カードを次々と省いて、最後に1枚を残すセルフワーキンングトリックがあります。52枚を二つの山に配り分けて、一方をさらに配り分け続けて、最後に1枚を残すトリックです。このクレジットがあまりにもひどい状態になっていました。20世紀中は全くクレジットされず、21世紀に入って有名マジシャンが次々と改案を発表されますが、正しいクレジットをされていません。初期にバラエティーに富んだ4作品が発表されていたのですが、それらが全く無視されています。5作品目とも言える作品がクレジットされていますが、その作品は改悪としか思えない方法です。何故それをクレジットしているのか不思議でしかたありません。
ところで、この作品を取り上げたのは素晴らしいマジックであるからではありません。私が一番嫌いであったマジックと言ってもよいものです。52枚を使って配り分けしているために、時間ばかりをかけている印象です。最後に残るカードが客のカードになるわけですが、それほど不思議さも面白さも感じられません。ダラダラと時間をかけるのがセルフワーキングの特徴のように思ってしまい、セルフワーキング嫌いにさせられた原因の一つとも言えます。ところが、使用枚数を大幅に減らし、新しい要素を加えると面白さが感じられるようになってきました。ダウンアンダーも嫌いでしたが1980年代には興味が持てる存在になっています。使用枚数が少ないことと面白い原理が多数あったことからです。私の中で大きく変わってきたセルフワーキングですので、これらの点をもう少し詳しく報告させていただきます。
原案者はL.VosburghLyonsです。1939年のTheJinx54に「ラスト・チャンス」のタイトルで発表されました。特に技法は使わず、すべて裏向きのままで行えます。これを改悪したとしか思えないのが、1948年発行のヒューガード&ブラウエ著“TheRoyalRoadtoCardMagic”です。”TheTantalizer”のタイトルで解説されています。TheTantalizerとは「じらす人」といった意味でしょうか。じらすように徐々に除いて最後にやっと客のカードが出現するので、このタイトルになったと考えられます。こちらではグリンプス、バックスリップの技法が加わっています。それだけでなく、表向きに広げる操作が加わります。キーカードを探して、特定枚数まで密かに数える必要があるからです。私は表向きに広げて、何かを探しているように見える操作は好きになれません。21世紀に入ってからはクレジットをきっちりされるデニス・ベアー、ダーウィン・オーティス、ポール・ウィルソンが改案を発表されますが、いずれも「ロイヤルロード」の本をクレジットしているだけでした。今回詳しく調べますと、「ロイヤルロード」以前には同様な配りわけするマジックが4作品も解説されているのが分かりました。TheJinx誌に2作品とThePhoenix誌からの2作品で合計4作品です。いずれも発行部数が多いマジック誌で、現在でも簡単に合本が手に入るだけでなく、マジック研究者であれば持っているはずの本です。そうであるのに、それらを調べようとされなかったことが不思議です。
今回のマジックの多くの改案者は「ロイヤルロード」の本をクレジットしています。しかし、この本には大きな問題がありました。各作品にクレジットがないことやイラストに多数の間違いがあることです。さらに、奇妙なことが米国で1948年に発行されて、翌年には英国のFaberandFaber社に権利を売り渡しています。何故そのようなことになったのでしょうか。まず伝えておきますが、この本の内容は素晴らしく、カードマジックの名著の一つと言われています。そもそもこの本に素晴らしい作品が多数掲載されていることには理由があります。西海岸のブラウエが1930年代後半から、チャーリー・ミラーや数名のマジシャンから見せられた価値の高いマジックを中心に掲載されていたからです。それらの方法を推理して解説を書いたノートを、東海岸のヒューガードへ送って製作された可能性が高いようです。その当時の新しい作品も結構あり、本来ならば各作者に許可をもらうべきところですが、許可を取っていないと考えられます。また、イラストの間違いは11箇所見つけることができました。チェックすれば直ぐに分かるはずですが、訂正されないままになっています。同じ二人の著者によるもう1冊の名著と言われている1940年発行の“ExpertCardTechnique”の本はそれ以上に問題が大きく、未発表で許可を取っていない作品が多数ありました。さらに、多くの作品で作者名のクレジットがされていない問題もありました。Expertの本はマニア度が高く、バーノンの作品やバーノンのマジック仲間の作品が多く掲載されていたことにより、バーノンがクレームをつけたことが知られています。「ロイヤルロード」の本に関しては、数年前に元になる作品と考案者名を調査してかなり見つけることができました。しかし、分からなかった作品がいくつかあり、その一つが「タンタライザー」であり、今回の徹底した調査により4作品も見つけることができました。
ロイヤルロードの作品やそれ以降の作品の元になるのは、1939年のTheJinx54号のL.VosburghLyonsによる「ラスト・チャンス」です。しかし、それ以前にも1作品だけタイプが異なりますが、二つの山への配り分けする作品がありました。1936年に発表されたTheJinx17号のStewartJudahの“TheSpectator’sChoice”です。5枚ずつの六つの山を作り、残ったデックから選ばれた2枚を覚えさせて1枚ずつ好きな山の上へ置かせて一つの山に重ねています。これが1987年の「カードマジック入門事典」に日本語で解説されますが、何故かJudahとフーディーニの共作となっていました。1950年の“ScarneonCards”の本にも共作となっていますので、この本を元にされたと考えられます。フーディーニは1926年に既に死亡していますので、何故このような間違った記載となったのが不可解です。
さらに、「ロイヤルロード」の発行までにThePhoenix誌に2作品が掲載されていました。興味深いことは、この2作品だけが手前から配り始めており、他の作品では相手側へ配った後で手前に配る方法でした。まず、1946年のラスダックの方法では、52枚から1枚を選ばせた残りの51枚を三つの山に配り分けています。好きな山の上へ客のカードを置かせて、残りの二つをその上へ重ねて配り分け作業を行なっています。発想は面白いのですが、原案の方法だけでも時間がかかるのに、その前に三つの山への配り分けは大きな問題です。1947年のジョン・ハミルトンの方法では8枚で行うのでシンプルでスピーディーですが、それほど不思議ではなく面白くありません。それぞれに問題がありますが、4作品が違った方法になっている点に面白さを感じました。
20世紀中は原案者のクレジットがされていないだけでなく、方法もほとんど進展がありません。スティアート・スミスが7枚を使った方法を1960年頃の数冊の冊子のいずれかに発表されていますが、不思議さの弱い現象です。1973年の高木重朗著「トランプ奇術」や1987年のカードマジック入門事典に「最後の1枚」のタイトルで解説されています。面白いと思ったのは1970年に発表されたハミルトンの2作目の方法です。デックの3分の1をカットさせて行えるように考案されています。1947年の彼の1作品目の発表の数年後には考案されていたようです。手頃な使用枚数であることと、いくつかの刺激を受ける発想がありました。残念なのは数カ所にセットを必要としていたことです。これらの作品以外は52枚の使用で、客のカードを特定位置へ持ってくる方法に少しの違いがある程度でした。
21世紀に入ってからの興味深い点は、カードのギャンブルトリックで有名なマジシャンが次々に改案を発表されていたことです。単調な配り分けの繰り返しになるマジックを楽しく見せるために、紙幣を取り出して賭け事の演出で演じられています。2002年のDarwinOrtizのMaximumRiskも賭け事の演出で、メモライズドデックを使う考えも取り入れていました。紙幣を取り出すタイミングが配ることを中断させるきっかけとなり、このことにより客のカードが特定位置になるように調整していました。この作品には、まだ原案のクレジットがされていない状態でした。なお、ここにはジェイソン・イングランドの改案も掲載されていました。2007年のデニス・ベアーはこのマジックでメモライズドデックのセットを崩すのはもったいないとの考えから、逆にこのマジックによりセットが完成するように組み立てました。この本からロイヤルロードの本がクレジットされるようになった可能性があります。2018年のデニス・ベアーのDVDでは賭け事の演出で面白くしています。2012年のダーウィン・オーティスの本でもメモライズドデックを使っていますが、こちらでは客が指定したカードを最後に残す現象になっています。この本にはロイヤルロードの本がクレジットされていました。私が面白いと思ったのは2013年に発表されたポール・ウィルソンの方法です。同様の賭け事の演出ですが、残りが3枚になった時に表がチラリと見えるようにしています。その中に客のカードがなかったのに、最後に残るカードが客のカードになっている面白さがあります。
今回、このマジックの歴史を取り上げたのには理由があります。大阪IBMの作品集“TheSvengali24”で私がこのマジックの改案を解説し、その歴史を調べる中でいろいろと不可解なことが分かったからです。この作品集は2019年5月26日の大阪IBM発表会で発行を予定しています。ところで、このマジックの1番の問題点は、52枚使用しているために最初の二つの山への配り分けにかなりの時間がかかることです。半分ほどの枚数から開始すれば大幅な時間短縮ができます。52枚の場合に、単に配り分けを繰り返して、最後の1枚を残すまでの時間を計測しますと60秒かかっていました。その中で、最初の26枚ずつに分けるのに30秒もかかっていました。この部分が最も長く感じてしまいます。デックを半分に分割させた状態から開始しますとスピーディーになるだけでなく、新たな面白いことも発見できました。TheSvengaliでは、その新しい考えと応用作品を解説しています。さらに、歴史調査の中でデックの3分の1を分割させた場合にも面白い方法が使えることがわかりました。そのことにより、さらなる発展の可能性が感じられました。