(日本語版)

2002 Flip Hallema Truly Magical Rope Magic (DVD)

2017 Flip Hallema Genii 1月号 Flip 特集号


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