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コラム

第21回 Dr.デイリーのラスト・トリックの不可解な部分 (2005.9.23up)

はじめに

マイケル・アマーの"Easy to Master Card Miracies Vol.2"とダローの"Encyclopedia of Card Sleights Vol.7"のDVDには、それぞれ「Dr.ジェイコブ・デイリーのラスト・トリック」が解説されています。ところで、この二つは同じタイトルの作品であるにもかかわらず、使用している方法が違っています。それだけではありません。この二つの方法は、本来のDr.デイリーの方法とかなり違っています。

Dr.デイリーの方法では、ビドル・ムーブを使用して4枚のエースの配列を示した後で、表向きに縦にエースをずらして、もう一度、配列状態を確認させています。しかし、二つのDVDの解説には、その部分が削除されて、簡略化した別の方法に変えられています。そうであるにもかかわらず「Dr.デイリーのラスト・トリック」の名前がそのまま使われています。Dr.デイリーがそのようにしていたと思ってしまいます。部分的に方法が変わっても、本来の考案者をたたえる意味で、タイトル名はそのままにしているのでしょうか。そうであるならば、変更していることを解説の中で、はっきりと触れておくべきでしょう。

ところで、原案者がDr.デイリーであれば、このようなことも分からないではありません。しかし、この現象の原案者はDr.デイリーではありません。彼よりも以前に、数名の有名マジシャンが、この現象の作品を、すでに発表されているからです。結局、Dr.デイリーが原案者ではなく、彼の方法がそのまま解説されているわけでもない作品に、DVDでは「Dr.デイリーのラスト・トリック」の名前がつけられていることになります。

Dr.デイリーの方法は、それまでの方法と何か大きな違いがあるのでしょうか。そして、どのような点がすぐれているのでしょうか。また、原案作品は何になるのでしょうか。さらに、もう一つ興味深いことがあります。日本において、私がよく見かけます方法と、海外の方法とにおいて、演出面でいくつかの違いがみられます。そういったことを中心に、いろいろと調べましたので報告させて頂きます。

現象について

各報告に入ります前に、現象について確認しておきたいと思います。発表されています作品により少し違いがありますので、共通した現象の部分のみ記載しておきます。例として、黒エースを示し、それを裏向けてテーブルへ配る場合とします。4枚のエースを示した後、裏向けます。1枚目の黒エースを示し、それを裏向けてテーブルへ配ります。もう1枚の黒エースも示した後、裏向けてテーブルへ配ります。手元に残った2枚の赤エースと、テーブル上の2枚の黒エースが入れ替わってしまいます。

Dr.デイリーの作品より以前の状況

私が調べた範囲では、最初に文献上に登場するのは、1948年のターベル・コース第5巻においてです。ミルボーン・クリストファーの「レッド・アンド・ブラック・エーセス」のタイトルがつけられています。1枚目はトップでのダブル・リフトで、2枚目はボトムでのグライドが使用されています。1952年 には、ビル・サイモンによる"Rapid Transit"が発表されています。1枚目はボトムのエースを、一般的なグライドではなく、バックルによる方法が用いられます。2枚目は、バックルを使ってトップのエースをダブル・リフトしています。1953年には、マルローの「カーディシャン」に「ノー・グライド・エーセス」が発表されます。三つの方法が解説されていますが、いずれの方法もグライドを使用しないかわりに、トリプル・リフトやダブル・リフトが使われています。この後、Dr.デイリーの方法が、1956年の「ザ・ダイ・バーノン・ブック・オブ・マジック」に登場することになります。

ところで、ミルボーン・クリストファーが原案者なのでしょうか。私の調査では、数冊の本に、ミルボーン・クリストファーの方法が、もっとも初期の文献での発表とありました。しかし、彼が原案者であるとは書かれていませんでした。また、ターベル・コースにおける記載においても、ターベルが彼から教わったと書かれているだけでした。

ターベル・コース以前では、それに近い現象がなかったのでしょうか。いろいろ調べましたが、現段階では、4枚のエースだけで行うパケット・トリックのこのような現象は見つかりませんでした。その代わりに、デックから1枚ずつ示されて、テーブルへ2枚のカードが配られるマジックであれば多数発表されていました。この場合には、テーブルに配られた2枚のカードの間での入れ替わり現象となります。

この現象のマジックの歴史は古く、1740年のフランスのGuyotの本には、すでに発表されています。その後、1876年のモダン・マジックや1938年のグレーター・マジック、1940年のエキスパート・カード・テクニックにも方法をかえて解説されています。結局、4枚だけを使って、配った2枚と手元に残った2枚との入れ替わり現象は、誰が最初かが明らかでありませんでした。

Dr.デイリーの演出面の優れている点と、最近のDVDでの不可解な展開

このマジックはシンプルであるにもかかわらず、意外性があって、インパクトが強烈です。ところが、Dr.デイリー以前の上記3人の方法をみますと、意外性もインパクトも少し弱く感じてしまいます。この3人の方法には共通点があります。2枚のエースがテーブルへ配られた後、単に手元に残った2枚を表向け、その後、テーブルの2枚を表向けています。あっさりと、そっけなく終わっています。ところが、Dr.デイリーの方法には、ちょっとしたことですが、重要な違いがあります。後で配ったスペードのエースの位置を尋ねています。そして、テーブルのカードから先に表向けています。このように、テーブルのカードの位置に意識を集中させたことと、それらのカードが予想外の結果となるために、インパクトも大きくなっているものと思われます。

その後、発表された作品では、どちらかの方法をとられていますが、不可解な点は、最近のDVDの傾向です。なぜか、演者の手元のカードの方から表向けているのです。配られた2枚は、その後で表向けています。ダロー、マイケル・アマー、ビル・マロン、グレゴリー・ウイルソンのDVDがこの方法で行われています。何故なのでしょうか。

最近のDVDをみていますと、客の手の上へカードを配ることが多くなっています。そのために、最後の段階で、客の持っているカードを見せる方が効果的なのでしょうか。または、このように演じた方が、現代風なセンスのマジックになるのでしょうか。結局は、よく分かりません。

Dr.デイリーの技術的に優れた点と問題点

このマジックには、こだわりを持っている人が結構多いようです。そのいくつかのこだわりを、うまく解決しているのもDr.デイリーの方法であるわけです。マルローの「ノー・グライド・エーセス」は、この現象のマジックに、グライドを使用しないといったこだわりを持った作品といえます。マニアとして、グラ イドの使用をさけたい気持ちは分かります。私も使わない方法を選んでしまいます。そして、Dr.デイリーの方法においても、グライドは使用されていません。

ところで、Dr.デイリー以降の作品でも、フランシス・カーライル、ハリー・ロレイン、マーク・ウイルソン、ビル・マロンはグライドを使用した方法で発表されています。そして、片倉雄一氏(たぶん、文献には未発表)やフランシス・カーライルの作品では、グライドのうまい使い方をされており、グライドも悪くないと思わされてしまいました。

次に、ダブル・リフトを繰り返さないといったこだわりもあります。ここでのダブル・リフトとは、トップ・カードを表向けるものを意味しているといってもよいでしょう。ダブル・リフトは使い勝手の良いスライト(技法)であるために、多用してしまう傾向があります。私は、ダブル・リフトをもっと大切に使いなさいといった警告として受け止めています。Dr.デイリーは、本来のトップでのダブル・リフトを使わないで、別な頭の良い方法を採用されました。しかし、このことに関しても、Dr.デイリー以降に、Arthur Hastings, Francis Haxton、マーク・ウイルソン、フィル・ゴールドステインは、ダブル・リフトの繰り返しの方法で発表されています。

そして、もう一つのこだわりがあります。1枚目のエースをテーブルに置いた後、残りの3枚の位置を入れ替えないことです。マルローの「ノー・グライド・エーセス」の第2の方法では、ボトムにあるエースを、他の2枚の中央へ差し込んでいます。不自然な操作です。しかし、残りの枚数を確認のためリバース・カウントする場合であれば、それほど不自然さは感じません。また、最初に赤黒赤黒交互の状態を示した場合には、1枚目で赤を示してテーブルへ置いた後、次のカードを黒と言って、トップからボトムへ移動させることも悪いことではないと思っています。もちろん、何もしないのがベストです。Dr.デイリーの方法では何もしていません。

このように、優れた改良が加えられた作品であるのに、「Dr.デイリーのラスト・トリック」の名前をつけている二つのDVDでは、何故、本来の方法のままで解説されなかったのでしょうか。また、私がいろいろな方の演じているのを見ても、Dr.デイリーの方法のまま行っている人が少ないのは、何故でしょうか。それは、ビドル・ムーブの使用と、表向きにエースをずらして示す部分に問題がありそうです。この方法は、面白い発想で、頭の良さを感じさせられる方法といってもよい部分です。しかし、もっとシンプルにしたくなってきます。また、配るカードの印象をもっと強くしたいとも思ってしまいます。

Dr.デイリーの方法では、表向きに縦にずらして、トップとボトムが黒のエースであることを示しています。そして、裏向きにそろえてトップ・カードを配っていますが、黒いエースであった印象が強く残っているとはいえません。それよりも、1枚の黒エースを示した後、裏向けて配る方が印象が強いはずです。その方が、漠然と見ていただけでも、少なくとも、黒い色のエースであった印象が頭に残っていると思われるからです。

ボトムからのダブル・リフトの時代による変遷

Dr.デイリーの技術面で、もう一つのすばらしい点があります。3枚になった段階で、ボトムからのダブル・リフトを使用していることです。ボトムの2枚を、外エンドより縦方向にひっくり返してトップに表向けています。これを行うために、左親指により、トップ・カードを右方向へ少し押し出し、その下のカードの右外コーナーを右指で持って行っています。その後の発展系として、マーティン・ナッシュが4枚持っている状態でも行える方法を発表されました。

そして、最近のDVDでは、かなり方法が変わってきています。縦方向ではなく、横方向にひっくり返してトップに表向けているからです。この方法のためには、トップ・カードを左方向へずらして、その下のカードを右サイドへ引き出しています。ダロー、マイケル・アマー、グレゴリー・ウイルソンが2枚目のエースを表向ける時に用いています。

本来のトップでのダブル・リフトについて考えてみますと、Dr.デイリーの時代は縦方向のターンオーバーもよく行われていました。しかし、現代では、横方向が主流になっています。そういった点が、このマジックにおいても影響しているのでしょうか。

Dr.デイリーのラスト・トリックのタイトルについて

今回取り上げましたこのマジックは、最近まで、それを代表するタイトルがありませんでした。いくつもの作品が発表されていますが、似たタイトルはあっても、同じものがなかったという状況です。ところが、最近になって、「Dr.デイリーのラスト・トリック」の名前が、このようなマジックを代表するタイトルになってきているといってもよさそうです。

その理由として、この作品が演出・技術面で、すばらしい改良を加えられたものであること。Dr.デイリーが生前の最後に発表された作品であること。そして、バーノンの代表的な本である「ザ・ダイ・バーノン・ブック・オブ・マジック」に解説されたこと等があげられます。つまり、このマジックの認知度を高めた代表的作品であるからといってもよさそうです。

日本においては、この作品を訳された高木重朗氏がつけた「エースの入れかわり」のタイトルが、その後もよく使われています。

ところで、考えてみれば、「Dr.デイリーのラスト・トリック」の名前は、このマジックの内容と、もっとも関連のないタイトルといってもよいものです。そういった意味では、この名前の由来をきっちりとおさえておく必要があります。Dr.デイリーは、1954年2月にマジックを演じた直後、突然死(心臓停止)しました。このことは、当時のマジック界における衝撃的出来事でありました。私は、その時に演じた作品が、このタイトルのマジックになったのかと、漠然とした考えをもっていました。しかし、それは間違いであることが分かりました。1954年の「ニュー・フェニックス 302号」によりますと、死亡する直前には2作品が演じられていたそうです。一つは、Dr.デイリーの"The Cavorting Aces"であり、もう一つは、バーノンの"The Tvelers"と書かれていました。どちらも「スターズ・オブ・マジック」に解説されています作品です。多人数の前で演じる必要があったために「ラスト・トリック」は行われなかったようです。

このマジックの誕生については、バーノンの本の「Dr.デイリーのラスト・トリック」の解説の冒頭で触れられています。このトリックのテーマは、ビル・サイモンにより示唆されたものです。それを、最善の状態に作りあげて、彼が死亡する数日前に、ニューヨークのカード・マジックのスペシャリストの会合で発表されました。そして、熱狂的なかっさいをうけたことが報告されています。それが、彼の生前に発表されたラスト・トリックとなってしまったわけです。

日本と海外での演出の違い

私が日本でよく見かけます方法と、海外の文献やDVDでの方法とでは、かなりの違いがあることが分かりました。

第一の違いとして、日本ではテーブルに配った2枚のカードは、左右に離して置いています。ところが、海外での多くの作品では、1枚目の上へ2枚目を重ねています。もちろん、例外が数作品あります。フィル・ゴールドステイン、マーティン・ナッシュ、フランシス・カーライルの作品等です。ところで、海外のこの重ねる方法も、最近のDVDでは、変化してきています。テーブルの上へ重ねるのではなく、客の手の上へ重ねて置くことが多くなってきています。しかも、1枚目の上ではなく、下側へ2枚目を差し込む方法が採用されるようになっています。

第二の違いとして、海外では重ねた2枚の上下の位置を入れ替えることはしていません。頭を混乱させないように、そのままの状態にしています。ところが、日本では、左右のカードを1回または数回の入れ替えを行っています。わざとあやしい場面をつくって、この2枚が入れ替わるマジックであると思い込ませる演出といえるでしょう。海外において、左右に分ける方式を採用されている作品でも、2枚の入れ替えをしていないのがほとんどです。数回の入れ替えを行っていたのは、フィル・ゴールドステインの"Cry Wolf"ぐらいでした。

私の場合は、1回だけゆっくりと入れ替える操作をしています。数回の入れ替えは、客に頭脳の負担をかけることになりますので、好きではありません。しかし、京都の喜多充氏や村上欣隆氏は、結末を盛り上げるために数回の入れ替えを行っていました。お二人の方法は、2枚ともにカードが入れ替わったことを見せるための結末の演出が違っています。ただし、共通していることは、数回の入れ替えがあるからこそ、結末の意外性が、楽しく盛り上がるものになっていることです。お二人の方法であるならば、私も納得してしまいました。

第三の違いとして、日本では、配ったカードの方から表向けている作品がほとんどです。海外でも、Dr.デイリーやフィル・ゴールドステインの方法も同様に行われています。しかし、海外の多くの作品では、演者の手元のカードから表向けられています。特に、Dr.デイリー以前の初期の作品や、逆に、最近のDVDではこの傾向が強くなっています。

第四の違いとして、海外では、ほとんどの場合、黒エースが配られますが、日本では、赤エースを配ることが多いようです。黒エースの方が、マークの大きさの違いがはっきりしていますので、有利だと考えられます。それに対して、日本でよく見かける方法は、ダイヤをお金、ハートを愛情と表現して、どちらかを取らせる演出をしています。お金も愛情も獲得出来なかったというマイナス効果となりますが、それをうまく笑いにもっていこうという演出です。それだけに、演じる状況を配慮する必要があります。関西では、よく見かける演出ですが、全国的にも演じられているのではないかと思っています。実際には、どうなのでしょうか。そして、気になったのが、この演出は、誰により最初に発表されたかです。いろいろ調べましたが、残念ながら、現段階では、分かりませんでした。

ところで、興味深いことは、2004年に発行されましたJohn Bannonの"Dear Mr Fantasy"の本で紹介された方法です。ダイヤはマネーとショッピングのエースで、演者の妻のお気に入りのエースであると紹介しています。そして、ハートをTrue Love(本物の愛)とハピネス(幸福)のエースであり、演者自身のお気に入りのエースとしています。この2枚の位置が入れ替わると言って、どちらも黒エースに入れ替わる意外な結末を見せています。Bannonの場合は、これに客の手を使った面白い演出を加えているのですが、これを20年程前から実演していると書かれていました。

おわりに

今回の「Dr.デイリーのラスト・トリック」の調査により、時代による変化と、日本と海外との違いが、はっきり分かってきました。残念なことは、分からないままで残してしまった部分が生じたことです。しかし、それは今後も継続して調べたいと思っています。

今回の報告では、本来の現象の作品だけにとどめましたが、これを発展させた現象についても、いろいろと調べることが出来ました。結末で、配られた2枚がキングに変わってしまうものや、4枚だけで行うアンビシャス現象に、この現象を融合させた作品等です。しかし、私は基本的には、シンプルな本来のままの現象の方が好きです。


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