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コラム



第75回 インビジブルスレッド(ジャリ)の歴史と意外点(2016.7.15up)




はじめに

今年5月の米国のマジック誌 "Genii" を見て驚きました。江戸時代の奇術書「放下筌」(1764年)を特集していたからです。34ページにもわたる大きな特集となっていました。「放下筌」のマジックについては、私も前々回のコラムで品玉の術(茶碗と玉)のすばらしさを報告したところです。このGenii誌の表紙は放下筌の中のページから数枚が貼付けられたデザインになっています。しかし、それだけでなく、「放下筌」以外の本からも使われていました。その中にはヒョコのマジックの解説ページもありました。「放下筌」ではないのにわざわざそれを表紙に使ったのは、日本のマジックのイメージの一つに、ジャリを使ったものもあったからでしょうか。なお、日本ではインビジブルスレッドのことをジャリと呼ばれています。

1960年代ぐらいより化学繊維の細くて丈夫な糸がインビジブルスレッドとして使われるようになります。日本も同様で、日本と西洋の違いがなくなりました。しかし、それ以前の日本と西洋のジャリ使用マジックの歴史を調べますと興味深いことが分かります。西洋では少し離れると見えなくなる最も細い黒糸か髪の毛を使っています。視界に入れないようにして使うか、距離や照明で見えにくくして使っています。日本の場合は、くもの糸のように近くで見ても見えない特別製の細い糸を使っています。これを照明の関係で光って見えることがないように工夫したり、切らないようにする工夫がされています。日本が絹糸の製産と加工の国であったことと、繊細な扱いを得意とする国民性であったことも関係しているようです。

歴史を調べていて驚いたことがあります。英国でマジックが解説された最初の文献でもある1584年のレジナルド・スコットの本に、ジャリ使用のマジックが既に解説されていたことです。また、その数カ月前に発行されていたフランスの Prevost の本にも解説されていました。いずれも糸ではなく髪の毛が使われています。それを使ってコインや指輪を動かしていました。もう一つの驚きは、江戸から明治へ移り変わる時に、いち早く蝶のマジックが日本から飛び出し西洋で実演されていたことです。その後、西洋では一気に蝶のマジックがブームとなり、多くのマジシャンにも演じられていたことも驚きです。さらに、19世紀後半の英国の数冊のマジック書に、蝶のマジックが解説されるようになります。いずれもイラストがなく、2羽蝶のシンプルな方法の解説でした。その頃の日本においては、胡蝶のマジックは師匠からの口伝であったためか、本ではイラストを中心にした簡単なタネの解説だけでした。

そして、私がもっとも感激したことが、世界の中でも戦後の大阪が、ジャリ使用のマジックでは最高峰であったことです。その当時、大阪には優れたマジシャンがそろっていました。蝶のマジックでは帰天斎派の3代目帰天斎正一師と一陽斎派のジャグラー都一師、そして、ヒョコのマジックでは三井晃天坊師です。残念ながら、このことは世界のマジシャンやマニアには知られていないことです。その後、世界的に話題となるのが、1970年代のフレッド・カップスのダンシングコルクです。さらに、1980年代の客から借りた紙幣が空中に浮くジョン・ケネディーのフローティングビルが話題となり、マイケル・アマーが各所で実演され、世界的ブームとなりました。今回はこれらのことを重点的に報告させていただきます。

Genii誌の放下筌特集号の補足説明

この特集のために34ページにわたる記事を書かれたのはマックス・メイビンです。最初の数ページにこれまでの経過と江戸時代のマジック書の驚くべき出版状況や、鎖国中であったのにオランダと交易していたことにも触れられています。5ページにわたり品玉の術(茶碗と玉)、2ページが金輪の術(リンキングリング)、そして、それ以外の「放下筌」掲載の多数のマジックについても詳細に解説されています。「放下筌」3部作全てを英訳されたのは、米国のアマチュアマジシャンのDan Shererです。米国の大学で東アジアの言語と文化を専攻し、その後、東京大学での研究で来日されていました。マジックランドとの出会いが大きく影響して、「放下筌」英訳版もランドより2015年11月に発行されました。Genii誌では各マジックの解説だけでなく、マックス・メイビンとDan Sherer二人のコメントがその都度加えられた分かりやすい内容となっています。

ジャリの時代変化と現象の変化

現存する最初のマジック文献とも言われています2冊の本に、ジャリ使用のマジックが既に解説されていたことが驚きです。1584年の英国のレジナルド・スコットの本とフランスのPrevostの本です。いずれも女性の髪の毛が使われていました。簡単に手に入り、細くて丈夫であったからと思われます。しかし、使い方が限定されます。見えないようにする工夫が必要です。スコットの本では、グラスに入れたコインを飛び出させています。Prevostの本ではグラスの中の指輪がダンスします。テーブル上でピアノを弾くように指を動かして歌を歌うと、指輪がダンスするのですが、その点でフランスらしさが感じられます。薄暗い室内で、グラスを使うことにより、うまく髪の毛の存在を分からせないようにしています。1612年の英国のSa. Ridの "The Art of Jugling or Legerdemaine" にも、スコットと同様なマジックが解説されているようですが、1634年の "Hocus Pocus Junior" には解説がありません。その後、長い間、西洋のマジック文献にはジャリのマジックが登場していないようです。フランスの古典のマジック書として有名な1694年の Jacques Ozanam や1769年の Guyot の本にもジャリマジックがないようです。

やっと解説されるようになるのが1784年のフランスのHenri Decrempsの "La Magie Blanche Devoilee" です。3作品が解説されており、いずれも糸が使用されています。ダンシングエッグでは、客から借りた帽子に玉子を入れて、客から借りた杖の先を帽子に入れると、杖に玉子がくっつき、杖の上を移動します。ダンシングカードでは、デックの中に入れた客のカードが消失し、壁にそのカードが出現し移動します。ゴールデンヘッドでは、グラスに入れた黄金の頭が、質問に反応して動きます。これらに関しては、フランスの原文を読んだわけではなく、1914年のフランスの本をヒューガードが英訳した1945年発行の "Magic Without Apparatus" での記載を元にしています。この本にはフランスの古典のマジック書の内容の概要が書かれていました。また、1803年発行の英国の "The Conjuror's Repository" も参考にしました。この本の解説作品のほとんどが、上記のフランスのDecrempsの作品を英訳したものでした。

現段階での調査で意外であったのが、糸を使った方法の解説の最初が、海外ではなく日本の文献であったことです。1727年の「続ざんげ袋」では、糸の先に紙の蝶を付けて欄間に通してぶら下げています。また、1755年の「仙術夜半楽」では、糸を使って紙人形を踊らせています。Genii誌の表紙にも「仙術夜半楽」のこのページが使われていました。さらに、1800年代に入りますと、日本では「すが糸」が使われるようになり、日本の独自性が発揮されるようになります。ここでのすが糸とは、まゆからとれる1本だけを使うのではなく、強度を考慮して3本ほどを重ねて墨で染めたもののようです。 西洋でも19世紀中頃から細い黒の絹糸と書かれるようになりますが、すが糸ではなかったと考えられます。そのような糸を手に入れるのが困難であったと思えるからです。1859年のDick & Fitzgeraldによる米国版 "The Secret Out" にも、日本のヒョコに近い紙人形を踊らす方法が解説されます。また、1876年のモダンマジックや1877年のスライト・オブ・ハンドの本では、紙人形の水兵を踊らす方法が解説されます。そして、その頃にはこれらの本に胡蝶のマジックも解説されるようになります。

胡蝶のマジックの意外性

胡蝶のマジックは日本を代表するマジックです。しかし、19世紀後半の西洋でも蝶のマジックのブームとなっていたのが意外です。英国の文献においても、1876年の「モダンマジック」や1877年の「スライト・オブ・ハンド」、そして、1887年のフランスの本のホフマン教授による英訳版"Drawing-Room Conjuring" にも解説されています。2羽の蝶で解説されている点と、糸や馬の毛の一端を上着のボタンに付けている点が共通しています。ボタンに付けている点が西洋風アレンジといえそうです。また、蝶は糸の先に付けているようです。シンプルな現象ですので、失敗も少なかったのだと思います。これらの解説にはイラストがなく、それほど詳しく解説されていません。1910年のEllis StanyonのMagic誌 12月号と、1914年のWill Goldstonの "The Magician Monthly" 10月号のBlack Ishiiの解説により、割合と詳しく記載されるようになります。Stanyonの解説では、帽子の中へ蝶を入れて、あらかじめ糸の先に付けてあった蝶とすり替えて飛ばしています。Black Ishiiの解説は、松山光伸著「実証・日本の手品史」227ページに紹介されていますが、糸の外端をテーブルに付け、糸の中央に蝶を付けています。最後には蝶の下部で糸を切って、糸の先に蝶が付いた状態に変えています。この解説での写真の人物は松旭斎天左です。

蝶を使ったマジックの歴史を調べますと、最初の解説は中国の翻訳本の1696年の陳眉公の「神仙戯術」(馬場信武和訳)です。ただし、ここでの方法には糸が使われず、全く違った内容のマジックです。化学的な方法で多数の蝶が発生したように見せる現象です。次に登場するのが、1727年の環仲仙による「続ざんげ袋」の方法で、糸が使われていますが欄間に通して蝶をぶら下げて上下動するだけです。現代に近い方法は、1827年の知徳斎による「秘事百選」に解説されます。糸を髷と畳に止めて、その間に紙の蝶を付ける方法です。明治の初期に発行された「花の笑顔」や「妙術座敷手品」では、すが糸を使うことが書かれ、後者では、すが糸の先に蝶を付けることが解説されています。つまり、明治の初期には、すが糸を使うのが基本となり、蝶をすが糸の先に付ける方法と、中央あたりに付ける方法の二つが知られていたことになります。

1986年の山本慶一著「日本手品宝華集」によりますと、「胡蝶」の奇術が現在二つ伝えられているとのことです。一つが帰天斎の伝える「浮連の蝶」で、他の一つが一陽斎の伝える「胡蝶楽」です。帰天斎のものは「1本づり」といわれ、糸の一端に蝶を付ける方法です。一陽斎のものは、ジャリの両端が固定され、蝶は糸の中間に付けられ、ヒョコの流れをくむものと説明されています。さらに、それら以外に、両端固定の状態から、途中で蝶の下部の糸を切って演じる方法も知られています。糸の両端を固定させた場合、蝶の浮揚の安定感があり、失敗しにくい利点があります。しかし、いろいろと制約が生じます。それに比べ、蝶を糸の先に付けた場合は制約がなくなり、移動することも可能になります。問題は浮揚が不安定になることがあり、失敗する可能性が高くなることです。細心の注意と熟練を要します。帰天斎派では、蝶の形のバランスに細心の注意をはらうだけでなく、季節や湿度の変化も考慮に入れていたようです。最近では空調のことも考慮する必要がありたいへんです。大阪で3代目帰天斎師の指導を受けた数名の演技を何度か見たことがありますが、ことごとく失敗され演技を中断されていました。それほどに3代目帰天斎師の方法は難しいのだと思いました。

戦後の3人の名人

戦後で米国の統治下にあった日本で、進駐軍を慰問する日本のマジシャンにランク付けがなされていました。その中でトップランクであったのが大阪の3代目帰天斎正一です。毎回要望されるのが胡蝶のマジックばかりであったそうです。3代目帰天斎師は胡蝶のマジックしかされない人物かと思っていますと、戦前では胡蝶よりも他のマジックが中心であったようです。このことを知った時に、不思議でしかたありませんでした。アメリカといえば派手で明るいマジックが好きなイメージです。それが何故、地味な蝶のマジックを3代目帰天斎師にわざわざ演じさせたのかが分かりませんでした。日本を代表する伝統的なマジックであったことや、それを演じるマジシャンがほとんどいなかったことが関係しているようです。また、3代目帰天斎師の胡蝶の芸がすばらしかったのだと思います。

ところで、終戦前後の米国のマジックの文献を読んでいて奇妙に思ったことがあります。1943年のヒューガードによるマジック誌に蝶のマジックが解説されていました。蝶のマジックが解説されたのは数十年ぶりです。ところが、日本のジャリを使った方法とは全く違っていました。紙をちぎって多数の蝶を作り、それを水につけて、しぼって丸めて左手に握り、右手のうちわであおぐと、多数の乾いた蝶が舞い飛ぶ現象です。うちわに仕掛けがあります。このマジックが1945年発行の有名な「マイ・ベスト」の本に再録されます。私はこの作品を目にした時に「これが蝶のマジック?」と怪訝な思いになりました。その当時のスフィンクス誌の編集者のジョン・マルホランドも同様な思いになったのではないかと考えています。マルホランドは博識で親日家で天海師とも交流がありました。当時、ハワイにいた天海師に蝶のマジックの解説を依頼しています。1946年8月号のスフィンクス誌に "Cho Cho" のタイトルで掲載されます。シンプルな1羽の蝶だけの方法で、最後には多数の蝶となります。途中で水鉢に休憩させる演技が入ります。冒頭にはマルホランドからの要望で解説したことが報告されています。最近発行されたばかりの加藤英夫著「天海ダイアリー」のPDFで、この胡蝶の解説に使われたいくつかの天海師のイラストを見ることが出来ます。さらに面白いことには、1956年の "Hugard's Magic Monthly" 3月号で、ヒューガードが新たに彼の蝶のマジックを発表されていたことです。これを読みますと、天海師の方法を少し変えたとしか思えません。扇子の代わりにうちわを使ったり、数枚の紙を重ねて数匹の蝶をハサミで切り取り、うちわであおいで数匹が飛び立つ中で1匹だけを飛び続けさせている点が違っています。

天海師は1934年頃から35年の夏までのニューヨーク周辺の奇術生活で、奇術の創案と演出法の研究に励み、ニューヨークの著名な奇術家たちと親しくなったと「奇術五十年」に報告されています。マルホランドやアル・ベーカーとも交流しています。アル・ベーカーはジャリを使ったマジックを多数考案されていることでも有名です。そのような中で、何かの機会に日本の伝統的な胡蝶のマジックを天海師が演じられ、それをマルホランドが覚えていたのかもしれません。1946年の天海師の蝶の解説が、日本の伝統芸としての蝶の存在を、米国のマジシャンやマニアに再認識させるきっかけになったと考えられます。このことと、進駐軍が3代目帰天斎の胡蝶を尊重したこととの関係があれば面白いのですが、何とも言えません。

戦後の大阪では、一陽斎派のマジシャンとしてジャグラー都一師が有名でした。特にカードマニピュレーションは注目の的でした。そして、胡蝶を洋服で演じていたことでも知られています。1957年の奇術研究6号には2ページを使って22枚の写真で、胡蝶の演技が掲載されていますが、この時は和服でした。

ヒョコのマジックで有名な三井晃天坊師については、1976年の松旭斎天洋著「奇術と私」に詳しく紹介されています。糸の一端を口中に含んで、おしゃべりしながら糸をあやつる技術がすばらしかったそうです。紙を丸めて、ポイと置くと、ピョンピョン踊りだし、お椀に紙玉を投げ込んでもすぐに飛び出します。お椀に蓋をしても、蓋をはねのけて飛び出し、テーブル上をはね回ります。割箸2本を結んでX字型にしてテーブルに寝かすと、ムクムクと起き上がり、ヒョコヒョコと歩き出します。目の前で広げた扇子の上でいろいろなものをあやつったこともあるそうです。舞台でヒョコを演じたのは晃天坊だけであり、フレッド・カップスのダンシング・コルクは、ヒョコの初歩の動作にすぎないとも書かれていました。晃天坊師が舞台で演じられている貴重な写真が、1957年の奇術研究8号に掲載されています。横向いて大きな板を持ち、その上でヒョコを演じています。二つの紙人形が見えますので相撲をとらせているのかもしれません。

ジャグラー都一師は1960年に事故で死亡され、三井晃天坊師も同年に亡くなられています。3代目帰天斎正一師は1973年に亡くなられていますが、73年発行の奇術研究67号の掲載記事を読んで驚きました。3代目の晩年に指導を受けて、72年の10月に胡蝶を演じられた大喜多毎子師の写真と記事があったからです。帰天斎師だけでなく、この人物の演技も見たかったと思いました。長崎マジッククラブ会長であり、クラブの第1回発表会で演じられました。この時に、3代目帰天斎の後見をされていました正楽師が後見を務め、お二人の呼吸がピッタリで、当日の圧巻として全観衆を魅了したと報告されていました。この大喜多毎子師こそ、実力の上で初代松旭斎天勝から2代目として襲名を受けていた人物です。天勝の姪でもある正天勝(絹子)師に2代目をゆずるため、襲名を固辞して奇術界から引退した小天勝(松子)師であったわけです。その後は日本舞踊銀扇会会長に就任し花柳寿山として活躍され、マジックにおいては長崎マジッククラブの会長もされていました。

20世紀のインビジブルスレッドマジック

米国で大きな発展をとげたのが、オキトのフローティングボールやブラックストーンのダンシングシルクです。また、ダンシングケーンもポピュラーなマジックの一つとなりました。これらはステージマジックで、距離と照明が大きく関係しています。ここでは、もっと身近なクロースアップの現象を中心に報告します。

まず、大きな影響を与えたのはアル・ベーカーです。1941年の "Magical Ways and Means" と1951年の "Pet Secrets" に多数のジャリを使った作品が解説されています。特に手の上のデックが自動的に動いて客のカードを取り出す作品や、帽子にデックを入れると客のカードが帽子のふちを這い上がってくる作品も有名です。アル・ベーカーの場合、2冊の本の全てが毛髪を使うことを基本にしています。しかし、2冊の本を比べますと面白いことに気がつきます。41年の本は毛髪しか書かれていませんが、戦後の51年の本では、毛髪の代用品についても書き加えられていました。一つが外科で使用する縫合用の絹糸です。次にナイロン糸のことが書かれていますが、この使用に関しては消極的です。この頃は強度や細さに問題があったのかもしれません。1956年のヒューガードの蝶の解説ではナイロン糸が使われていますので、この頃にはかなり改善されていたと考えられます。 その後、大きな話題となるのが、1970年代のフレッド・カップスのダンシングコルクです。これは英国のケンブルック社から販売されましたが、カップスの演技がすばらしすぎて、購入者は多くても、演じる人がほとんどいなかったのではないかと思います。1978年の米国のマジック大会に参加時に、あるディーラーがフローティングキューブを実演販売していました。銀色したダイス型のキューブが回転しながら浮遊していました。これには広口ビンとリングも併用していました。1980年代に入って、マニアをまきこむ大きなブームとなるのが、ジョン・ケネディーのフローティングビルです。マイケル・アマーが演じて世界的に有名になりました。日本では1980年にマイケル・アマーが実演とレクチャーを行い、日本でもブームになり、多くのマニアが演じていました。

1990年には、来日されたケビン・ジェームスがバラの浮揚を演じて大きな話題となりました。さらに、1990年代初めにはスティーブ・フィアソンが、独特なシガレットの浮遊を演じ、マニアの注目の的となります。日本では、それを元にして、ウルトラマンの小さな人形を使った藤井明氏の演技も話題となりました。可愛いウルトラマンが、テーブル上で演者の命令どおりの動きをしたり、最後には空中を飛び回るのには驚かされました。そして、James B. Georgeによりインビジブルスレッド・リールが発売され、それが次々と小型化されます。また、伸縮性のあるスレッドやループ状のスレッドも登場しています。

おわりに

今回は化学繊維が登場する以前のインビジブルスレッド(ジャリ)の話を中心としました。西洋ではコインや指輪のような少し重さのあるものを動かし、グラスの縁でこすれても切れない女性の長い毛髪がよかったわけです。このようなマジックとしてライジングカードがありますが、今回は全く触れませんでした。16世紀には既に考案されていたことが報告されていますが、どのようなものであったのかが分かりません。ジャリを使っていたのであれば、やはり毛髪が使われていたと考えられます。しかし、初期の頃のことについては分からない点がいろいろとあり除外しました。20世紀に入ってからは、ジャリによりいろいろなものを動かしていますが、それらについては触れませんでした。日本では紙で作られた軽いものを生き物に見立てて動かしています。空中に浮くものは蝶や蜘蛛であり、その他のものはジャンプする以外は地上をヒョコヒョコと動きます。命を与えられたようなヒョコヒョコとした動きは、舌の動きが重要であったようですが詳しいことが分かりません。

フレッド・カップスのダンシングコルクやジョン・ケネディーのフローテングビルは、両端を固定したジャリの中央に付ける方法です。それに対してフローティングカード(ブーメランカード)やフローティングキューブはジャリの先に付ける方法です。これらのことは、日本の胡蝶のマジックに二つの方法があることと比べて考えますと面白くなります。最近の進化した使い方や現象には興味深いものがありますが、古典にも面白い使い方や考え方があり、研究する必要性を感じています。今回は歴史を中心にして、私が興味を持った意外点を取り上げました。インビジブルスレッド(ジャリ)に関しては調べることの範囲が広く、機会があれば次回には別の要素でまとめて報告したいと思います。最後に参考文献に関してですが、インビジブルスレッドと胡蝶とは分けて掲載しました。また、19世紀までに解説された文献は可能なかぎり掲載しましたが、20世紀以降は文献数が多くなりますので、今回のために参考にした文献だけとさせていただきました。


■インビジブルスレッド参考文献

1584 Reginald Scot The Discoverie of Wiechcraft
     ポットに入れたコインが飛び出し動く 女性の長い黒髪
1584 J. Prevost Clever and Pleasant Inventions 女性の毛髪
     歌ってテーブル上を両指で叩くとグラス内の指輪が踊る
1729頃 珍曲たはふれ草
      はな紙にて人形を作り踊らす事 長い毛髪
1755 仙術夜半楽 紙人形をのれとおどる
     紙人形を畳の上で踊らせる 糸の使用
1784 Henri Decremps La Magie Blanche Devoilee
     Dancing Egg 玉子が杖にくっつき移動する thread
     Dancing Card 客のカードが壁に現れ移動する thread
     Golden Head グラスの中の黄金の頭が質問に反応 thread
1803 The Conjuror's Repository
     上記のDancing Egg, Dancing Card, Golden Headの英訳
1804~1817 手妻秘密の奥義
     はな紙をまるめて蜘蛛に見立てて操る方法 すが糸
1827 智徳斎 施本秘事百撰
     縛った2本の箸をおどらせる 墨でそめたしけ糸(絹糸)
1847 座敷遊手しなの種本
     1755年の珍術夜半楽の方法を要約して書きついだ本
1849 十方舎一九 手妻早伝授 白箸をおどらせる伝
     1827年の施本秘事百撰の方法を記載
1857 Dick & Fitzgerald The Magician's Own Book
     The Magnetized Cane 両膝間の杖のダンス
      黒い絹糸または馬の毛 
1859 Dick & Fitzgerald The Secret Out
     Dancing Egg 長い毛髪
     Dancing Quarter グラスの中のコインを動かす 黒糸
     紙の人形を動かす ヒョコに近い 約2メートルの絹糸
1850~1860年代(江戸末期) 座敷なくさミ
     蜘蛛、蝶々、箸、盃、蛇、かんざし、扇子など すが糸
1876 Hoffmann Modern Magic
     The Dancing Sailor fine black silk thread
1877 Edwin T. Sachs Sleight of Hand
     The Ascending Card fine black silk
     The Dancing Sailor fine silk thread 約3ページの解説
1881 長谷川忠兵衛編集 西洋てじな前編
     扇をかざし、蜘蛛が登る
1881 永島福太郎 新撰西洋手品の種本 ふしぎのあやつり
     小鳥がヒョコヒョコ動く(小鳥の餌ひろい) 毛の使用
1886 Henri Garenne The Art of Modern Conjuring
     The Dancing Sailor thread
     The Enchanted Dancing Skeleton thread
1887 Hoffman英訳 Drawing-Room Conjuring
     The Rising Cards a very fine black silk thread or a hair
     The Intelligent Coin black silk thread
     The Dancing Dolls fine black silk thread
1916 戸田彦之進 座敷一流活動手品
     紙人形と糸と針と説明書がセット 街頭販売
1941 Al Baker Magical Ways and Means 全て毛髪の使用
     The WAlking and Jumping Card 帽子の中のデックから客のカード
     The Knife Dial 半円形にスプレッドしたカードとナイフ
     The Rising Coin 水入りグラスの中のコインが上昇し外へ
     The Erectile Dollar Bill 細長く半分に折った紙幣が立ち上がる
1951 Al Baker Pet Secrets Hair Magic
     The Deck That Cuts Itself デックが自動的にカットしてカード当て
     The Balancing Card 演者の手の上でカードが起き上がる
     その他多数
1959 山本慶一 奇術研究16号 ヒョコ
1970 平岩白風 図説日本の手品 「ひょこ」の奇妙な効果
1971 Fred Kaps The Dancing and Floating Cork Ken Brookeより発売
1973 Ralf Wichmann - Braco Floating Routines for Table and Stage
     フローティングコルクやシガレット、その他多数の手順
1976 松旭斎天洋 奇術と私 三井晃天坊とヒョコについて
1981 泡坂妻夫 トリック交響曲 ジャリ
1985 高木重朗 魔法の心理学 銀座の夜店で見た不思議
1990 山本慶一 A Joint Collection of Works 浮かれの蝶とヒョコ
1990 松田道弘 クロースアップマジック事典 ジャリの効用
1990 ゆうむはじめ Mrマリック超魔術の嘘 糸とサイコキネシス
1990 ゆうむはじめ Mrマリック超魔術の嘘、実践編 糸をあやつる
1993 中村弘 マジックは科学 パンストだってタネになる

■胡蝶のマジック参考文献

1696 神仙戯術 陳眉公 紙胡蝶飛
     ジャリは使用せず 化学手品 蝶を飛ばす記載の最初
1727 続ざんげ袋上・下 環仲仙
     糸の使用 欄間に通す 糸の先に紙の蝶
1755 仙術夜半楽 幾條
     扇としゅろを使用 しゅろの先に紙の蝶
1827 秘事百選 知徳斎
     糸のまん中に紙の蝶を付けて扇であおぐ 髷と畳に止める
明治初年 花の笑顔 すが糸を黒く染めて使用
明治初期 妙術座敷手品 すが糸三尺の先に蝶
明治前期 柳川種調之伝 紙のてうをつかふでん すが糸 両端を止めて中央に蝶
1876 Hoffmann Modern Magic The Butterfly Trick
1877 Edwin T. Sachs Sleight of Hand The Butterfly Trick
1887 Hoffmann英訳 Drawing-Room Conjuring The Japanese Butterflies
1886 西洋科学伝授物 中 安江文五郎 茶碗のふち蝶々あるかす伝
1910 Ellis Stanyon Stanyon's Magic 12月号 The Japanese Butterflies Trick 
1914 Black Ishii Will Goldston's The Magician Monthly 10月号
     Japanese Butterflies Trick
1943 Hugard Hugard's Magic Monthly 8月号 Hugard's Butterflies
     糸を使用せず うちわから多数の紙の蝶
1945 J. G. Thompson, Jr My Best  上記のHugardの方法の再録
1946 天海 The Sphinx Cho Cho finest black silk thread
1956 Hugard Hugard's Magic Monthly 3月号 The Japanese Butterflies
     ナイロン製の糸を使用
     1961 トップマジック 24 日本語解説
     1977 奇術研究 80 日本語解説
1957 ジャグラー都一 奇術研究6号 和妻胡蝶の舞楽 22の写真
1960 山本慶一 奇術研究17号 胡蝶の舞
1981 樋口保美 めくらます手品の世界 帰天斎の和妻 浮かれの蝶
1982 T. A. M. C. 創立50周年記念 結婚式のマジック 浮かれ胡蝶
1986 山本慶一 日本手品宝華集 胡蝶(沿革と胡蝶楽)
1990 山本慶一 A Joint Collection of Works 浮かれの蝶とヒョコ
1995 平岩白風 ワン・ツー・スリー8号 「紙蝶の曲」の手品考
1996 北見マキ ワン・ツー・スリー12号 和妻胡蝶の舞
1996 北見マキ ワン・ツー・スリー13号 伝承芸胡蝶の舞
2010 松山光伸 実証・日本の手品史
     開国前に伝えられた「バタフライ・トリック」 P. 10
     海外使節をもてなした手品 P.26
     蝶の曲(Butterfly Trick) P.227


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