今回は、急遽、予定していたテーマを変更しました。前回のアードネスの正体の報告の後で、別のアードネス候補者についての本が発行されたからです。2011年後半は、アードネスがW.E.サンダースで確定されるような勢いがありました。それを危惧してか、早急にまとめて発行された印象のある本です。よい機会ですので、前回のパート2として、この人物についても紹介することにしました。また、前回の報告では、エキスパートの本の内容について、全体の印象しか報告できませんでした。そこで、今回は、各内容についても主要な点だけは報告することにしました。しかし、その前に、私とエキスパートの本との関わりから報告させて頂きます。 |
私がエキスパートの本を購入したのは35年程前です。その時は、地味で難しい技法が解説されている印象しかうけませんでした。有名な本で資料的価値があることと、価格が安かったので購入した本でした。その頃、最も手に入れたかったのは、ラリー・ジェニングス、ロイ・ウォルトン、ディングル、ポール・ハリスの作品が解説されている文献でした。新しい発想や現象を追い求めていた時期で、エキスパートの本は難しいだけでなく、古いイメージしかありませんでした。エキスパートの本の価値が分かるようになるのは、かなり後になってからです。宮中桂煥氏がエキスパートの本や古典を研究されて、そのすばらしさを披露して頂いたのが大きな刺激となりました。その後、何かの調査でこの本を読み返すことがあり、その度に新しい発見がありました。100年以上前の本であるのに、新鮮さを感じさせられる不思議な本です。 |
2011年12月に "Erdnase Unmasked" の本がデビッド・ベン編集・出版により発行されました。鉄道会社員でトラベリング・エーゼェントの Edwin Sumner Andrews( E.S.アンドリュース )が、アードネスである可能性が高いとしてまとめられています。リチャード・ハッチが、最初にその理由を報告しており、それを補足しているのがデビッド・ベンの報告です。リチャード・ハッチの報告から、ここでは主要な部分を簡単にまとめました。 |
デビッド・ベンは上記のリチャード・ハッチの報告を補足するかのように興味深い指摘をされています。その中でも面白いと思ったのは、オーバーハンドシャフルの利点に関する記載です。エキスパートの本では、多くのスペースを取って、オーバーハンドシャフルの特別な使い方を解説しているからです。ギャンブル用の特別なテーブルを使わなくてもよい点や、狭い場所でのシャフルに適しています。つまり、車内でのカードギャンブルに向いているわけです。リフルシャフルは両肘を外方へ張り出す必要がありますが、オーバーハンドシャフルは張り出さなくてもよいことをあげています。 |
今回の報告により、W.E.サンダースだけでなく、Edwin Sumner Andrewsもアードネスの重要な候補者の一人であることの理由が分かりました。しかし、前回のコラムのW.E.サンダースの場合以上に、このアンドリュースには不明な点が多すぎます。ただし、今後は、まだまだ進展の可能性が高く、期待しているところです。 |
読む上で注目して頂きたい点は、何といっても「動作の一貫性」"Uniformity of Action" につきます。もちろん、当時の最新の知識や全体像を簡潔にまとめられている点も、大いに参考になります。しかし、そのことよりももっと重要なのが、アードネスシステムとして解説された部分です。そこには、「動作の一貫性」が貫かれており、それをアードネスが、どのように実践したかが参考になります。オーバーハンドシャフルを使った各種のシステム、リフルシャフルやカットによるシステム、そして、パームによるシステムです。本来のシャフルやカットの操作と、ほとんど変わらない状態で行えるように工夫されています。金銭をかけた真剣勝負の場で、あやしいと思われる技法は通用しません。ゲームの中にプロやイカサマに詳しい人物がいると、なおさら通用しません。 |
エキスパートの本は全体で4部門に分けることが出来ます。1番目が、カードギャンブルのイカサマの全体像と技法を使う上での考え方です。2番目は、当時知られていたイカサマ技法の紹介と、アードネス考案の新たな各種システムです。3番目は、マジックの各種の技法解説で、4番目が、14のマジック作品解説となっています。 |
イカサマ技法の解説が96ページ程ある中で、オーバーハンドシャフルを使用した方法が5分の1を占めています。その多くが、ストックシステムとカルシステムです。マニアのほとんどが、この部分で読むのが嫌になります。ダイ・バーノンが若い頃、エキスパートの本で勉強したと言うと、幾何学のような本をよく読めたなと、マニアが驚いた話が有名です。その部分に相当するのが、ストックとカルのシステムだと思います。ここを読み飛ばしても全く支障がありません。しかし、方法が理解できますと、アードネスの頭の良さや、数学的センスがよく分かる部分でもあります。マスターすべき点は、この本の最初に解説されたブラインドシャフルです。インジョグやブレークにより、トップやボトムの一部分を保つシャフルです。これはすぐにマスターできます。ただし、重要なことは、手元を見ないで、話をしながらでも出来るようになることです。それにより、あやしさを感じさせない実践的なシャフルとなります。2010年にロベルト・ジョビーのカードカレッジの4枚組DVDが発行されています。その中で気に入ったのはオーバーハンドシャフルです。特に3巻目のDVDで、客を見て話しかけながらシャフルしている映像は参考になります。 |
昔のボトムディールには、外エンドから配る方法とサイドより配る方法があったことが分かり驚いています。1865年のエバンズの本には、二つの方法があることが紹介されているだけで、実際の方法は、熟練者の方法を見て習得するしかないと、解説を放棄しています。1894年のマスケリンの本では、外エンドから配る方法だけが簡単に解説されており、ボトムから引き出しているイラストも掲載されていました。両サイドをしっかりと保持できるので、割合と楽な方法です。しかし、配り方が異質で、現在ではギャンブルの場では使えない方法です。そして、初めて、エキスパートの本により、現在では一般的なサイドから配る方法が解説されました。 |
ここでは、アードネス考案でギャンブルでは使えなくても、マジック用として活用できる技法が解説されています。特別なタイプのシフト(パス)の多くの部分と、トランスフォーメイション(カラーチェンジ)の中のいくつかです。それら以外は、この本のマジック作品に使用するための技法が中心となっています。それらの技法の出典はハッキリしています。3冊の文献からほとんどが採用されているからです。1885年の Sach著 "Sleight of Hand" 第2版、1889年 Hoffmann著 "Tricks with Cards"、1897年 Roterberg著 "New Era Card Tricks" です。その当時の最も巧妙な発想や方法が掲載されています。それぞれについて報告したいことが多数ありますが、それは別の機会に譲ることにします。ここでは、特に気になるアードネスチェンジと全体を保つシャフルについてだけ報告させて頂きます。 |
エキスパートの本は、100年以上も前の本であるのに古さを感じません。私がもっていた最初の印象と大きく変わってきました。しかし、その中で、唯一、時代を感じさせられるのがこのシャフルの部分です。全体を保つシャフルとして5種類が解説されていますが、全て変わったタイプのシャフルばかりです。読んでいて面白いと思ったのは、5番目の方法です。シャフルの名称は記載されていませんが、シャーリエシャフルのことです。これを解説した理由として、使わないことを提案するためと書かれていました。皮肉にも、現在では、ここに解説された5種類の中で、このシャフルだけが存続しています。デックに使用するシャフルとしてではなく、パケットのシャフルやジャンボカードでのシャフルに適していたからです。それに対して、残りの4種類は、1900年頃の歴史上のシャフルとしてとらえた方がよいようです。 |
この14作品については、元になる作品が全て分かっています。そして、それらの全てがアードネス風にアレンジされています。ストーリーやセリフが加えられたり変更された作品が多く、また、全ての作品タイトルが変更されています。シャフルが可能な場合には、必ず客にシャフルさせています。部分的にセットされている場合には、その部分を保つシャフルが加えられています。パスによるコントロールが行われていた部分は、シャフルによるコントロールに変えています。その他、全てに何らかの改良が加えられています。個々の作品が興味深く、それぞれにコメントを加えますとかなり長くなります。そこで、ここでは、最初の作品の "The Exclusive Coterie" だけを取り上げることにしました。 |
今回のアードネス候補者の E.S.アンドリュースは、興味深く読むことが出来ました。しかし、現段階での私の考えでは、前回のコラムの W.E.サンダースを超えてはいないと思いました。エキスパートの本を数回読み返すたびに、W.E.サンダースのイメージの方が近くなってきます。論理的で、緻密で、革新的で、独特な信念を持っています。工学系の研究者タイプのイメージと言ってもよいのかもしれません。結局、私はアードネスが誰であってもよいのですが、今回の盛り上がりにより、エキスパートの本を興味深く読み返すことが出来ました。また、エキスパート以前の多数の文献を読み返し、エキスパート以後の影響を受けた人物の文献も読むのが楽しくなりました。 |