1月22日にフレンチ・ドロップにおいて、ジェフリー・ラタのレクチャーがおこなわれました。この時に、隣の席の方との会話の中で、興味深いことを伺いました。ダローのDVDでの「シカゴ・オープナー」とマイケル・アマーのDVDでの「レッド・ホット・ママ」が、ほとんど同じ内容だと言われるのです。私も10年程前から、「シカゴ・オープナー」の原案がアル・リーチの「レッド・ホット・ママ」の可能性が大きいことは聞いていました。そういった意味では、二つのDVDでの内容が同じであっても不思議ではありません。しかし、この二つには何か違いがありそうにも思えます。また、これらの作品の歴史的経過についても興味がわいてきました。今回、よい機会ですので、可能な限り調べてみることにしました。 |
まずは二つのDVDを見比べてみることから始めました。その結論として、二人の演技は基本的には同じだと言っても良さそうです。二人の演技での違いをしいてあげるとしますと、おまじないのかけ方が違います。そのようなことを言いますと、もっとまじめに報告しなさいとおしかりをうけそうです。しかし、これは重要です。ダローはデックをテーブルに置いて、デックの上空で両手を使っておまじないをかけるジェスチャーをしています。それに対して、マイケル・アマーはデックの上を女性客に人差し指で押させています。後で詳しく報告しますが、女性に押させる操作が「レッド・ホット・ママ」の名前のいわれと関連しているからです。そういった意味では、もう一つの重要な違いがあるといえます。ダローは赤デックを使用しているのに対して、マイケル・アマーは青デックを使用していることです。青デックを使用して、客のカードだけが赤裏カードになることも「レッド・ホット・ママ」の名前との関連があるからです。 それ以外にもいくつかの違いがありますが、そのことに触れます前に、まず、二人の演技の共通部分を紹介しておきたいと思います。両手の間でカードを広げて、客に一枚のカードを取らせます。デックをヒンズーシャフルして、適当な位置へ客のカードをもどさせます。デックにおまじないをかけてデックを広げますと、一枚だけ裏の色が変わっています。そのカードを表向けますと客のカードです。このカードを裏向けてテーブル上に置いておきます。もう一度やってみせようと言って、今度はヒンズーシャフルして、客がストップをかけた位置のカードを覚えてもらいます。前回同様におまじないをかけるとカードの色が変わると言いますが、デックを広げても何も変化が起こっていません。一枚だけカードの色が変わっているはずだと言って探す動作をした後、テーブル上の最初に覚えてもらった裏の色違いのカードに気ずき、それを表向けると、新たに覚えてもらったカードに変わっています その他の相違点前記しましたこと以外の違いをあげますと、ダローは第一段で、デックをテーブル上にリボンスプレッドして裏の色違いのカードを示していますが、マイケル・アマーは両手の間で広げているだけです。第二段では、二人ともテーブル上にリボンスプレッドしているのですから、第一段も同様に行ってもよさそうです。また、テーブル上にスプレッドする方が現象が分かりやすいだけでなく、他に色違いカードがないことを、はっきりと示すことも出来ます。しかし、欠点があります。リボンスプレッドして一枚の色違いカードが現れたことを示した後で、デックをそろえて、もう一度、今度は両手の間で広げなおすという繰り返しの手間を行うことの不自然さです。両手の間で広げることは、色違いカードをトップに持ってきて、DLのテクニックを使用する関係で必要となっています。なお、ほとんどの文献では、両手の間で広げているだけでした。ダローの場合でも、解説の部分では、第一段でのテーブル上のリボンスプレッドは行われていませんでした。 |
二人の操作の違いからは少しはずれて、もう一つ追記しておきたいことは、クライマックスでの表現のしかたです。
少しの違いだけですが、ダローの方が盛り上げ方がうまいと思ってしまいました。色違いのカードをさがしても見つからず、テーブル上に置いてあった第一段での色違いカードの存在に気づくという部分です。この気づくと言う見せ方をしている点では二人とも共通しています。第二段では二人とも「ワン・カードの色がチェンジしているはずです」と言いながらスプレッドして、「ワン・カード」という言葉を強調しながら、その言葉を繰り返してさがす操作をしています。その後、アマーは客にカード名を聞いた後で、もう一度「ワン・カード」と言いかけて、テーブル上に元から置いてあった色違いカードに気づき、表返しています。 |
それでは「レッド・ホット・ママ」との関係の報告へ進めたいところですが、その前に、「シカゴ・オープナー」のマジック自体に不可解な問題がありますので、そのことを先に報告したいと思います。 |
日本においても、割合早い時期より「シカゴ・スタイル」の現象のことを「シカゴ・オープナー」と呼ばれていたような記憶があります。日本では、ガルシアの「ミリオン・ダラー」(1972年発行)の本が「カード奇術の秘密」として、1976年に日本語訳にされ、金沢文庫から出版されました。その後、 1987年の「カード・マジック入門事典」にも「シカゴ・オープナー」が解説されました。ところが、ガルシアの「スーパー・サトル」の本が日本語訳され なかっただけでなく、「シカゴ・スタイル」の作品自体も日本の文献では解説された形跡がないのです。無いことの方が不思議で、私が見過ごしているだけかもしれません。そういった状況にもかかわらず、「シカゴ・オープナー」と言って「シカゴ・スタイル」の方の結末が演じられているのが不思議です。私の考えでは、「シカゴ・オープナー」だけでなく、「シカゴ・スタイル」の演出の方もマニアの間で、次第に知れわたるようになり、そちらの方がインパクトがあって面白いということで、優先的に使用されるようになったのではないでしょうか。ただし、「シカゴ・オープナー」の名前は、そのまま使われていたのだと思われます。 |
ところで、ガルシアの2冊の本に関してですが、共通していることがあります。どちらの解説の中にも原案者名が書かれていなかったことです。そのため、私は長い間、どちらもガルシアの作品だとばかり思っていました。私がこれらの本を読んだのは1975年頃のことです。あらためて読み返しますと、「シカゴ・オープナー」の冒頭には、「かなり以前にシカゴにおいて教わった」と書かれていました。私の場合、先に購入して読んだのが「スーパー・サトル」の本であり、「シカゴ・スタイル」の面白さに感心しましたが、後で読んだ「ミリオン・ダラー」の「シカゴ・オープナー」にはガックリときて、冒頭の文章などは全く記憶にも残っていませんでした。
さらに、かなり後になって分かりましたことは、「スーパー・サトル」の本の最後にAppendix(付録)の項目があったことです。小さい文字で書かれ
ていますが、2冊の本に解説されたそれぞれの作品の出所等が簡単に書かれていました。「シカゴ・オープナー」の場合は、シカゴのIvanhoeで演じられたフランク・エバーハートのトリックと紹介されていました。また、「シカゴ・スタイル」はフランク・エバーハートのオープナーの他のバージョンであること。そして、Max Katzが単にそれを使っていたという理由だけで、時々、彼の作品とされていることがあると書かれていました。
なお、ジョン・ラッカーバーマーが「ミリオン・ダラー」の本に対するコメントを書かれていることが分かりました。それは、1972年の「ミリオン・ダラー」の本が発行されたすぐ後に書かれていたようです。しかし、これが広く公開されたのは、22年後の"Facsimile 2"(1994年発行)においてでした。その中で「シカゴ・オープナー」は、シカゴのフランク・エバーハートが、数年間このマジックを演じ続けられていること。そして、Max KatzはMUMにおいて「ダブル・サプライズ」のタイトルで発表していますが、同じカードが2枚になる見せ方ではなく、テーブルのカードが2回目に選ばれたカードに変化する現象であったと報告されています。また、アル・リーチの「ホット・カード」も同様な作品であり、マルローのオリジナルの「ホット・カード」はパズリング性の強いバージョンであることも記載されていました。 |
その後、海外の文献に造詣が深い田中貞光氏にお会いする機会があり、上記のことをお話ししましたところ、後日、マルローの資料を提供していただきました。ありがとうございました。それによりますと、「ホット・カード」の現象は、デック中央へ入れたカードが2回トップへ戻ります。3回目は中央で表向きにひっくり返り、それを裏向けても、もう一回表向きになります。「デックの中を通り抜けたので、熱を持ち、レッド・ホットになりました」と言って、表向きカードを裏向けると、青裏デックの中で、そのカードだけが赤裏に変化しているというものです。Jinx誌のアンネマンのマジックにアル・リーチのマジックを加えて考えられた作品と書かれていました。結局、裏の色が赤くなるという点が共通しているだけで、全く別のマジックといえそうです。そして、「レッド・ホット・ママ」の方が、これよりも楽に行えるだけでなく、効果も大きい作品と言ってもよさそうです。 |
それでは、いよいよ、アル・リーチの「レッド・ホット・ママ」について報告したいと思います。たぶん、このタイトルで最初に発表されたのは、1980年にPhil Willmarthにより書かれた「ジム・ライアン・クロースアップ Vol.2」と思われます。(Vol.4まで発行されています) この内容が、そのまま、MUM「ジム・ライアン特集号」の1981年11月号に再録されました。アル・リーチの長年の友人でありますジム・ライアンは、アル・リーチより教わったこのトリックを、カード・マジックのオープニングとして使っていたそうです。シンプルで、演出により笑いがおこり、クロースアップ・ショーをよりリラックスして演じるためには、最適のオープニング・トリックであると書かれています。 |
今回の調査過程で、数作品のバリエーションを読みましたが、そのほとんどが複雑な現象になっているか、むずかしいテクニックを使用する作品になっていました。または、セルフワーキングの原理を取り入れた作品もありましたが、たいして良い改案とは思えませんでした。結局、一般客に対しては、今回のダローとマイケル・アマーのDVDでの演技が、もっともおすすめと言ってもよいのではないかと思いました。 |