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コラム



第73回 カップアンドボールとお椀と玉の歴史の意外点(2016.3.11up)




はじめに

カップアンドボールは最も古いマジックの一つです。古代エジプトの壁画のカップアンドボールを演じているイラストがよく知られています。ところが、この壁画が現在ではカップアンドボールを演じているものではないとの否定的な意見が中心になっています。また、英語の文献で現存する最も古いマジックを解説したものに1584年のレジナルド・スコットの本があり、この中には既にカップアンドボールの解説がされています。しかし、現在のようなカップが使われていなかったことはほとんど知られていません。ロウソク立て(燭台)の底の窪みを使ったもので、カップのように重ねることが出来ません。もちろん、その頃のヨーロッパの絵画では、現在のようなカップやボールが描かれていました。何故このような違いが生じたのでしょうか。現在のようなカップを使いイラスト入りで解説されたのが1634年の英国のホーカス・ポーカス・ジュニアです。残念ながら英国は、その後、250年近く新たな進展がありません。その期間にはフランスからマジックの重要な文献が次々と発表されることになります。19世紀後半には、フランスの文献から次々と英訳して英国のマジック書に掲載されるようになります。米国はもっとひどい状態です。1930年代中頃まで、ほとんどカップアンドボールが演じられていなかったからです。そのような世界状況で日本のお椀と玉の歴史を振り返りますと、そのすばらしさが分かります。1764年の放下筌には既に発表されており、その中で解説されていた発想が世界的にも誇れる驚くべきものが含まれていました。残念ながらそれらのほとんどが明治以降のお椀と玉に伝わっていません。日本が世界に誇れるクロースアップと言えばお椀と玉であるのに、現在の多くのマニアには興味を持たれていません。カップアンドボールとお椀と玉の歴史を調べますと意外なことが次々と分かってきます。その代表的なことを中心に報告します。

米国の意外なカップアンドボールの状況

米国では1930年代中頃までカップアンドボールの人気がなく、演じているマジシャンがほとんどいなかったようです。1915年にバーノンがカナダからニューヨークへ来た時に、ニューヨークでは多くのマジシャンがいるのに、カップアンドボールを演じていたのはポップ・クレーガ一だけであったようです。バーノンによれば、そのころはサーバントが主流の時代で、持ち運びがたいへんな上に、横からの角度には弱かったことをあげていました。マリーニがポケットを使用しているのをバーノンが見て、バーノンもポケットを採用するようになったと報告しています。マリーニは米国での活動よりも世界中を巡っていたマジシャンです。また、天海師は1924年に米国に渡りましたが、1930年代中頃までカップアンドボールを演じているマジシャンを観たことがなかったと報告されています。ボードビル劇場には向いていなかったためと考えられます。1920年から1933年までの禁酒法も大いに関係しているようです。バーやナイトクラブがありませんでした。30年代後半にはボードビル劇場がなくなりナイトクラブが増えてきます。それにより、カップアンドボールを演じるマジシャンも増えてきたようです。バーノンの場合、本職は人物の横顔の影絵切り(シルエットカッター)であり、1920年代中頃に、マジックのすばらしさでスカウトされ、会員制のような高級な集まりでのクロースアップマジシャンとして活躍します。そのために、カップアンドボールを演じる機会も多かったと思われます。このようなことは非常にまれで、バーノンは特別な存在であったといえます。

米国のマジック書でカップアンドボールが解説されたのは、1859年の米国版シークレットアウトの本が最初で、フランスのGuyot(1769年)とDecremp(1788年)の方法を英訳して解説しているようでした。米国ではシークレットアウトの後、1927年から発行された通信講座のターベルシステムまでカップアンドボールの解説を見つけることが出来ませんでした。米国のマジック書で有名な1909年のアートオブマジックの本では、四つの小皿と四つの紙玉を使ったマジックしか解説されていませんでした。ターベルの方法はシンプルにまとまっていて悪くはないのですが、紙カップを使ったりスポンジの玉を使ったりして、プロも使える本格的なものとは言えませんでした。1929年にはブラックストーンのシークレットオブマジックや、1931年にはIrelandの "Writes a book" にも解説されますが、簡易な内容であったといえます。それに比べますと、1930年代中頃より大きく状況が変わってきます。1937年のJinx誌では8月から1年間もカップアンドボールの連載がされています。この内容は、1912年の英国のMAGIC誌で数回にわたって連載されていたものの再録です。そして、その連載の最後にはDr. Daleyのカップアンドボールが解説されていました。その後は、米国のマジック書から、次々とカップアンドボールの解説が発表されることになります。

ダイ・バーノンのカップアンドボールのすばらしさと批判点

20世紀を代表するカップアンドボールといえばバーノンの方法です。残念なことは、マニアにはあまりにも知られすぎ、マニア相手には通用しないマジックとなりました。しかし、一般客相手には、これほどよく考えられた手順がありません。バーノンの方法でよく聞く批判点が、フレンチドロップの種明しの部分です。また、ウォンドスピンによるボールの消失も不用との意見があります。さらに、最初のカップがカップを貫通することや、ウォンドで計測すると、カップの外側よりも内側が深いことを示すギャグ的なことも不用との意見もあります。天海ノートには興味深い記載があります。1954年に療養のためにロサンゼルスへ戻った天海師ですが、その後、バーノンがロスを訪れました。チャーリー・ミラーやジェラルド・コスキーを含めたマジシャンの集まりで、バーノンのカップアンドボールの不満点を出し合ったようです。そして、私ならこうするといった意見を出して、まとめられた一つの方法が天海メモに解説されていました。上記の三つの批判点が全て省かれています。その方法を読みますと、悪くはないのですが平凡で、かえって悪くなっている部分もありました。

バーノンは批判されていた部分があることを知った上でもそのまま続けていました。1982年に発行されたバーノンのビデオの第5巻にカップアンドボールが解説されています。それぞれの部分の解説で、何故それを必要としたのかも報告されています。バーノンの場合は、すぐに客の手がのびてくる状況で演じることが多かったようです。あやしげなカップのままで始めるよりも、客に触らせたり調べさせつつカップのギャグ的現象を見せています。ボールの消失も3回続けて同じ方法を使うことを避けたかったようです。サイレント・モーラが使っていたウォンドスピンによるボールの消失が不思議であり、バーノンも気に入り、好んで使っていたわけです。バーノンがフラリッシュを使わない方がよいと言ったのは、特定の場合のことだといえます。いかさまギャンブルも研究されていましたが、ギャンブルを行う時はカードテクニックのエキスパートではないように見せていたでしょう。また、バーノンはメンタルマジックも演じますが、それに重点をおいている場合には、フラリッシュやテクニカルなこともしなかったと思います。しかし、バーノンは客を不思議がらせるだけでなく、楽しませることも重視しています。より以上の不思議さを提供するためには、フラリッシュ的なことや種明し的なことも必要であれば行っていたわけです。ウォンドスピンは単なる見せびらかしのフラリッシュではありません。ビジュアルなウォンドの動きで落下するボールの動きがカバーされています。あり得ないボールの消失となります。また、いつの間にかカップに大きな品物を入れるためには、強力なミスディレクションが必要となります。一つ目はカラのはずのカップの下からボールが前方へ転がり出るので、強いミスディレクションになります。しかし、同じことをしても2回目は弱くなります。そこで、種明しをして、客に注意力の油断を生じさせています。バーノンはフレンチドロップやパームの種明しをしているのではなく、単にボールを左手に取ったように見せているだけとビデオでは話しています。さらに、バーノンは一つのルールに縛られすぎてはいけない。ルールは破られるためにあるとの意外な発言もしています。より大きな不思議さを見せるためには、場合によってはルールを破ることも必要なようです。なお、三つ目のカップへのロードは、カップの下から三つのボールが転がる出るので強力なミスディレクションになっています。

江戸時代のお椀と玉の意外性

日本では江戸時代の1764年に、既にしな玉として解説されていたことが驚きです。しかも、その内容のすばらしさに圧倒されました。世界的にも誇れるアイデアの宝庫です。平瀬輔世により1764年に放下筌、1779年の天狗通にも解説が加えられています。江戸時代に解説されたのは、この2冊だけです。意外であったのは、これがそのまま明治以降も伝わって現在のものになっていると思っていたのですが、全く伝わっていなかったことが分かり驚くばかりです。まず、お椀ではなく茶碗が使われていたことが最初の驚きです。現在ではお椀と玉と言われるぐらいですので、江戸時代からお椀が使われていると思い込んでいました。また、その解説の中では、現在のように3個の茶碗が使われていなかったことも意外でした。1個だけを使う現象で始まり、その後は4個使った方法で続けられています。全体の現象がダイナミックで変化に富んでおり、何がすばらしいのかを最初から順を追って報告します。

最初は1個の玉に一つの茶碗をかぶせて、伏せた茶碗の底よりその玉を抜き取る現象です。カップアンドボールでは考えられないバックピンチが使われていました。柔らかい日本独自の玉であるからこそ出来たことです。そして、お椀を持ち上げると、色が違う黒色の玉が出現します。これは右手にフィンガーパームしていた玉で、お椀をかぶせる時に、この玉をお椀の下へ残しつつ、別の玉をバックピンチしていたわけです。黒玉が出現した驚きのミスディレクションを利用して、左手は大小多数の玉をパームしています。右手に持ち上げた茶碗を左手に渡し、多数の玉を茶碗の下へ加えつつ茶碗を置いています。この次に行われる黒玉を右手から左手に取ったように見せる方法も興味深い技法が使われています。扇子の中央を右手に握った状態で、右人差し指と中指を伸ばして玉を挟み、左手に握り取ったように見せています。注目すべき点は、この操作の時に右手の扇子を大きく変化させて持ちかえていたことです。イラストによると、親指側から突き出していた扇の部分を右手に握り込み、扇の軸の部分が人差し指の先から突き出された状態で、左拳を指し示している状態に変化させています。これをスムーズに行うと、右手には何も持っていない印象を与えることが出来ます。そして、茶碗を持ち上げると多数の玉が出てきます。

この次からはチョップカップ的な扱いに続けられています。多数の玉が現れたミスディレクションを利用して、右手にパームされた黒玉を秘かに茶碗に入れて、底に付けてあったノリかビン付け油にくっつけています。この茶碗は伏せた状態で持ち上げても何もなく、強く叩き付けるように置くと玉が落ちる仕組みです。この後、茶碗の下に黒玉が増える現象が行われます。さらに、茶碗を変えて、松茸を消失させ茶碗の下から現す現象に続けています。これもチョップカップ的な方法が使われていました。紙で偽物の松茸の作り方が解説されていますが、松茸の消し方が記載されていないのが残念です。ところで、チョップカップは20世紀に入ってから磁石を使った方法で有名になります。それ以前で解説されていたのは、1694年のフランスのOzanamの文献ぐらいです。これにはワックスが使われていました。その後、20世紀まで海外の文献では見つけることが出来ませんでした。そういった意味では、日本の解説が貴重な存在となります。この後、四つの茶碗を並べて一つずつ玉を入れて茶碗を伏せると、左端の茶碗に四つが集まる現象です。クライマックスでは、もう一度同様なことを行うと、四つとも玉が消失して、横に置いてあったカラであることを見せたザルに子犬に変化させて出現させています。このような大胆なクライマックスは、どこから伝わったのでしょうか。海外の文献では見つけることが出来ませんでした。なお、天狗通の解説では、放下筌と同じ著者である関係で、放下筌の技法解説に追加するような内容でした。

明治時代のお椀と玉の意外性

明治時代には多数のマジック書が発行されましたが、お椀と玉の解説はないと思っていました。ところが、2015年6月にネット上で河合勝氏による日本奇術博物館(Japan Magic Museum)で、二つのお椀と玉の文献を紹介されていました。現在のお椀と玉の移行期となる貴重な文献です。1冊目は1891年発行の市原卯吉著「改良手術 壽四季品玉」です。やはり茶碗が使われています。第1段では三つの茶碗で中央に玉が集まります。第2段では四つの茶碗が使われ、左手に握って消失させた玉が、伏せたそれぞれの茶碗の下より現れます。第3段は一つの茶碗が使われ、茶碗の下に一つずつ増えて現れます。2冊目の本は1895年発行の吉川弥三郎著「ざしき手しな四季のしな玉」です。これも茶碗が使われていますが、最初から最後まで三つの茶碗です。驚くべき記載が「茶碗返し」が解説されていたことです。さらに、8段まで手順があるのですが、現在よく知られています一陽斎派のお椀と玉の手順によく似ていることも驚きです。玉を左手に握ったように見せて、右手の中指と薬指の分岐部にパームする方法が解説されているのですが、これはホフマン著「モダンマジック」のカップアンドボールのパームの第1番目の方法と同じと言えます。モダンマジックは1976年発行で、日本には部分的に翻訳されて内容が伝わっていました。しかし、カップアンドボールの翻訳は、1902年の魔法博士述「魔術」の本だけでした。しかし、それ以前でも、その内容については伝わっていた可能性が考えられます。いずれにしても意外であったのは、明治ではまだ茶碗が使われていたことです。お椀が使われるようになるのは明治の終わり頃でしょうか。 明治時代の文献は2冊だけと書きましたが、平岩白風氏のいくつかの文献には、1905年の松井昇陽著「改良奇術」に「茶碗の品玉」が解説されていると報告されています。しかし、その本を調べてもそのような記載がありませんでした。1970年発行の平岩白風著「図説・日本の手品」の最後に手品文献が報告されていますが、その中で、「改良手術、寿四季品玉」に茶碗の品玉の詳述ありと書かれています。そうであるのに、本文ではこの本のことが紹介されずに「改良奇術」の本のことを書かれたのは、タイトルがよく似ていたので間違ったのではないかと思いました。

お椀返しの意外性

現在ではお椀と玉といえば、お椀返しの印象が強く残ります。一陽斎派のお椀と玉では、7段まである中で第5段までは毎回最初にお椀返しで三つのお椀をあらためています。それ以外にも、部分的にお椀返しが行われています。以前の私のお椀と玉の印象は、玉の不思議な現象のマジックを観た印象より、お椀返しの振り付けを観た印象の方が強く残りました。もちろん、お椀返しがなければ日本的なお椀と玉の良さが減少します。それでも、もっとお椀返しを減らした方がよいと思いました。このお椀返しが江戸時代には解説されていなかったことが意外でした。そして、1895年の上記の本に茶碗返しとして登場していることにも驚きました。1986年に一陽斎派の方法を解説された山本慶一著「日本手品宝華集」では、椀がえしで客に中をよく見せることが必要と書かれています。しかし、高木重朗氏や北見マキ氏のお椀返しは下向きに返して中を見せないようにしています。パームしている玉が見えることがないようにするためでしょうか。または、お椀の中に手が入っている印象をすくなくするためや、操作をスピーディーにするためであったのか、いろいろと考えてしまいます。

お椀と玉の特性

茶碗が江戸時代や明治に使われていましたが、明治の終わり頃からお椀に変えられた可能性が考えられます。お椀を使うことの利点は何でしょうか。漆器のお椀は日本的であり、高級感を持たせることが出来ます。英語では小文字のjapanは漆器を意味しています。そして、お椀であれば重ねることが出来ます。茶碗でも重ねることが出来ますが、扱い方に注意をしないと割ってしまう恐れがあります。中国の茶碗と玉の解説を数作品読みましたが、その中では重ねる操作がありませんでした。江戸時代の茶碗の場合も重ねていませんでした。もちろん、ヒンズーカップも重ねることが出来ません。それに比べ、カップアンドボールは重ねることを利用して各種の現象を起こしています。明治時代には中国からの影響があったでしょうが、西洋のカップアンドボールの影響の方が大きかったと考えられます。カップアンドボールでは伏せたカップの上へボールを置き、他のカップを重ねると下へ貫通する現象がよく知られています。しかし、面白いことに、お椀と玉では二つのお椀を重ねると、下側のお椀の下にあった玉がそのお椀の底の上へ上昇しています。つまり、移動方向が逆になっています。さらに興味深いことが、中国の茶碗と玉のほとんどが二つの茶碗を使っているのに対し、カップアンドボールでは三つのカップが使われていることです。お椀と玉も三つのお椀が使われるようになっています。

玉にも特徴があります。転がるような丸い玉ではありません。ボールとコインの中間のような小さなお手玉で、布で縫われています。転がらないので、台を前方へ傾斜させ、見えやすくすることが出来ます。また、バックピンチが出来ますし、重ねた状態でのパームも可能です。三つを重ねてパームしたままでお椀返しが行われています。問題はお椀の下から三つの玉が現れた場合に、個数が分かりにくいことです。扇子ですばやく三つに分離して、三つであることを示す必要があります。そして、扇子も高級感のある日本的な扇子が使われています。扇子の利点は、扇子に一つの玉を隠しておいて、後でそれを取り出して使えることです。また、放下筌では最後に扇子を広げてあおぐことにより、四つの茶碗からザルの方へ移す現象の表現に使われています。

新しいお椀と玉に向けて

現在、いくつかのお椀と玉がありますが、その代表的なものが一陽斎派の方法です。1986年発行の山本慶一著「日本手品宝華集」に詳しく解説されています。それ以外の本でも、それを簡略化したり少し変えた方法が掲載されています。一陽斎派の方法だけでなく、伝承されてきた方法は日本の伝承芸として残す重要性を感じています。しかし、もっと斬新なお椀と玉があってもよいのではないかと思っています。日本の若いマニアにも受け入れられ、海外のコンテストでも使えるものがあってもよいのではないかと考えています。山本慶一著の一陽斎のお椀と玉には、伏せたお椀の底の部分(糸底)を持って投げ上げて、半回転させ、両手や片手で上向きに受けとめる方法が解説されています。この方法の記載が他の文献ではほとんど書かれていません。フラリッシュ的なことを嫌ったためでしょうか。もっと派手に1回転半させて受けとめてもよいのではと私は考えています。また、お椀返しを減らして、違ったビジュアルな扱い方を研究して、見た目も楽しいお椀と玉があってもよいのではないかと思っています。意味のない単なる見せびらかしだけのフラリッシュが多くなるのも問題を感じます。しかし、何かを取ってくるためのミスディレクションとしてや、玉をパームしていると思わせないためのフラリッシュも含めるのであれば、価値のあるフラリッシュとなります。扇子を利用した玉の消失も考えるべきです。江戸時代の放下筌にあったものが、現代では使われていません。バーノンが使っているウォンドスピンは、本来、サイレント・モーラが扇子を使って演じていたものでした。これを改良した方法を考えるのも一つの方法でしょう。放下筌のザルを使った派手なクライマックスがなくなったのも残念です。違った形で利用出来ないのでしょうか。カップアンドボールの特徴の一つが、常にカップの外から手でつかんでいることです。お椀と玉の場合は、お椀の中に指を入れている印象が残ります。お椀返しでお椀の内側をあらためることを繰り返しますと、よりいっそうその印象が残ります。お椀の外からつかむだけで演じたり、実際には指を中に入れていても、その印象を与えない方法で演じることを考えてみるのも面白いかもしれません。素材が日本的であり、日本を代表するお椀と玉を、もっと現在的にアレンジして、世界へ発信するのもすばらしいことだと考えています。

古代エジプトの壁画の問題点

エジプトの壁画にはカップだけのイラストで、ボールの描写がありませんでした。二人の人物が2個のカップを触っているイラストの下方に、さらに2個のカップのイラストが描かれています。結局、何をしているのか分からないイラストです。マジシャンならこの時代よりカップアンドボールが演じられていたと考えたくなる気持ちは分かります。しかし、重要なボールが描かれていないのでは、カップアンドボールと確定出来ません。そうであるのに、この壁画をカップアンドボールを演じているものとして、大々的に取り上げてしまったのがミルボーン・クリストファーです。彼の1962年のマジックの歴史書「パノラマ・オブ・マジック」の歴史解説の冒頭で、余白をたっぷりとってこのイラストを登場させているために強い印象を与えています。この本はA4サイズで大きな写真やイラストが豊富です。しかも値段が安く、内容も分かりやすいので人気が高く、何度も再版されマジック界に大きな影響を与えています。今でも定価が30ドル以下であり、古本ではかなり安く手に入ります。日本でも梅田晴夫氏がこの本を日本語訳され、1975年には「世界の魔術」、1979年には「魔術」として発行されています。しかし、原著の方がイラストが豊富で、この本の内容をチェックしますと面白いことが分かります。カップアンドボールが登場する絵画数を数えますと22もありました。この絵画が登場するのは19世紀後半までのことで、それまではマジックと言えばカップアンドボールの印象が大きかったことが考えられます。重要なことは、エジプトの壁画以外のほぼ全てにボールが描かれていたことです。カップアンドボールはカップが主役ではありません。両者がそろっていることにより成り立っているか、ボールの方が主役との考えもあります。大きいボールから小さいボールまでありますが、小さい場合には分かりにくい絵もありました。しかし、よく見ますとカップの横にボールが描かれていました。ボールの扱いの技法がメインで、ボールのマジックの項目で解説されていることがあります。エジプトの壁画は図案化されたような絵です。カップアンドボールであればボールが描かれていないはずがありません。ボールの絵がないのに、カップアンドボールとすること自体に問題があったわけです。

マジック書でエジプトの壁画を取り上げたのは、1924年の英国のマジックウォンド誌が最初のようです。この年からSidney Clarkeによるマジックの歴史の連載が開始されますが、その最初に登場しています。ところで、これをカップアンドボールとするのは問題があると記載されたのは、1948年の Victor Farelli 著 "Victor Farelli's John Ramsay's Routine with Cups and Balls" です。この Farelli の本からの引用が、1960年の奇術研究17号の伊藤邦夫氏による「カップ・アンド・ボールの歴史」に報告されています。1992年のJames Randi著のマジック歴史書 "Conjuring" にも、カップアンドボールではないと否定されています。1997年のMAGIC誌3月号にもエジプトの壁画に関して4ページの記載がありますが、その中でこの問題も指摘されています。今日では何かのゲームではないかとの説が有力です。または、陶器の制作かパンを作っているとの考えもあります。

カップアンドボールの時代的変化と意外性

古代ギリシャの記録には、皿と小石を使った現象が報告されています。いつ頃からカップが使われるようになったのでしょうか。ドイツのKurt Volkmannの本が1956年に英訳されて発行されていますが、その中で15世紀から16世紀のヨーロッパでカップアンドボールが演じられている絵画が15ほど紹介されています。この頃には既にカップが使われていますが、三つだけでなく二つだけの絵も数点ありました。ほとんどが立って演じられ、数個のボールと1本のウォンドも描かれています。さらに、gibeciereといって演者の腹部の少し横に取り付けられた口が大きい入れ物も描かれていました。ところが、1584年にカップアンドボールが初めて解説された英国のレジナルド・スコットの本ではかなり違っていました。カップが使われず、ロウソク立ての底の窪みを使っていました。それ以外を使う場合には、鉢(お椀状の容器)か塩入れ、または塩入れの蓋をあげていました。何故かカップが使われていません。使用する数も3~4と書かれていました。違っていたのはそれだけではなく、ウォンドもgibeciereも使われていません。ボールはコルクを丸くしたもので、ロウソクの炎であぶってススをつけて黒くしたものです。現在のボールよりも少し小さい大きさです。簡単な現象の記載だけですが、基本となる重要なことが既に解説されていました。パームの方法が三つ解説されています。右親指と人差し指の間でつまんだボールを、親指で転がして中指と薬指の間の根元にはさむパームです。このような少し小さいボールを使っていた時代では、このパームが最も基本といえる方法です。クラシックパームとサムパームについても解説されています。現象は簡単な記載だけです。各カップの下へ入れたボールが一カ所に集まります。その後、カップの下から大きなボールを取り出すことも記載されています。カップの下へボールを入れたように見せる方法は、その後の基本となるものです。右手のボールを左手へ渡したように見せて、右手にパームし、右手でカップを持ち上げて左手のボールをその下へ入れたように見せています。スコットの解説で気になる点が、右手にパームした後、その後のボールも別の指間にパームすることを続けていたことです。そして、これらのボールを小指側に集めて、最後のカップを持ち上げて置く時にいっしょに入れています。この点だけは問題に感じました。

1634年のホーカス・ポーカス・ジュニアでは、現在に近いカップが使われています。また、イラストも多く、カップとボールの状態が分かりやすくなっています。しかし、スコットの場合と同様に、ウォンドもgibeciereも使われていません。座って演じられ、膝の上に帽子を置いてラッピングが出来るようにしています。数段だけの解説ですが、特に最初の現象が重要です。バーノンの最初の現象とも関わりがあるからです。三つのカップと四つのボールを使っていますが、一つのボールを右手にパームしています。その後の古典的な方法のほとんどが、一つのボールと三つのカップから始めていることが多く、かなり違っています。テーブル上に置かれた三つのボールを一つずつ消失させ、その後、三つのカップの下からボールが現れる現象です。問題点は、バーノンの方法のような無駄のない操作で、カップの下へ右手のパームボールを入れていないことです。このオープニングの現象を改善させたのが、1877年の英国のSachsによるSleight of Handの本です。19世紀の英国のマジック書はモダンマジックを含めて、フランスの文献を元にしていたのがほとんどでした。Sleight of Handの本ぐらいから英国の独自性が現れてきたように思います。この本では、各ボールにカップをかぶせ、カップを右手で持ち上げて下のボールを左手で取って、カップを置く時に右手のパームボールをカップに入れています。少し改善されていますが、さらに改善させたのがバーノンです。三つのカップの底の上にボールを置いて、右手でカップを傾けて左手にボールを落として、カップを戻す時に右手のパームボールを入れています。非常に効率よく行われています。 1694年にフランスからOzanamによるカップアンドボールの重要な解説が登場します。12段の現象とチョップカップ的なアイデアも加えられています。最初はカップがカップを貫通する現象から始まっています。そして、その次の現象が、その後の多くの文献でのオープニング現象となります。右手にパームした一つのボールだけで始められています。ウォンドで左手の1本の指を示して、右手を使ってその指先よりボールを出現させています。このボールを左手に取ったように見せて右手にパームし、カップを持ち上げて左手ボールをカップの下へ入れたように見せています。次に二つ目のボールを、別の左指先から右手で取り出し、同様のことを繰り返します。三つ目のボールも同様です。この後、伏せたカップのトップ部分より右手でボールを抜き取る現象を行い、左手に渡して消失させます。ウォンドでカップを倒すとボールが消失しています。他の二つのカップでも同様に行います。1769年のフランスのGuyotの本では、ボールを取り出す部分をウォンドの先で行っています。1876年のモダンマジックや1902年のモダンカンヂャラーのチャールズ・バートラムの方法も少し変えていますが基本的には同じです。さらに、Ozanamは一つのボールを二つに分裂させたり、三つに分裂させています。この現象も、上記の文献で取り入れられています。

Ozanamの方法の中で、1853年のPonsinの本で批判されている点があるのが面白いと思いました。第8段では、三つのボールを右手の別々の指間にパームして演じているのですが、指の根元にはさむだけでなく、サムパームも使った解説になっていたことです。両手をこすり合わせた後、両手で叩いて何もないように見せて、右手でそれぞれのカップを持ち上げるたびに、一つずつカップにボールを入れる解説になっています。しかし、サムパームではカップをつかむとボールを落として失敗すると批判していたわけです。そのために、Ponsinの本を元にした英国のモダンマジックのパームの解説では、サムパームの記載がなくなっています。中指と薬指の間の根元のパームとクラシックパームとフィンガーパームの三つとなっています。カップアンドボールでフィンガーパームをよく使っていたのはボスコのようです。少し大きいボールを使っていたのでフィンガーパームの方が扱いやすかったようです。

1868年のロベール・ウーダンの本によりますと、gibeciereを使わずにサーバントを使った最初がConusとのことです。テーブルにカバーした布の手前側の垂らした状態を袋状にしています。この部分から品物を取ったり、ここへ落とすことが出来ます。その後、モダンマジックではテーブルの手前側に秘密の棚を作っています。このサーバントも長続きしませんでした。ポケットが使われるようになったからです。そもそもgibeciereを廃止したのは、ロベール・ウーダンのように正装を着用するようになったからと思います。この服装にgibeciereは似合いません。しかし、1902年の英国のモダンカンヂャラーの本でチャールズ・バートラムは、小さな円形テーブルを使い、布をかぶせ、その上でカップアンドボールを演じています。サーバントを使わずにポケットを使って演じていました。このサーバントの使用は、日本のお椀と玉の方が向いていると思いました。玉が転がらないので前方へ傾斜させることが出来、手前側を高くして秘密の棚を付けやすいわけです。また、和服を着用して演じる場合には、gibeciereもポケットも使えません。日本手品の基本となる左右両脇にタネ箱を置かないのであれば、サーバントが便利なわけです。なお、このバートラムの演技の最初は、バーノンのようにカップがカップを貫通する現象や、カップの内側の方が外側より深いことを示してから始めています。部分的なことだけとなりましたが、20世紀以前のことを中心に報告しました。

おわりに

たいていのカップアンドボールを見ても驚かなくなっていましたが、思わずビデオを見直してしまったのがエルムズリーの演技です。クライマックスで塩が出てくるのは知っていたのですが、ありえない塩の量に驚いてしまいました。21世紀に入ってからは、ジェイソン・ラティマーの透明カップでの演技にも驚きました。そして、最近では、韓国のSoel Parkのペンとボールと一つのカップを使った、めまぐるしく入れ替わる現象にも圧倒させられました。2015年の秋に大阪で、ウクライナマジシャンのピットによるレクチャーが行われました。イスに座った状態で足を使ったマニピュレーションと、意外なクライマックスで話題となったマジシャンです。彼のレクチャーの中で印象に残った話があります。ドイツのトパーズが、昨年、また新しいステージマジックを演じられました。何故、そんなに次々と新しいマジックを考案出来るのかを尋ねたそうです。彼は古典のマジック書を読んで、少し現代的にアレンジしただけだと答えたそうです。古典のマジック書には、考えもしなかった発想のアイデアが記載されていることがあります。放下筌も重要な古典文献で、しな玉の解説の中にもそのようなアイデアが含まれていました。

2013年のマジックランド主催の箱根クロースアップ祭は、カップアンドボール特集的な要素がありました。日本からは北見マキ氏がお椀と玉を演じられ、カップアンドボールは古典のマジックの研究とバーノンの研究家としても有名なカナダのデビッド・ベンが演じられました。そして、上記で触れました韓国のSoel Parkがペンとボールとカップを演じられました。この時にトン・小野坂氏が、江戸時代のお椀と玉が現在に伝わっていないことや、中国の茶碗と玉や西洋のカップアンドボールの影響を受けている可能性を報告されました。そして、参加者全員への研究資料として4冊の小冊子をプレゼントされました。放下筌のしな玉の術とその欄外に現代語訳された冊子、明治時代にカップアンドボールが日本語訳されて記載の冊子、中国の茶碗と玉、奇術研究に解説されたヒンズーカップの冊子です。それまで、お椀と玉にはそれほど興味を持っていませんでしたが、トン・小野坂氏の報告で強く印象が残りました。お椀と玉のことを真剣に追求したくなりました。さらに、カップアンドボールとの関連性やその歴史も調べたくなりました。その結果、両者共、知られていないことが多数あることに驚きました。ここではその中で特に興味があった点だけの報告となりました。これらの歴史に興味を持たれるきっかけになればと思いました。

なお、下記の参考文献ではカップアンドボールとお椀と玉の文献を別にしました。しかし、江戸と明治時代のお椀と玉の文献は、年代的な関連の参考としてカップアンドボールの文献一覧にも掲載しました。お椀と玉は出来るだけ全ての文献を掲載するようにしましたが、まだまだ不十分な状態となりました。カップアンドボールに関しても、1970年までは可能なかぎり全ての文献を掲載するようにしました。しかし、70年以降は文献数が多くなりますので、私の選択による主要文献のみとしました。また、1927年のターベルシステム以降の文献のほとんどが米国ですが、それ以前は米国以外が中心ですので、日本以外は国名も分かるようにしました。カップアンドボールの作品名に関しては、特別な場合以外は省略しています。


■参考文献一覧

The Cups and Balls
1584 Reginald Scot Discovery of Witchcraft(英国)
    3~4のロウソク立て(燭台)と同数のコルクボールを使用
1634 Hocus Pocus Junior 著者名なし(英国)
    3カップと4コルクボールを使用
1694 Jacques Ozanam Recreations Mathematiques et Physiques
    3カップ 12段とチョップカップ的使用も(フランス)
1764 平瀬輔世 志な玉の術 放下筌
1769 Guyot Nouvelles Recreations Physiques et Mathematiques
    3カップ 27段までの方法 (フランス)
1779 平瀬輔世 天狗通
1788 Henri Decremps Codicille de Jerome Sharp(フランス)
1797 Encyclopaedia Britannica Third Edition(英国)
    カップアンドボールの解説はGuyotの解説を元にした英語版
1853 Ponsin Nouvelle Magie Blanche Devoilee(フランス)
1859 Dick & Fitzgerrald 発行 The Secret Out 米国版
    フランスのGuyotとDecrempsを元にしたカップアンドボール
1868 Robert-Houdin Les Secrets de la Prestidigitation et de la Magie
    各種方法のまとめ的解説とセリフ Conusとボスコの方法も(フランス)
1870's W. H. Cremer The Secret Out 英国版
    カップアンドボールの解説部分は1859年の米国版と同じ
1876 Hoffmann Modern Magic(英国)
    1853年のPonsinの本を元にしたカップアンドボール
1877 Robert-Houdin The Secrets Conjuring and Magic 
    1868年のフランスの本のHoffmannによる英訳版
1877 Edwin T. Sachs Sleight of Hand(英国)
1891 市原卯吉 改良手術 壽四季品玉
    茶碗を使用 第3段まで
1895 吉川弥三郎 ざしき手しな四季のしな玉
    三つの茶碗を使用 第8段まで 茶碗返しも解説
1902 魔法博士 コップと玉の奇術 魔術 金港堂書籍発行
    モダンマジックのカップアンドボールの日本語訳
1902 Charles Bertram C. Lang Neil著 The Modern Conjurer
1912 Stanyon MAGIC誌2~7月まで連載(英国)
1922 David Devant Lessons in Conjuring(英国)
1927 Harlan Tarbell Tarbell System(米国)
1929 Harry Blackstone Secrets of Magic
    パームを使わずカップを重ねることを中心に
1931 L. L. Ireland Ireland Writes a Books
1937 Tom Osborne Cups and Balls Magic
1937 The Jinx 35~47(1937. 8~1938. 8)
    1912年Magic誌のStanyonの連載の再録
1938 Dr Jacob Daley The Jinx 47
1938 Jhon Northern Hilleard The Greater Magic
1939 Jean Hugard Modern Magic Manual
1941 Harlan Tarbell Tarbell Course in Magic Vol.1
    1927年のTarbell Systemの再録
1942 Eddie Joseph Last Word on The Cups and Balls
1948 Victor Farelli John Ramsey's Routine with Cups and Balls
    2カップ使用 4ボールを各指間にパームした状態で開始
1949 Eddie Joseph My Favorite Routine with The Cups and Balls
1949 Dai Vernon Impromptu Cups and Balls Stars of Magic
1950 Ken Brooke Routined Manipulation by Lewis Ganson
    カップを重ねるのを繰り返すパームを使わない手順
1952 Bruce Elliott Classic Secrets of Magic
1955 Senor Mardo The Cups and Balls
1956 Kurt Volkmann The Oldest Deception
    Barrows Mussey英訳 15~16世紀のカップ&ボール絵画
1957 Dai Vernon The Dai Vernon Book of Magic
1958 Dai Vernon Cups and Balls Routine by Lewis Ganson
    上記のバーノンブックのカップアンドボールを抜粋
1961 Ireland Original Cups and Balls Routines
1965 Edward Marlo Ed Marlo's Lecture Notes
1967 The Pallbearers Review 1967~1969
    Tony Cole、Al Baker、Kirk Stiles、E. G. Brown
    J. N. Hofzinser、Stewart Judah 、Elmsleyの方法の解説
1969 高木重朗 ヒンズーカップ 奇術研究54号
1969 チャーリー・ミラー ヒンズーカップ 奇術研究54号
1970 Dai Vernon Expanded Lecture Notes
1971 高木重朗 カップとボール 奇術研究60号
1971 ラリー・ジェニングス カップ(1個)とボール 奇術研究60号
1972 Roy Fromer The Cups A Manual of Cups and Balls Magic
1974 松田道弘 クロースアップマジック
1975 Scotty York The "X-Rated" Cups and Balls Routine
1976 Dai Vernon The First California Lecture(1947)
1977 John Ramsay Ramsay Classics
1978 Francis Carlyle Magic and Methods of Ros Bertram
    ヒヨコが出現する
1978 石田天海 天海メモ(7) スポンジボール編
    スポンジボールよりもカップアンドボールの手順が多数
1979 Frank Garcia The Very Best of Cups and Balls
    Paul Gertner、Sam Leo Horowitzの方法も記載
1982 Dai Vernon Revelation the Video Series 第5巻(ビデオ)
1983 Tommy Wonder Tommy Wonder Entertains 
1989 David Williamson Williamson's Wonders
    2カップを使用
1991 Alex Elmsley Collected Works of Alex Elmsley Vol. 1
    クライマックスでカップから多量の塩が出現
1992 根尾昌志 夢のクロースアップ・マジック劇場 松田道弘・編
    3種のカップと3種のボールを使用
1994 Paul Gartner Steel and Silver
1995 Fred Kaps Fred Kaps' Cups and Balls
1996 Tommy Wonder The Book of Wonder Vol. 2
    2カップを使用
1997 Cellini The Royal Touch
1998 Michael Ammer Complete Cups and Balls
    カップアンドボールの百科事典的な内容
1999 Bob Read The cups and Balls in Graphic Art
    カップアンドボールの絵画の歴史 日本語訳版
2002 松田道弘 クラシック・マジック事典

お椀と玉 1764 平瀬輔世 志な玉の術 放下筌
1779 平瀬輔世 天狗通
1891 市原卯吉 改良手術 壽四季品玉
    茶碗を使用 第3段まで
1895 吉川弥三郎 ざしき手しな四季のしな玉
    三つの茶碗を使用 第8段まで 茶碗返しも解説
1955 坂本たねよし 柳沢よしたね共著 茶碗と玉 手品特選50題
    三つの茶碗 第3段まで 最後にタバコの箱出現
1964 高木重朗 中国のカップと玉(紅豆相思) 奇術界報269
    二つの茶碗 第4段まで
1965 加藤英夫 赤沼敏夫 編集 まじっくすくーる1~4合併号
1965 高木重朗 おわんと玉 奇術研究37号
    三つのお椀 第4段まで お椀返しは少しだけの使用
1967 根本毅 OWAN TO TAMA Tokyo Trickery
    副タイトルとして The Japanese Classical Cups and Balls
    海外で最初に解説されたお椀と玉 一陽斎派の方法
    山本慶一氏の指導によるものであることが明記
1967 柳沢よしたね おわんと玉 一週間・奇術入門
    初代天勝の手順によるものを簡略化 一陽斎派の方法か
1970 石川雅章著 おわんと玉 奇術と手品の習い方
    基本的には一陽斎派の方法か パームはサムパーム
1975 高木重朗 Shina-Damaーa Japanese Version of Cups And Balls
    The Best of Magic Around The Worldの本の中に掲載 
    1965年の奇術研究37号に発表された方法とほぼ同じ
1977 山本慶一 三星帰洞(中国のカップと玉) 奇術研究 81号
    二つの茶碗 土瓶も7段から使用 第8段まで
1986 山本慶一 お椀と玉(品玉) 日本手品宝華集
    薮晴夫師から伝えられた初代一陽斎正一師のお椀と玉
1990 高木重朗 OWAN TO TAMA Richard Kaufman著
    The Amazing Miracles 0f Shigeo Takagi
    高木氏の方法ではなく一陽斎のお椀と玉に近い方法に
    6段までの解説で、一陽斎の6段に7段を含めている
    お椀返しはお椀の中を客席の方に向けずに下を向けて返す
1990 高木重朗 お椀と玉 松田道弘著クロースアップマジック事典
    1965年の奇術研究37号に解説されたお椀と玉の再録
1992 高木重朗 オワン・ト・タマ 高木重朗の不思議の世界
    上記の海外で発行された高木氏の本の日本語訳版
1998 北見マキ お椀と玉 ワンツースリー21号~30号
    第5段まで 5段は一陽斎の5段から7段を含めている
    お椀返しは高木重朗氏と同様に下向けてひっくり返す方法で


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