2008年に入って、ダブルリフトについてまとめられた文献が二つ登場しました。一つは、加藤英夫著「カードマジック・ライブラリー 第1巻」です。もう一つは、アメリカのマジック季刊誌 "Antinomy" 13号です。この中で、ジェイミー・イアン・スイスがダブルリフトについてまとめています。
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最近、海外のダブルリフトの記載の中で、見かけるようになってきたダブルターンオーバーです。日本の文献で、この名前と方法が紹介されるのは、2008年5月発行の「奇術探究 創刊号」が最初と思われます。ところが、海外では、既に20年前に登場していました。1988年のマイク・マックスウェル著「ラリー・ジェニングス・カード・ライト」の本です。それでは、この頃に考案されたのかといえば、そうではありません。私がこの方法を教わったのは1981年です。つまり、本に解説されるより7年前になります。調査をしていて、私自身が奇妙な思いにさせられました。
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1981年に、大阪で高木重朗氏のレクチャーが開催されました。その時に、今、海外で使われている新しいダブルターンオーバーとして紹介されたのがこの方法です。私のノートには、ディングルのダブルリフトとして記録されていました。そのために、今日まで、この方法をディングルの方法と思い込んでいました。レクチャーの時に、ディングルが使っていたと説明されていたのを、彼の方法と受け取ってしまったのかもしれません。
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今回の調査では、スチュアート・ゴードン本人については、全く何も分かりませんでした。そして、このターンオーバーが何年に考案されたのかも分からなかっただけでなく、他に何か考案された作品や技法があるのかも分かりませんでした。そのような何も分からない中で、1970年代の実演情報が、やっと見つかりました。これも、本人が実演しているのではありません。1973年に、アール・ネルソンがデビット・ロスより見せられ、その時に、スチュアート・ゴードンの方法と教わったそうです。このことは、2004年発行のWesley James著 "Enchantments" の中に報告されていました。つまり、1970年代初め頃には、既にこの方法が考案されていたようです。
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1980年代初めには、既にアメリカの東海岸の一部のマジシャンには知られており、実際に使われていました。ディングル、ダーウィン・オーティス、ジェフリー・ラタ、ジェイミー・イアン・スイス等です。このことは、2008年発行の "Antinomy" 13号に、ジェイミー・イアン・スイスにより報告されています。この当時、ディングルは "Quick D-Way" の作品に、このターンオーバーを取り入れて演じていたようです。ところが、1982年のリチャード・カウフマン著 "The Complete Works of Derek Dingle" には、この方法が解説されていません。ケン・クレンチェルのダブルリフトを改良した方法が、DDダブルリフトとして解説されているだけです。そして、そのすぐ後で、これを使った "Quick D-Way" の解説がありました。ディングルが死亡して発行されたGenii誌2004年5月のディングル特別号には、ディングルが実際に演じていた "Quick D-Way" としての解説があります。その中で、多数の写真を使って、ゴードン・ターンオーバーの詳しい解説も加えられていました。なお、ディングルの方法は、スチュアート・ゴードンの方法のままではなく、少しの違いがありました。 |
ジェニングスの本により、初めて、スチュアート・ゴードン・ダブルターンオーバーの名前と方法の紹介がされています。1988年の「ラリー・ジェニングス・カード・ライト」の本です。写真が多数取り入れられていますが、何故か、このダブルターンオーバーには写真が一切ありません。しかも、この技法解説が独立しているのではなく、「スローモーション・ラリー」の作品解説の中で触れられているだけです。これでは、この作品に興味を持って、きっちりと解説を読んだ人でなければ、この技法の存在が分かりません。ゴードンより許可をもらったと思われるのですが、何故このような状態になったのでしょうか。
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1981年3月の大阪のレクチャーで、このダブルターンオーバーを紹介されていますので、1980年には情報を得られていたものと思われます。たぶん、ディングルから教わったものと思いますが、はっきりしません。高木氏により、スチュアート・ゴードンの方法として、日本の文献に紹介されている可能性がありますが、これもはっきりしません。1990年に海外で、高木重朗氏の本が発行され、1992年には日本語訳版が東京堂出版より発行されています。この中で、ゴードン・ターンオーバーを大きく変革した方法が解説されました。裏向きカードの左サイド近くを右手でビドル・グリップして、横方向にカードを表向けた後、ゴードンの方法を変革した操作により、カードを起こして、客席に表が向くようにしています。これを使った作品「ザ・ダブル・ソート」に、この方法がうまくマッチしています。 |
2007年のGenii Forumで、スチュアート・ゴードンがマジック・キャッスルを訪れた時(何年かは不明)のことが報告されていました。リチャード・カウフマンがゴードン本人の方法を見せてもらうと、ディングルやジェニングスの方法と指先の操作に違いがあったそうです。そこで、カウフマンがゴードン本人の方法の発表を要請しましたが、承諾が得られませんでした。すでに、改案の方が多数紹介されていますので、今更といった思いがあったのではないでしょうか。アール・ネルソンがジェイミー・イアン・スイスに言ったことによりますと、ゴードンはデックをドリブルした直後に、ダブルターンオーバーしていたそうです。
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このダブルリフトに関して、最近になって、ビックリさせられる発見が四つも続きました。しかも、次第に驚きはグレードアップし、4番めの内容では、書いてあることが信じられない程の衝撃を受けてしまいました。良くないと言われたことに関しては、加藤英夫著「ラリー・ジェニングスのカードマジック入門」(1972年)や「カードマジック・ライブラリー」(2007年)に詳しく報告されています。
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ジェニングスが良くないと言ったはずのダブルリフトを、自分の作品の中で使用していたのは「オープン・トラベラー」においてです。1986年のマイク・マックスウェル著「ザ・クラシックマジック・オブ・ラリー・ジェニングス」の本の中で解説されていました。ご存知のように、日本語で解説された「オープン・トラベラー」には、このダブルリフトは使用されていません。1972年の加藤英夫著「ラリー・ジェニングスのカードマジック入門」に解説されています。もちろん、この作品の元となります1969年発行のアルトン・シャープ著「エキスパート・カード・ミステリー」にも、このダブルリフトは使用されておりません。
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私の場合、カードマジックのテクニックを専門的に指導を受けていたのが、1969年頃です。そして、指導を受けた中でも、驚きのテクニックがダブルリフトでした。それが、その後、良くないと言われるようになるダブルリフトでもあったわけです。私の印象では、その頃から1970年代中頃までは、このダブルリフトを使っているマニアを多く見かけました。私もダブルリフトといえば、この方法のことだと思っていたほどの時代です。当時、集中的に練習していたために、内エンドに当てた右親指でトップカードを持ち上げようとすると、必ず2枚になっていました。つまり、ゲットレディーが必要でなく、内エンドもゴソゴソする必要がなく、直ちにスナップしながらたて方向にターンオーバーするだけでした。それほどに慣れていた方法でしたが、ジェニングスの言葉どおりに使用を断念したことには、三つの理由がありました。
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最初に、文献上でダブルターンオーバーが記載されているのは、私の調査では、1919年のチャールズ・ジョーダンの「サーティー・カード・ミステリー」の本です。この方法が、たて方向のダブルターンオーバーとなっていました。「シングル・カード・リバース」の作品の中で、表向きデック中央に2枚重なって裏向いたカードを、1枚として表向ける操作です。しかし、2枚をエンド側へ押し出すための細かい記載がありません。ダブルターンオーバーとして、本当の意味での解説がされるのは、もっと後になります。
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ダブルリフトは奥が深く、興味がつきない技法ですので、今回で3回目となりました。ダブルリフトの研究書として、2008年に加藤英夫著「カードマジック・ライブラリー 第1巻」が発行され、大いに参考にさせて頂きましたが、今回の内容はそれと関わりつつ、別な観点からまとめてみました。私にとって古くて新しいスチュアート・ゴードン・ダブルターンオーバーと、私のダブルリフトの原点となるパチンとはじく方法、そして、たて方向のダブルターンオーバーの最初の頃を中心に報告しました。最後の報告に関しては、最初の頃だけでなく、最近までの歴史経過やエピソードもまとめて書くべきですが、長くなりますので、私が最も気になっていた部分だけにとどめました。今後も機会があれば、第4段としての報告をしたいと思っています。なお、参考文献一覧はスチュアート・ゴードン・ダブルターンオーバーに関してだけとさせて頂きました。
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