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コラム



第39回 たて方向のダブルターンオーバーについて (2009.1.23up)

はじめに

2008年に入って、ダブルリフトについてまとめられた文献が二つ登場しました。一つは、加藤英夫著「カードマジック・ライブラリー 第1巻」です。もう一つは、アメリカのマジック季刊誌 "Antinomy" 13号です。この中で、ジェイミー・イアン・スイスがダブルリフトについてまとめています。

また、上記の文献以外からも、今年に入って、興味深い発見がありました。いずれも、たて方向にひっくり返すダブルリフトについてです。一つは、内エンドより起こして、エレガントにひっくり返すスチュアート・ゴードン・ダブルターンオーバーです。もう一つは、日本で一時期大流行し、その後、良くない方法と言われ、使う人が激減した、パチンとスナップして、外エンドからたて方向にひっくり返すダブルリフトです。

今回は、この二つの方法を重点的に取り上げますが、これら以外のたて方向のダブルターンオーバーの歴史についても調べました。ここでは、その中でも私が気になっています最初の頃のことも含めて報告させて頂きます。

スチュアート・ゴードン・ダブルターンオーバーについて

最近、海外のダブルリフトの記載の中で、見かけるようになってきたダブルターンオーバーです。日本の文献で、この名前と方法が紹介されるのは、2008年5月発行の「奇術探究 創刊号」が最初と思われます。ところが、海外では、既に20年前に登場していました。1988年のマイク・マックスウェル著「ラリー・ジェニングス・カード・ライト」の本です。それでは、この頃に考案されたのかといえば、そうではありません。私がこの方法を教わったのは1981年です。つまり、本に解説されるより7年前になります。調査をしていて、私自身が奇妙な思いにさせられました。

結局、分かりましたのは、この技法に関して、スチュアート・ゴードン自身が解説したりコメントした文献が一切ないことです。そのために、考案年がはっきりしていませんが、1970年代初め頃の考案ではないかと推察されています。

調査により、このダブルターンオーバーのすごさが、思っていた以上のものであることが分かってきました。ディングルやラリー・ジェニングスに大きな影響を与えていたからです。彼らは、この方法が気に入り、割合早い時期より、自分の作品に取り入れていました。それだけではありません。スペインのアスカニオの場合には、特にお気に入りで、自分の考案でなかったのを残念がっていたようです。そこまで、このターンオーバーに引きつけるものとは何でしょうか。

このターンオーバーは、他の方法と少し違った使われ方をしています。デックのトップで使うこともありますが、ほとんどがパケットでの使用です。しかも、トップ部分よりも、それ以外での使用の方が本量発揮といった思いがします。例えば、5枚のパケットを右手ビドル・グリップにて、左手に1枚ずつ3枚を取り、右手に残った2枚を1枚として示す時に使用しています。あるいは、左手に5枚を持った状態から3枚をテーブルへ置き、残りのカード(2枚)を右手で取り上げてゴードン・ターンオーバーしています。親指により、このカードを内エンド側より起こして、たて方向にターンオーバーし、表を示すことになります。

このターンオーバーは、親指の動きに特徴があります。初めて操作しようとした人が感じるのは、カードがずれそうになったり、カードを落としそうになることです。親指を内エンドから表側へ滑らせつつカードを起こすので、カードが不安定になるからです。しかし、そのことにより、カードの扱いがソフトでエレガントに見えるのかもしれません。そして、この動きにより、1枚しかないことの印象を与えています。また、このダブルトーンオーバーは、右手ビドル・グリップから、そのまま続けることが出来るので、使い勝手が良いようです。そのために、この操作は、ダブルターンオーバーとしての使用に限定されておりません。流れるような動きの美しさが気に入り、1枚だけのカードのターンオーバーにも使用されているからです。なお、普段から1枚のターンオーバーでも使用することにより、ダブルでの使用が気づかれにくくなるといった利点が加わります。さらに、いくつかの作品では、数枚のパケットとしてのターンオーバーにも使われていました。

私との関わり

1981年に、大阪で高木重朗氏のレクチャーが開催されました。その時に、今、海外で使われている新しいダブルターンオーバーとして紹介されたのがこの方法です。私のノートには、ディングルのダブルリフトとして記録されていました。そのために、今日まで、この方法をディングルの方法と思い込んでいました。レクチャーの時に、ディングルが使っていたと説明されていたのを、彼の方法と受け取ってしまったのかもしれません。

1982年に、ディングルのほとんどのテクニックとマジックが解説された本が、リチャード・カウフマン著により発行されます。"The Complete Works of Derek Dingle"の本です。しかし、その中に、このダブルターンオーバーが含まれておらず、奇妙な思いがしていました。なお、この当時、私はこの方法を集中的に練習しました。これまでのターンオーバーに比べ、ソフトタッチでエレガントな点が魅力的であったからです。しかし、その後、実践では使用することがなかったため、この方法の経過を詳しく調べることもなく、漠然とディングルの方法と思い込んだままでした。

今回、「奇術探究」誌により、ディングルのものではないことに気づかされ、目が覚めた思いがしました。これをきっかけに、スチュアート・ゴードンの名前がついたダブルターンオーバーを、徹底的に調べなおすことにしました。なぜ、ディングルの方法と思い込むことになったのか。また、なぜ、ジェニングスの本へ最初に解説されることになったのかも興味がわいてきました。

混乱と混沌とした歴史経過

今回の調査では、スチュアート・ゴードン本人については、全く何も分かりませんでした。そして、このターンオーバーが何年に考案されたのかも分からなかっただけでなく、他に何か考案された作品や技法があるのかも分かりませんでした。そのような何も分からない中で、1970年代の実演情報が、やっと見つかりました。これも、本人が実演しているのではありません。1973年に、アール・ネルソンがデビット・ロスより見せられ、その時に、スチュアート・ゴードンの方法と教わったそうです。このことは、2004年発行のWesley James著 "Enchantments" の中に報告されていました。つまり、1970年代初め頃には、既にこの方法が考案されていたようです。

ところで、この本には興味深いことが報告されていました。1988年に発行された、Ken Simmons著 "Guarded Secrets Revealed" の中で解説されたダブルターンオーバーについてです。私も、その本の解説を読んで驚いたことは、スチュアート・ゴードンの方法とほとんど同じであったことです。そして、この本の再版が1998年に発行された時に、ジェニングスに対しての苦言が書き加えられていたのです。私は再版を持っていませんが、"Enchantments"の本のWesley Jamesによりますと、1988年に発行されたジェニングスの本に、Simmonsの名前をクレジットせずに、スチュアート・ゴードンの方法として紹介されていたことに腹を立てたようです。Ken Simmonsの報告では、マジックキャッスルを訪れた時に、ラリー・ジェニングスに自分のダブルターンオーバーを見せたそうです。この時、ジェニングスは初めて見た様子であったのに、その後の彼の本へ、別の人物名をクレジットしたことへの苦言のようです。Wesley Jamesが、直接聞いた話では、Ken Simmonsの考案は1970年代終わり頃だそうです。つまり、Ken Simmonsも独自で考案したのでしょうが、明らかに、考案はゴードンよりも後であることがはっきりしました。

スペインのアスカニオも、この方法を好んで使用しており、何気ないハンドリングにより、2枚を1枚のように扱っていました。また、1枚の時も同様に操作していました。そのために、アスカニオのダブルリフトと思っていた人もあったようです。2007年3月の Genii Fourm にスチュアート・ゴードン・ダブルターンオーバーについての書き込みがあります。リチャード・カウフマンがこのターンオーバーを行っている時に、それを見ていた人物から、アスカニオの方法だと言われたことを報告しています。また、フランスのBebelもアスカニオの方法と思っていた一人のようです。1996年にBebelが来日され、レクチャーが行われました。そして、マジックハウス社よりレクチャーノートが発行されています。その中のユニバーサルカードの作品で、アスカニオのダブルリフトと書かれた部分がありました。その技法に関しては、文章による解説がありませんでしたが、イラストが三つ描かれていました。それは、スチュアート・ゴードンの方法とほぼ同様な技法と言ってもよいものでした。なお、リセットの作品では、アスカニオの技法として、文章だけで解説されていました。2006年になって、アスカニオのマジックが多数解説された「マジック・オブ・アスカニオ 第2巻」が、英語訳されて発行されます。そして、この中でハッキリと、スチュアート・ゴードンの名前がクレジットされるようになりました。223ページに、この方法の解説があります。

ディングルとの関わり

1980年代初めには、既にアメリカの東海岸の一部のマジシャンには知られており、実際に使われていました。ディングル、ダーウィン・オーティス、ジェフリー・ラタ、ジェイミー・イアン・スイス等です。このことは、2008年発行の "Antinomy" 13号に、ジェイミー・イアン・スイスにより報告されています。この当時、ディングルは "Quick D-Way" の作品に、このターンオーバーを取り入れて演じていたようです。ところが、1982年のリチャード・カウフマン著 "The Complete Works of Derek Dingle" には、この方法が解説されていません。ケン・クレンチェルのダブルリフトを改良した方法が、DDダブルリフトとして解説されているだけです。そして、そのすぐ後で、これを使った "Quick D-Way" の解説がありました。ディングルが死亡して発行されたGenii誌2004年5月のディングル特別号には、ディングルが実際に演じていた "Quick D-Way" としての解説があります。その中で、多数の写真を使って、ゴードン・ターンオーバーの詳しい解説も加えられていました。なお、ディングルの方法は、スチュアート・ゴードンの方法のままではなく、少しの違いがありました。

ラリー・ジェニングスとダーウィン・オーティスの解説

ジェニングスの本により、初めて、スチュアート・ゴードン・ダブルターンオーバーの名前と方法の紹介がされています。1988年の「ラリー・ジェニングス・カード・ライト」の本です。写真が多数取り入れられていますが、何故か、このダブルターンオーバーには写真が一切ありません。しかも、この技法解説が独立しているのではなく、「スローモーション・ラリー」の作品解説の中で触れられているだけです。これでは、この作品に興味を持って、きっちりと解説を読んだ人でなければ、この技法の存在が分かりません。ゴードンより許可をもらったと思われるのですが、何故このような状態になったのでしょうか。

私も今回の調査に当たり、最初に解説されたのがこのジェニングスの本と分かり、どのように解説されているのかを調べようとしました。ところが、目次を見ても、その技法名が書かれていないだけでなく、本文を調べても、それらしいイラストや写真がありませんでした。手がかりがなくても、一生懸命探したつもりでしたが、見つけ出すことが出来ませんでした。そして、結局、間違った情報だと思ってしまいました。しかし、その後、別の資料により、ジェニングスの本の114ページに書かれていることを知り、私が調べ足りなかっただけであることが分かりました。

多くのマニアにポピュラーとなったのは、1995年のダーウィン・オーティス著「カード・シャーク」の本です。目次にも、この技法名が書かれているだけでなく、数枚のイラストにより、この技法の存在が大きくアピールされています。そして、このイラストにより、一目で、どのようなターンオーバーかが分かります。この本のイラストを担当されたのが、日本のTON・おのさか氏であったのです。

この本の後、イラスト付きで解説されたのが、1997年のリチャード・カウフマン著「ジェニングス、67」の本です。日本で発行された「ラリー・ジェニングス・レクチャーノート 1」にも、このダブルターンオーバーを使った作品が発表されていますが、方法の解説はありません。私の調べた範囲では、ジェニングスは3作品に、このダブルターンオーバーを使っていますが、これらの共通点は、いずれもフォーエース・アセンブリーであることです。ジェニングスは多数の作品を考案されていますが、発表されている作品は、ごく一部と言われています。もっと別の作品にも、このダブルターンオーバーが使われていた可能性があります。彼はこの方法をいつから使われていたのかはっきりしていませんが、比較的新しい作品が解説された1988年の「ジェニングス・カード・ライト」の本には、この技法の解説がはずせなかったのではないでしょうか。

高木重朗氏との関わり

1981年3月の大阪のレクチャーで、このダブルターンオーバーを紹介されていますので、1980年には情報を得られていたものと思われます。たぶん、ディングルから教わったものと思いますが、はっきりしません。高木氏により、スチュアート・ゴードンの方法として、日本の文献に紹介されている可能性がありますが、これもはっきりしません。1990年に海外で、高木重朗氏の本が発行され、1992年には日本語訳版が東京堂出版より発行されています。この中で、ゴードン・ターンオーバーを大きく変革した方法が解説されました。裏向きカードの左サイド近くを右手でビドル・グリップして、横方向にカードを表向けた後、ゴードンの方法を変革した操作により、カードを起こして、客席に表が向くようにしています。これを使った作品「ザ・ダブル・ソート」に、この方法がうまくマッチしています。

ゴードン本人の方法と他の人物による改案

2007年のGenii Forumで、スチュアート・ゴードンがマジック・キャッスルを訪れた時(何年かは不明)のことが報告されていました。リチャード・カウフマンがゴードン本人の方法を見せてもらうと、ディングルやジェニングスの方法と指先の操作に違いがあったそうです。そこで、カウフマンがゴードン本人の方法の発表を要請しましたが、承諾が得られませんでした。すでに、改案の方が多数紹介されていますので、今更といった思いがあったのではないでしょうか。アール・ネルソンがジェイミー・イアン・スイスに言ったことによりますと、ゴードンはデックをドリブルした直後に、ダブルターンオーバーしていたそうです。

ところで、2003年10月のGenii Forumで、カウフマンが両者の違いを、既に報告していることが分かりました。ジェニングスやディングルは外右コーナーに右薬指を当てており、ひっくり返す時はカードに湾曲を加えていました。ところが、ゴードンの場合、外右コーナーに右中指を当て、ひっくり返す時はほとんど湾曲させていないそうです。アスカニオの方法でも、ほとんど湾曲させていないことが、Rafael Benatarにより報告されていました。そして、右親指は、内エンド中央部からカードの表側へ滑らせていたようです。フランスのBebelのレクチャーノートでは、アスカニオの方法として、エンド中央部を持った状態のイラストが描かれています。なお、私の場合、最初からカードを湾曲させない方法で練習していましたので、その方法に慣れています。しかし、少し湾曲させた方が安定感があり、右親指も内エンドから表側への移行がしやすいようです。一般的には、少し湾曲させる方が良いのかもしれません。

良くないと言われたダブルリフトについて

このダブルリフトに関して、最近になって、ビックリさせられる発見が四つも続きました。しかも、次第に驚きはグレードアップし、4番めの内容では、書いてあることが信じられない程の衝撃を受けてしまいました。良くないと言われたことに関しては、加藤英夫著「ラリー・ジェニングスのカードマジック入門」(1972年)や「カードマジック・ライブラリー」(2007年)に詳しく報告されています。

このダブルリフトとは、1958年のBert Allertonの小冊子「ザ・クロースアップ・マジシャン」に発表されていた方法です。右親指を内エンド、右中指と薬指を外エンドに当てて、親指で2枚を少し持ち上げています。親指をはなすと同時に、外エンドを人差し指と中指ではさんで持ち上げ、パチンと音を立てつつターンオーバーしています。1枚であることを強調しつつ、テクニカルなマジシャンであることもアピール出来る方法となっています。確かに問題点もありますが、良い点もあります。しかし、今回はその事に深く触れないことにします。

いずれにしましても、私を含め多くのマニアが、この方法を使わなくなったのは、加藤英夫著「ラリー・ジェニングスのカードマジック入門」の本の影響が大きかったと思います。ジェニングスがこの方法は良くないと言ったことが報告されています。もっと良い方法として、バーノンの方法を中心にいくつか紹介されていました。この本が発行された数年後には、日本でこの方法を使っているマニアをほとんど見かけなくなりました。海外のマジックの大会やビデオや文献にも、使用しているのを見ることがほとんどなかったように思います。

ところが、最近になって驚きの発見が次々と続きました。まず最初は、ビル・マローンの3巻組DVD "Here I Go Again!" の2巻目を見ていた時のことです。このダブルリフトが使用されていたのでビックリしました。"Mind-Reading Magician!"という「シカゴ・オープナー」の現象の改案作品に使われていました。懐かしさと、アメリカでは使っているマジシャンがいるんだといった意外な思いがして、最近の使用状況を調べたくなりました。ちょうどその頃に手に入れた"Antinomy" 13号に、ジェイミー・イアン・スイスがダブルリフトについて書かれており、この方法についても触れられていました。ジャグラーでマジックも演じ始めた人の実例を挙げており、その人にはこの選択も悪くないと書いていました。考えてみれば、ビル・マローンもフラリッシュ的要素を含めながら、ビジュアルでパワフルなマジックを演じていました。そのようなマジシャンには、このダブルリフトが不自然ではなく、ふさわしくさえ思えてきます。なお、ビル・マローンは3巻組DVDの中で、別の方法もいろいろ行っていました。

そして、このジェイミー・イアン・スイスの記事でもっと驚いたのは、ジョニー・トンプソンのマジックにもこの方法が使われており、そのマジックにはふさわしいと報告されていることでした。トンプソンは4巻組のDVDを発行していますが、第3巻の "Out of Siget, Out of Mind" のマジックに使用されていました。このDVDは、以前にビデオでも発行されていたものです。トンプソンはバーノンの影響を受けているマジシャンであり、自然であることの重要性を認識しているマジシャンでもあります。しかも、このマジックはバーノンの作品でもあります。ところが、それにも関わらず、この作品にAllertonのダブルリフトを使っているのは腑に落ちない思いがします。しかし、心理的な面で、このダブルリフトが使われていることが書かれていました。客のカードを当てる段階で、デックから1枚ずつ演者の左手へカードを取ってゆき、特定の所でストップします。ここで客にカード名を発表させますが、もし、デックの2枚目が客のカードである場合、このダブルターンオーバーを使っています。

上記の二つでも驚きましたが、それはまだ、序の口でした。ゴードン・ターンオーバーの調査の中で、1996年のJames Swainの "Miracles with Cards"の本を調べている時に、目に飛び込んできたのがAllertonのダブルリフトです。「ヒチコック・エーセス」の作品の中で、大きな写真を3枚も使って、このダブルリフトを紹介していました。そして、彼はこの方法が最高の方法とも書いています。それだけではありません、この方法を教わったのが、マイク・スキナーからであるとも書き加えられていました。Swainはテクニックを使ったカードマジックを多数発表しており、気になるマジシャンの一人です。2008年には、4巻組のDVDも発行されています。マイク・スキナーはよく知られていますように、エレガントなテクニックで魅力的なマジックを演じるマジシャンです。一般客相手のマジックは、マニアには物足りなく感じるものもありますが、プライベートでマニア相手に演じた場合、完全にマニアを煙に巻くことの出来るマジシャンの一人でした。二人に共通している点は、普段からフラリッシュをかなり練習しており、自分の演技にも必要であれば取り入れていたことです。

そして、いよいよ4番目の驚きの発見です。このダブルリフトは良くないと言ったジェニングスが、このダブルリフトを使っていたからです。

ジェニングスとダブルリフト

ジェニングスが良くないと言ったはずのダブルリフトを、自分の作品の中で使用していたのは「オープン・トラベラー」においてです。1986年のマイク・マックスウェル著「ザ・クラシックマジック・オブ・ラリー・ジェニングス」の本の中で解説されていました。ご存知のように、日本語で解説された「オープン・トラベラー」には、このダブルリフトは使用されていません。1972年の加藤英夫著「ラリー・ジェニングスのカードマジック入門」に解説されています。もちろん、この作品の元となります1969年発行のアルトン・シャープ著「エキスパート・カード・ミステリー」にも、このダブルリフトは使用されておりません。

それでは、なぜ、1986年の本ではこのダブルリフトを加えたのでしょうか。狐につままれた思いがします。そもそも、この本に解説された「オープン・トラベラー」は、いつ頃の作品であるのかが分かりません。1960年代中頃に、いくつかの方法を考え出した中の一つでしょうか。その後、バーノンにこのダブルリフトは良くないと指摘されたのでしょうか。それでは、1986年の本に載ってしまったのは何故でしょうか。分からないことばかりです。この本に解説された使用のように、デックのトップではなく、左手の2枚だけをダブルターンオーバーするのであれば、問題にする必要がなかったのでしょうか。そして、この本が発行された1980年代中頃には、それほど気にしなくなっていたのでしょうか。ところが、そうではないことが分かりました。1997年の「ジェニングス’67」の本に解説された「オープン・トラベラー」に、意外な発見があったからです。「オープン・トラベラー」の最終案として、「インビジブルパーム・エーセス、No.6」のタイトルが付けられていますが、Allertonのダブルリフトの部分を別な方法に変えていたのです。その変更された方法が、スチュアート・ゴードン・ダブルターンオーバーでありました。これも何年の作品かが分かりません。今回の調査の中で、ラリー・ジェニングスが使っていたことにはビックリさせられましたが、それを最終的には、スチュアート・ゴードンの方法に変えていたことにも大いに驚かされました。

私とこのダブルリフトの関わり

私の場合、カードマジックのテクニックを専門的に指導を受けていたのが、1969年頃です。そして、指導を受けた中でも、驚きのテクニックがダブルリフトでした。それが、その後、良くないと言われるようになるダブルリフトでもあったわけです。私の印象では、その頃から1970年代中頃までは、このダブルリフトを使っているマニアを多く見かけました。私もダブルリフトといえば、この方法のことだと思っていたほどの時代です。当時、集中的に練習していたために、内エンドに当てた右親指でトップカードを持ち上げようとすると、必ず2枚になっていました。つまり、ゲットレディーが必要でなく、内エンドもゴソゴソする必要がなく、直ちにスナップしながらたて方向にターンオーバーするだけでした。それほどに慣れていた方法でしたが、ジェニングスの言葉どおりに使用を断念したことには、三つの理由がありました。

一つ目として、マニア相手には通用しないダブルリフトになっていたからです。マニアの間では、このダブルリフトが広く知れわたっており、意味のないダブルリフトになっていたからです。「今、ダブルリフトしています」と表明しているようなものでした。うまさは感じても、不思議さを見せることにはなっていませんでした。ただし、一般客相手には、このダブルリフトの使用が問題とは思いませんでした。ところで、私の場合、一般客に見せる機会が激減する環境となっていたために、結局は使用しないことになってしまいました。今から思い返せば、その後覚えたバーノンの方法も、Dr.デイリーやマルローの方法も、マニア相手には、ダブルリフトしていることがばれていたことには違いがなかったことです。マニアの間で広く知られるようになったダブルリフトは、そのような操作をしただけで何をしようとしているのかが分かったからです。バーノンも「スターズ・オブ・マジック」や「バーノン・ブック」に発表した方法は、発表後、マニアに対して使っていないはずです。マニアにも通用する方法を使っていたはずです。それが発表されたのが、1967年の "Ultimate Card Secrets"です。ラリー・ジェニングスの作品 "Tell-Tall Aces"の中で使われていました。バーノンも70才を超えていたので、解説されることに同意したのかもしれません。しかし、イラストも写真もなく、目立たないように解説されていました。バーノンの方法として知られている右手を使う方法ではなく、左親指をトップカードの上に置いて、左親指だけで右へ押し出したように見せて行う方法です。

二つ目の理由は、1970年代後半以降は、このダブルリフトが時代遅れの方法のように思われてしまったことです。ジェニングスの指摘後、多くのマニアがバーノンやその他の方法を採用するようになっていたからです。マニア相手に以前の方法を使っていると、「まだそのような方法を使っているのか」と指摘されることもあったほどです。

そして、三つ目の理由は、この頃より、カードもポーカーサイズが使われ出したことです。ブリッジサイズで、スナップしながら行うこのダブルリフトに慣れていましたので、ポーカーサイズで行うと違和感を生じるようになったからです。バーノンの方法や別の方法の方が、ふさわしく思えるようになってきました。なお、ポーカーサイズを使用しなさいと指摘されたのも「ラリー・ジェニングスのカードマジック入門」に書かれていますように、ジェニングスであったようです。結局、一般客相手には、演じる状況やマジックによっては、このダブルリフトを使うのも面白いかもしれません。

たて方向のダブルターンオーバーの最初の文献の記載について

最初に、文献上でダブルターンオーバーが記載されているのは、私の調査では、1919年のチャールズ・ジョーダンの「サーティー・カード・ミステリー」の本です。この方法が、たて方向のダブルターンオーバーとなっていました。「シングル・カード・リバース」の作品の中で、表向きデック中央に2枚重なって裏向いたカードを、1枚として表向ける操作です。しかし、2枚をエンド側へ押し出すための細かい記載がありません。ダブルターンオーバーとして、本当の意味での解説がされるのは、もっと後になります。

なお、1910年代から20年代にかけて、ダブルターンオーバーを研究し使用していた人物として4人があげられます。ダイ・バーノン、ライプチッヒ、クリフ・グリーン、アーサー・フィンレイです。ところで、クリフ・グリーンのダブルリフトは、1961年の彼の作品集「プロフェッショナル・カードマジック」が発行されるまで、内容が分かりませんでした。トップカードの上に人差し指を当てて、前方へ押し出しているように見せ、2枚が押し出されます。そして、外エンド側から持ち上げるターンオーバーとなっています。1920年代には、既にこの方法が使われていたものと思われます。

たて方向のダブルターンオーバーが正式に解説された最初の文献は、1940年の Hugard & Braue共著「エキスパート・カード・テクニック」となります。右へ押し出された右外コーナーを、右親指が上、人差し指と中指を下に当てて、外エンド側を起こして手前へターンオーバーしています。2006年のハリー・ライダー著 "Secrets of an Escamoteur"の本によりますと、この方法はチャーリー・ミラーのダブルターンオーバーとのことです。66年たって、本当の考案者名が発表されたことになります。

ところで、同じ右外コーナーを持つ場合でも、上記とは逆で、右親指が下、人差し指と中指を上に当てて、スタッドポーカーのディールのように内エンド側から起こしてダブルターンオーバーする方法があります。1975年にマーティン・ナッシュ著 "Ever So Sleightly"に発表され、その後、このタイプのダブルターンオーバーは、彼の名前がクレジットされることが多くなっています。しかし、これは既に「エキスパート・カード・テクニック」に解説されていた方法です。前記の外エンドから起こす方法の解説の次の項目で、文章だけで簡単にこの方法についても解説されています。さらに、これはバーノンが行っていた方法の一つである可能性が高いのですが、海外の文献ではその事に触れているものを見つけることが出来ませんでした。日本では、1972年発行の加藤英夫著「ラリー・ジェニングスのカードマジック入門」に、バーノンの方法として解説されています。

このように、「エキスパート・カード・テクニック」の本のクレジットがきっちりされていないのは、この本の制作の段階での問題がかかわってきます。二人の著者の内の一人であるBraueが書いた原稿は、チャーリー・ミラーから見せてもらった多数のマジックが元になっています。それを、Braueの観察と推察力によりまとめあげられた原稿を、Hugardへ送ったものです。チャーリー・ミラーには無断であったために、いくつかの作品や技法の考案者名は確認が取れず、名前がないままになったものと思われます。それらの多くは、チャーリー・ミラーやバーノンのものである可能性が高そうです。チャーリー・ミラーはバーノンとの交流があり、大きな影響を受けていましたので、実演したものの中にはバーノンの作品や技法が多数含まれていたはずです。驚いたのはチャーリー・ミラーですが、バーノンはかなりの怒りを訴えていたようです。マジック書の制作上であってはならないことが起こってしまったわけです。しかし、この本に書かれた内容は、その当時の最先端のものであったことには間違いなく、今日においても研究書としての価値は衰えていません。

おわりに

ダブルリフトは奥が深く、興味がつきない技法ですので、今回で3回目となりました。ダブルリフトの研究書として、2008年に加藤英夫著「カードマジック・ライブラリー 第1巻」が発行され、大いに参考にさせて頂きましたが、今回の内容はそれと関わりつつ、別な観点からまとめてみました。私にとって古くて新しいスチュアート・ゴードン・ダブルターンオーバーと、私のダブルリフトの原点となるパチンとはじく方法、そして、たて方向のダブルターンオーバーの最初の頃を中心に報告しました。最後の報告に関しては、最初の頃だけでなく、最近までの歴史経過やエピソードもまとめて書くべきですが、長くなりますので、私が最も気になっていた部分だけにとどめました。今後も機会があれば、第4段としての報告をしたいと思っています。なお、参考文献一覧はスチュアート・ゴードン・ダブルターンオーバーに関してだけとさせて頂きました。

スチュアート・ゴードン・ダブルターンオーバーに関する参考文献
1988 Larry Jennings Mike Maxwell著 Larry Jennings'The Card Wright
    112ページ Slow-Motion Larryの作品の中で紹介
1988 Ken Simmons Guarded Secrets Revealed 著者のオリジナルとして解説
1990 Shigeo Takagi Richard Kaufman著 The Amazing Miracles of Shigeo Takagi
    58ページ The Double Thoughtの作品の中で改案を発表
1995 Darwin Ortiz Cardshark 103ページ Museum Pieceの中で解説
1996 Paul Cummins From a Shuffled Deck in Use Part Two 但し方法の解説なし
    Another Sequestered Collectorsの中でパケットのターンオーバーに使用
    2003年のマジックハウス社発行の日本版レクチャーノートにも同作品を解説
1996 Bebel 日本版レクチャーノート(マジックハウス社発行)
    ユニバーサルカードとリセットの作品の中で使用(アスカニオの方法と記載)
1997 Larry Jennings Richard Kaufman著 Jennings' 67
    184ページ Invisible Palm Aces No.6の中で解説
2000 James Swain Genii 6月号 The Cool Out Moveの中で使用
2003 Dan and Dave Genii 10月号 Molecule 2 のトリプルカットに使用
2004 Derek Dingle Genii 5月号 Quick D-Wayの中で写真による解説
2004 Wesley James Enchantments Stuart Gordon Turnover Variation
2006 Ascanio The Magic of Ascanio Vol.2 223ページ The Gordon Turnover
    Jesus Etcheverry著 Rafael Benatar英訳
2007 Bill Malone DVD Here I Go Again! Vol.3のShip Wreckedに使用
2008 Kevin Ho Smooth Operations Punk'Dの中で解説 フロリダ・カウントにも使用
2008 Jamy Ian Swiss Antinomy 13 A Dissertation on the Double Lift
2008 福田庸太 奇術探究創刊号 「水漏れと油漏れ」に使用
2008 ゆうきとも 奇術探究第3号 「シック・ウォーター」に使用


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