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コラム



第80回 エッグバッグ(袋玉子)の意外な歴史(19世紀末までを中心に)(2017.9.15up)

はじめに

小さいサイズのエッグバッグ使用の最初の解説には、ジャパニーズエッグバッグと書かれていました。1876年の英国のモダンマジックの本です。それまでのエッグバッグは大きな袋が使われ、多数の玉子を出した後でニワトリを取り出していました。モダンマジックの本には、これまでと違った日本人によるエッグバッグの使用が報告されています。そして小さい袋のサイズやタネについての解説とその使用例が報告されていました。奇妙なことは、その後発行されるマジック書のエッグバッグの解説には、モダンマジックの本に記載された小さな袋を使ったジャパニーズエッグバッグのことをほとんど取り上げられていません。多くの本では、小さいサイズの袋は1891年のアルビーニ(Albini)が最初と書かれています。これが不思議で仕方ありません。このことに初めて注目されたのは上口龍生氏かもしれません。2017年3月にターベルシステム・レッスン21~30を発行され、ガイドブックの中のエッグバッグの記事の中で触れられ、今後の研究が必要と報告されていました。

私がマジックを始めた頃は、エッグバッグの演技を見てもそれほど不思議とは思えませんでした。しかし、グレート・トムソニーのエッグバッグの演技を観て衝撃を受けました。ありえないことが次々に起こったからです。袋自体がこれまで以上に小さく、玉子を隠すスペースを感じさせなかったことも不思議さを強めたようです。トムソニーの方法はチャーリー・ミラーから影響を受けたマリニエッグバッグが元になっています。この最も小さいサイズのマリニエッグバッグと、上記のジャパニーズエッグバッグのサイズとがよく似ていたことも興味深い発見です。 今回は19世紀後半の小さいサイズの袋が中心となり始めた頃の歴史と、それ以前の大きいサイズのエッグバッグについても取り上げています。そして、日本との関わりについても考えてみました。

モダンマジックの本でのエッグバッグ解説

1876年発行のモダンマジックには、二つのサイズのエッグバッグについて解説されています。エッグバッグは古いトリックと紹介した後、数年前にロンドンを訪れていたジャパニーズジャグラーにより、これまでとは違ったエッグバッグが演じられていたことを報告しています。まず、この新しいエッグバッグについて解説し、その後で古いタイプについても解説すると書かれています。最初の方法をジャパニーズエッグバッグと名付けており、袋の大きさを深さ約20センチ、幅は約15センチと報告しています。袋の素材をアルパカ製かタミー製、または同様な不透明な素材と書き加えられています。種の部分に関してはここでは詳しく書けませんが、上から3分の2の深さで全体が下方へ開口されていることだけは報告しておきます。一つの演技例として、袋の内側を改めた後で両手も空なことを示して、ニワトリの鳴き声を出した後で袋から玉子を取り出しています。それを口へ入れて飲み込む演技をして、さらに、袋から玉子を取り出し同様な操作を繰り返しています。この解説の後、これまで一般的であった古いタイプの大きい袋を使ったエッグバッグが解説されます。深さ約38センチ、幅は約50センチで、内側を改めた後で次々と多数の玉子を取り出しています。最初に取り出す一つだけが本物で、それを割って本物であることを示していますが、その後に取り出す玉子は別の素材のものです。そして、最後にはニワトリを取り出して終わっています。このニワトリの取り出しは最も容易でシンプルな方法が使われています。そして、最後にニワトリを取り出さない場合の別案が紹介されており、その一つが袋の下部をネットにして玉子の出現が見えやすくするものでした。ところで、日本のマジック書では1890年代から袋玉子の解説が登場していることが分かりました。(下記の参考文献一覧を参照して下さい)その初期のほとんどがモダンマジックのエッグバッグを元にしているようですが、どの部分を中心に解説されていたのかが気になるところです。

エッグバッグの大きさと百科事典での記載

エッグバッグの大きさを三つに分類すると分かりやすくなると思います。第1がニワトリも取り出せるほどの古い西洋の大きいサイズのもので、日本の袖玉子もこれに分類されます。第2はマリニエッグバッグで代表される手を広げたサイズのもので、解説者により違いがありますが、深さや幅が21センチより小さいサイズと言ってもよさそうです。第3がこの二つの中間的なサイズとなります。特に近年ではグレート・トムソニーの演技により、マリニバッグの人気が高い状態と言えます。このマリニバッグの元になるのがアルビーニバッグと言われることがあります。タネの部分は違っていますが、小さいバッグで演じている点で影響を受けていそうです。

2007年の電子図書版 Bart Whaley のマジック百科事典によりますと、エッグバッグのマジックで初めて小さいバッグを使用したのは1891年のアルビーニとなっていました。Geniiのマジックペディアでも同様な記載です。1990年のWhaleyのWho’s Who in Magicの本でAlbiniを調べますと、ポーランド生まれで1891年に米国へ移っていますが、エッグバッグ考案が1881年となっていました。2002年発行のColucciのエッグマジック百科事典でも、大きいサイズから手を広げたサイズに変えたのは1891年頃のアルビーニとなっています。なぜ上記でも報告しました1876年のモダンマジックの記載が無視されているのか不思議でなりません。なお、アルビーニの袋の仕掛けは解説されているのですが(底で全体が開口)、アルビーニの方法として具体的に解説された文献を今回の調査では見つけることができませんでした。

小さい袋が登場する19世紀後半までの歴史

現在ではエッグバッグの元になるマジックとして1584年のフランスのPrevostの本での記載が知られています。そこでは袋ではなくナイトキャップと玉子が使われていました。袋と玉子の使用の解説の最初は1694年のフランスのOzanamの本です。四角な大きい袋を使い、袖を使っていくつもの玉子の取り出しを紹介しています。エッグバッグで話題になるのは1700年代初め頃の英国のFawkeです。大きな袋の内側を改めた後に多数の玉子を取り出し、その後、袋が膨らみ始め数匹の鶏が出てきます。1722年にその現象に近い方法が英国のH.Deanによる “The Whole Art of Legerdemain” に解説されます。最後には1匹のニワトリを取り出しています。この本は何度も再販を繰り返し、第11版は1795年に米国でも発行されています。フランスのOzanamの死後の1723年には、彼の本の改訂版が発行され、初版とは別のエッグバッグが掲載されます。1788年にはフランスのDecrempsの本にOzanamを改良したエッグバッグが解説されます。19世紀に入っても代表的なマジック書に掲載が続きますが、最後のニワトリの取り出しのない解説も登場します。1857年の米国の “Magician’s Own Book” では多数の玉子を取り出すだけです。1876年の英国のモダンマジックの本では最後にニワトリを取り出していますが、その後のSachsの “Sleight of Hand” の本では多数の玉子の取り出しだけです。しかし、Sachsの本では別案として、下部のネットの使用や違った仕掛けの方法も紹介されていました。20世紀に入ってからは、1948年のターベルコース第5巻にデビッド・バンバーグの方法として最後にニワトリを取り出す方法が解説されています。

小さい袋を使った方法の解説は1876年のモダンマジックのジャパニーズエッグバッグが最初です。その後で解説されているのは、私が調べて分かった範囲ではSachsの “Sleight of Hand” の本です。四角の小さい袋の使用と書かれていますが寸法の記載がありません。仕掛けの部分は底で開口しているタイプで簡単に解説されていますが、4分の3の位置で開口したタイプでの方法についても書き加えられていました。問題はこの本の初版は1877年ですが、1885年の第2版で大幅に書き加えられていることです。第2版以降が一般的に知られており、初版が手に入りませんので内容の違いが分かりません。1896年のA.Roterbergの “The Modern Wizard” の本にも解説されますが、四つの方法が紹介されています。最初の三つのタネは特殊で、小さなポケット、糸、特別な玉子とフックがそれぞれに使われており、タネを中心とした簡単な解説だけです。4番目だけが一般的なエッグバッグのタネと同じで、方法の解説がこれだけ丁寧です。袋の内側を改めてテーブルへ置き、ハンカチに包んだ玉子を消失させた後で袋から玉子が取り出され、それを再度消失させています。残念ながら袋の大きさの記載がありませんでしたが、イラストを見ますと横長でマリニバッグより幅が1.5倍程大きいサイズのようです。

1898年のマハトマ10月号にはHornmann(ステージプロ&ディーラー)の方法が掲載されます。幅15~20センチで深さ20~25センチの袋が使用されます。ハンカチに包んだ玉子が消失し、内側を改めてあったエッグバッグから取り出され、バッグに戻すと消失しますが、客とのやりとりで面白く演出しています。92年頃より西海岸で演じており、東部のアルビーニとは93年にシアトルで会った時にエッグバッグについて話し合ったと報告されています。また、翌月のマハトマ11月号には、Henry Hardinの仕掛けのない袋と玉子と玉子のシェルを使った方法が解説されます。袋は通常の大きさと書かれているだけですが、イラストの袋と手の大きさからHornmannの袋とほぼ同じと思われます。

ところで、19世紀後半では、日本のジャグリング一座と関わりがあったとされるダルビーニ(D’Alvini)もエッグバッグを演じていたようです。いつ頃から演じられていたのかわかりませんが、彼は1889年には死亡していますので、それより前となります。2002年のエッグマジック百科事典によりますと、袋は中間サイズの中でも大きいタイプで幅38センチ深さ25センチほどのものが使われています。タネの構造は古いタイプと同じで、多数の玉子が取り出せるようになっています。ただし、下部がネットになっており玉子の出現が分かりやすくなっています。つまり、モダンマジックの大きいエッグバッグの最後に書き加えられた別案と同じで、袋のサイズが少し小さくなっているだけです。ダルビーニがこの本を参考にしたのか、以前より演じていたのか分かりませんでした。松山光伸著「実証・日本の手品史」にはダルビーニについて詳しく報告がされていますが、彼については間違って伝わっていることが多いことも報告されていました。彼のエッグバッグも彼の考案か疑いたくなります。

1860年代後半の日本とエッグバッグの関わり

1998年発行のEdwin A.Dawes著のStodareの本によりますと、1960年代前半にはコロネル・ストデア(Colonel Stodare)が2冊のマジックハンドブックを発行されており、その2冊ともにエッグバッグが解説されてることが分かりました。1862年発行の方では最後にニワトリを取り出しますが、1865年版では “The Invisible Hen” のタイトルで、見えないニワトリがいる演出で最後のニワトリの取り出しがありません。袋の内側を改めた後で、ニワトリの鳴き声を出した後に次々と玉子を取り出しているだけです。65年の本の編集に関わった人物がニモ(Nimmo)です。松山光伸著「実証・日本の手品史」によりますと、ニモは65年にストデアのマネージャーとなりますが翌年の10月にはスタデアが急死し、弟のマジシャンのアルフレッドが後を引き継いだそうです。ところで、1867年に柳川蝶十郎(アサキチ)がロンドンで演じた蝶のマジックが話題になりますが、「実証・日本の手品史」によりますと、その時のマネージャーをしていたのがニモです。その1ヶ月後には弟のストデアがロンドンの近くの町で蝶のマジックを演じていたことが報告されています。つまり、ニモを通して弟のストデアへ蝶の指導を依頼した可能性があるわけです。その代わりとしてエッグバッグのマジックを教わり、日本へ持ち帰った可能性も考えられます。そして、日本的要素を加えた袖玉子として改良されたのかもしれません。袖玉子は明治時代のいつから登場するのか分かりませんが、江戸時代にはなかったことだけは間違いないようです。なお、袖玉子が日本の本に登場するのは1905年の「改良奇術」が最初のようです。奇術研究14号で袖玉子を解説された山本慶一氏は、「改良奇術」の仕掛けは底に向かって開口しており、本来の袖玉子のものとは違うそうです。袖玉子は最初の頃より袖玉子独自の仕掛けがあり、それが解説されたのは1922年の「大奇魔術集3」が最初とのことです。

ところで、日本との関わりはこれだけではありません。2015年発行の小山騰著「ロンドン日本人村を作った男」によりますと、1867年頃から70年代前半にかけて数グループの日本人ジャグリング一座がロンドンを訪れて活躍しています。その後帰国したものだけでなく、そのまま英国に残った人物もいるようです。その帰国した誰かが大きいタイプのエッグバッグを日本に持ち帰った可能性もあります。もちろん、日本を訪れた外人マジシャンが伝えたかもしれません。そして、その頃のロンドンに残ったジャグリング一座の誰かが、モダンマジックにあるような小さい袋を使った方法に改良して実演していたのだと思います。残念なのがその人物名が分からないことです。

おわりに

今回は19世紀末までの小さいサイズのエッグバッグが登場した頃の歴史を中心にしました。特にモダンマジックに解説されたジャパニーズエッグバッグのことが、ほとんど知られていないのが気になり報告することにしました。そのために初期の頃のことが中心となり、その後の発展については全く触れませんでした。その後の様々なタイプのエッグバッグについては、2014年のJCMA発行の “WONDER” Vol.1のNo.1とNo.3に山崎真孝氏が連載して詳しく報告されています。また、2003年発行の松田道弘編集「クラシック・マジック事典Ⅱ」での小谷純司氏のエッグバッグの記事も素晴らしいものでした。いずれも大変参考になりますので、是非、読まれることをお勧めします。

参考文献に関しては、19世紀末までのものは可能な限り掲載しましたが、20世紀以降の文献は今回のコラムで参考にしたものだけとしました。

【参考文献一覧】

1584 J. Prevost La Premiere partie des subtiles et plaisantes invention
     1998 英訳版 Clever And Pleasant Inventions Part One
     ナイトキャップと玉子
1694 Jacques Ozanam Recreations mathematiques et physiques
     仕掛けのない大きな四角の袋と袖の使用
1722 H.Dean The Whole Art of Legerdemain
     大きな袋と多数の玉子とニワトリ
1723 Jacques Ozanam 上記初版の改訂版 新たなエッグバッグが追加
1788 Henri Decremps Codicile de Jerome Sharp
     Ozanamのエッグバッグの改良
1803 The Conjuror’s Repository
     多数の玉子と最後にニワトリの取り出し
1857 Dick & Fitzgerald Magician’s Own Book The Egg And Bag Trick
     多数の玉子の取り出しのみ
1862 Colonel Stodare’s Hand-Book of Magic The Hen And The Egg Bag
     多数の玉子と最後にニワトリの取り出し
1865 Stodare’s A New Hand-Book of Magic The Invisible Hen
     多数の玉子の取り出しのみ
     上記2冊は1998年 Dawes著 Store The Enigma Variations に掲載
1876 Professor Hoffmann Modern Magic The Egg-Bag
     小さい袋のジャパニーズエッグバッグと大きい袋の古い方法
     大きい袋でニワトリを出さない場合の下部にネットの使用案
1877(1885) Edwin T. Sachs Sleight of Hand The Egg Bag
     小さい袋の使用 底に開口と4分の3の高さで開口の2案
     大きい袋の使用 ニワトリを出さず 二つの仕掛けと下部ネット案
     現在知られているのは大幅加筆された1885年の第2版
     77年の初版からエッグバッグが掲載されていたのかは未確認
1893 渋江保編集 魔術(上巻) 鶏卵と嚢の魔術
1895 吉川弥三郎 不可思議 袋の中より卵を出す術
1896 A. Roterberg The Modern Wizard
     The Vanishing Egg And The Bag Trick 1~4th Method 
1897 渋江保編集 西洋秘伝魔術(魔術上下巻の合本)鶏卵とふくろの魔術
1898 岩見豊次郎 西洋手品座敷奇術種本 袋たまご
1898 吉川弥三郎版 宴会座興西洋手品独習 袋の中より卵を数多く出す法 
1898 Hornmann Mahatma Vol.2 No.4 10月 The Egg And Bag Illusion
     小さい袋の使用 底の一部開口
1898 Henry Hardin Mahatma Vol.2 No.5 11月 An Original Egg Bag
     小さい袋の使用 仕掛けのない袋と玉子のシェル
1903 昇天斉一旭 西洋奇術自在 空袋鶏卵術
1905 松井昇陽斉 改良奇術 空袋より数多くの鶏卵を産ます伝
1924~28 Sidney W. Clarke The Magic Wand The Annals of Conjuring
     1700年代前半に活躍したFawkesのエッグバッグについて
     1983年に全体をまとめて本とて発行 2001年に再販
1926(27) Harlan Tarbell Tarbell System Lesson 24 The Egg Bag
1948 Max Malini The Tarbell Course in Magic Max Malini’s Egg Bag
1948 David Tobias Bamberg The Tarbell Course in Magic
     David Tobias Bamberg’s Egg Bag 大きい袋から多数の玉子とニワトリ
1959  山本慶一 奇術研究14号 和妻への招待(袖玉子)
2002 Donato Colucci The Encyclopedia of Egg Magic
2003 小谷純司 松田道弘編集クラシック・マジック事典Ⅱ エッグバッグに憑かれて
2007 Bart Whaley The Encyclopedic Dictionary of Magic 3th Edition ebook
2011 Gibeciere Vol.6 No.1 Ozanamの本の英訳 Lori Pieper訳
     The Influence of Ozanam William Kalush & Stephen Minch
2014 山崎真孝 JCMA発行“WONDER” Vol.1 No.1 & No.3 古典再考 Egg Bag
2017 上口龍生 ターベルシステム・ガイドブック レッスン21~30
     Lesson 24 袋玉子(The Egg Bag)


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