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コラム



第53回 「エキスパート・アット・ザ・カードテーブル」パート2(2012.3.16up)




はじめに

今回は、急遽、予定していたテーマを変更しました。前回のアードネスの正体の報告の後で、別のアードネス候補者についての本が発行されたからです。2011年後半は、アードネスがW.E.サンダースで確定されるような勢いがありました。それを危惧してか、早急にまとめて発行された印象のある本です。よい機会ですので、前回のパート2として、この人物についても紹介することにしました。また、前回の報告では、エキスパートの本の内容について、全体の印象しか報告できませんでした。そこで、今回は、各内容についても主要な点だけは報告することにしました。しかし、その前に、私とエキスパートの本との関わりから報告させて頂きます。

私とエキスパートの本、そして、シフトとの関わり

私がエキスパートの本を購入したのは35年程前です。その時は、地味で難しい技法が解説されている印象しかうけませんでした。有名な本で資料的価値があることと、価格が安かったので購入した本でした。その頃、最も手に入れたかったのは、ラリー・ジェニングス、ロイ・ウォルトン、ディングル、ポール・ハリスの作品が解説されている文献でした。新しい発想や現象を追い求めていた時期で、エキスパートの本は難しいだけでなく、古いイメージしかありませんでした。エキスパートの本の価値が分かるようになるのは、かなり後になってからです。宮中桂煥氏がエキスパートの本や古典を研究されて、そのすばらしさを披露して頂いたのが大きな刺激となりました。その後、何かの調査でこの本を読み返すことがあり、その度に新しい発見がありました。100年以上前の本であるのに、新鮮さを感じさせられる不思議な本です。

2011年の年末に宮中氏とお会いした時に、久しぶりにS.W.E.シフトやロンジチューディナルシフトを見せてもらいました。最近は練習されていないと言われながらも、うまさは変わっていませんでした。それだけでなく、さらに感激したのは、その技法を見せるだけでなく、それぞれのシフトに適したマジックも見せてもらえたことです。ロンジチューディナルシフトは、エキスパートの本の内容を解説したアッカーマンやウェスリー・ジェームズのDVDでは、デック全体を右手でカバーして見えない状態で行っています。それは本に解説されている通りの方法です。しかし、本にはこれだけでなく、デック全体が見えている状態で行うロンジチューディナルシフトにも触れています。宮中氏は、このカバーなしの方法を最大限に生かすため、エキスパートの本の中の別の技巧とを組み合わせて、面白い現象のマジックを作り上げられていました。S.W.E.シフトを取り入れたマジックに至っては、指先だけでデックを持って演じた印象しか残らないスマートな作品を見せてもらえました。芸術的マジックを鑑賞した感銘を受けました。

私がエキスパートの本の中で、昔から追求している技法があります。オープンシフトです。これに関しては、宮中氏も結論が出ていないようです。エキスパートの本の研究の第一人者とも言えるダイ・バーノンですら、このシフトに関しては少しのコメントしかされていません。全くオープンで、見えている状態で行うシフトです。デックを表向きにして、カラーチェンジとしても使えるのですが、やはり、シフトとしての実現性の追求がメインです。アードネス考案のシフトの中でも、完璧なシフトを考案したいという、たゆまぬ努力の成果で生まれたと自慢して書かれています。右人差し指が痛くなる寸前まで練習したことがありましたが、思うような成果が出ませんでした。宮中氏は、私以上に練習されていたことが分かりました。S.W.E.シフトは、インターネット上でクリス・ケナーが実演している映像を見ることが出来ます。しかし、オープンシフトについては、納得できる映像を目にすることがありません。誰もが納得できる映像で、インターネット上にアップされたら、大きな話題となりそうです。

ウェスリー・ジェームズのDVDでは、やりたくない思いでオープンシフトを実演しています。もちろん、まる分かりのシフトです。アッカーマンのDVDでは、身体を左向けて、デックを右手でカバーして、見えない状態で行っています。あるいは、右向きとなって、デックのボトム側しか見えない状態で行っています。これではオープンシフトとは呼べません。本では横向きになることや、カバーすることは書かれていません。ダーウィン・オーティスの1991年発行 "The Annotated Erdnase" の本でも、左向いて行っている写真が掲載されています。プロとしては、ばれるシフトをするよりも、カバーしてでもばれないことにこだわった可能性がありそうです。スピードだけでは解決できない別の要素が必要なのでしょうか。あるいは、オープンシフトの実演を撮影して、何倍速にすれば使えるシフトとして成立するのかを調べるのも面白いと思います。

アードネスの別の候補について

2011年12月に "Erdnase Unmasked" の本がデビッド・ベン編集・出版により発行されました。鉄道会社員でトラベリング・エーゼェントの Edwin Sumner Andrews( E.S.アンドリュース )が、アードネスである可能性が高いとしてまとめられています。リチャード・ハッチが、最初にその理由を報告しており、それを補足しているのがデビッド・ベンの報告です。リチャード・ハッチの報告から、ここでは主要な部分を簡単にまとめました。

Edwin Sumner Andrews は S.W.Erdnase をシンプルに逆転させた名前の E.S.Andrews であったこと。また、アードネスと直接会ったイラストレーターの M.D.スミスが指摘していた年齢と身長がほぼ一致していたことです。アンドリュースは1859年生まれで、1922年に死亡しています。イラストレーターとの面会時は42才であり、指摘されていた年齢とほぼ一致しています。また、身長が高い方ではないことが分かっており、イラストレーター指摘の身長とほぼ一致していると考えられています。エキスパートの本はシカゴでイラストを依頼して印刷もされています。それが1901年から1902年にかけての冬の間のことです。その当時、彼もシカゴのすぐ隣の町 Ork Park に住んでいたことが分かりました。1902年の本の発行当時は、発行者がアードネスで2ドルの価格となっています。それが、1903年には半額の1ドルとなり、本の販売もシカゴのマジックショップに任せるようになっています。その理由として、1903年2月に、仕事の関係でサンフランシスコへ移転したことがあげられます。ここまでは私も納得できる内容です。これ以降に関しては、まだまだ問題を含んでいる内容ですが、面白くて興味を引きつけられるものばかりですので紹介しておきます。

イラストレーターの M.D.スミスですが、アードネスから、マンガ家の Dalrymple とはちょっとした関係があることを告げられたそうです 。アンドリュースと Dalrymple との関係を調べる過程で、面白いことが分かりました。アンドリュースは1898年に再婚しますが、その女性の本来の名前が Dollie Seely です。マンガ家の Dalrymple の場合は、母親の本来の名前が Adelia Seely でした。二人の Seely の関係は、まだハッキリしていませんが、何らかの関係がありそうです。

次に、シカゴでエキスパートの本の印刷を請け負ったのが James Mckinney です。そして、アンドリュースが6才の時から2年間住んでいた家のすぐ近くの農家に Patrick Mckinney が住んでいました。二人の Mckinney は兄弟であることが分かっています。ただし、このことの必要性や重要性が分かりません。

アンドリュースは1881年の22才から、シカゴ・ノースウエスト鉄道に勤務しています。業務内容は次々と変わりましたが、1896年からはトラベリング・エージェントの業務についています。どのような仕事内容であるのかが分かりません。トラベル・エージェントではなく、トラベリング・エージェントであったことが強調されており、アメリカ西海岸からシカゴへの往復が多かった可能性があげられています。長距離の鉄道旅行では、ギャンブルがよく行われていたことが書かれています。しかし、アンドリュースがギャンブルにどの程度興味があり、また、どの程度関わっていたのかも分かっていません。

"Erdnase Unmasked" の本の他の記事から

デビッド・ベンは上記のリチャード・ハッチの報告を補足するかのように興味深い指摘をされています。その中でも面白いと思ったのは、オーバーハンドシャフルの利点に関する記載です。エキスパートの本では、多くのスペースを取って、オーバーハンドシャフルの特別な使い方を解説しているからです。ギャンブル用の特別なテーブルを使わなくてもよい点や、狭い場所でのシャフルに適しています。つまり、車内でのカードギャンブルに向いているわけです。リフルシャフルは両肘を外方へ張り出す必要がありますが、オーバーハンドシャフルは張り出さなくてもよいことをあげています。

次に、エキスパートの本には、洗練された技法や難しい技法が解説されています。これらを練習するためには、十分な時間が必要だと指摘しています。トラベリング・エージェントであれば、十分な時間が取れたのではないかと推察しています。

なお、デビッド・ベンは昔に交流があったカナダ鉄道の人物のことを報告していました。その人物は既に死亡していますが、ブレーキマンとして勤務し、車内でイカサマギャンブルもしていました。知り合ったのは30年程前で、その時には現役を退いており、40年間ギャンブルをしていたそうです。このような人物を知っていたからこそ、デビッド・ベンはE.S.アンドリュースを支持しているのかもしれません。

そして、3人目の記事が 、Hurt McDermott により、当時の興味深い情勢が報告されていました。なぜ、アードネスはシカゴで印刷して発行したのか。また、架空のアードネスの著者名や発行者名にしたのかの一つの推論です。19世紀後半に、ニューヨークを中心に、悪徳文書追放の運動が高まります。1873年には、避妊や中絶に関する資料、猥褻なものが記載された書物、文章、手紙の郵送を禁じる法律(コムストック法)が制定されます。これには、賭博の書物まで取り締まりの対象となります。ニューヨークで始まった運動を他の州にまで拡大するのはとても困難なことです。そこで、このような文書の流通を阻止することが考えられました。ニューヨーク悪徳撲滅協会の書記のアンソニー・コムストックが連邦議会に働きかけ、郵政法を改定させたものがこの法律です。これにより、郵政省が実質上の検閲機関となります。違反者には100ドル以上2000ドル以下の罰金、または、半年以上5年以下の懲役が課せられました。1936年に無効となるまでに、3600人もの逮捕者を出しています。そういった点で、印刷と発行の規制が厳しいニューヨークではなく、規制がほとんどなかったシカゴで行われ、実在しない著者名と発行者名にした可能性が紹介されていました。なお、コムストック法の存在により、エキスパートの本の表紙のタイトルと、表紙を開いた最初のタイトルページのタイトルが違っている理由も、勝手な想像ができそうです。タイトルページのタイトルでは、悪徳文書として当局に目を付けられる可能性があります。そこで、シンプルで無難なタイトルを表紙に付けたのではないかと思いました。

私の考え

今回の報告により、W.E.サンダースだけでなく、Edwin Sumner Andrewsもアードネスの重要な候補者の一人であることの理由が分かりました。しかし、前回のコラムのW.E.サンダースの場合以上に、このアンドリュースには不明な点が多すぎます。ただし、今後は、まだまだ進展の可能性が高く、期待しているところです。

ところで、現段階で私がいずれを支持しているかと言いますと、W.E.サンダースの方です。1896年より、鉱山技師だけでなく、作家業にも重点をおいていたことや、エキスパートの本の特徴が、サンダースにふさわしいと思ったからです。E.S.アンドリュースは、その点が全く不明で、このような本が書けるのかといった疑問があります。再婚した奥さんが、速記のエキスパートであったことが分かっていますが、彼女が聞き取りをして書いたとしても、エキスパートのような本が出来たのかが疑問です。

デビッド・ベンは、W.E.サンダースがアードネスであることの報告に対して、いくつかの項目で反論を書いています。しかし、それらの重要性がほとんど感じられません。ただし、この反論をしたい思いが、今回の本を早急に作り上げた原動力となっているとしますと、すごいパワーを感じます。デビッド・ベンの報告の中で、いくつかの気になった点があります。その中でも、特にここで取り上げておきたい一つが次の点です。エキスパートの本のイカサマの技巧の記事に関して、1865年発行(1868年再版)の Gerritt M. Evans 著 "How Gamblers Win" が大きな影響を与えていたとしていたことです。私が奇妙に思ったのは、その本に比べてはるかに影響を与えていたはずのマスケリン "Maskelyne" の本の名前が、どこにも見当たらないことです。1894年にイギリスで発行されたマスケリン著 "Sharps and Flats" の本です。1900年頃、最も手に入れやすく充実したイカサマギャンブルの方法を公開した本であり、内容を読んでも、アードネスが大きな影響を受けていたことが分かります。エキスパートの本には、イカサマの物品がクラブルーム用品のディーラーから購入可能と書かれていますので、この本も入手できたと思います。郵送でなければ、コムストック法に抵触しません。それに比べて、1865年のエバンズ "Evans" の本の内容を読みますと、エキスパートの本との関わりがそれほど感じられません。もちろん、アメリカのギャンブラーに大きな影響を与えていたのは確かですが、1868年の再版以降、上記のコムストック法との関係で、再版されていないように思えます。デビッド・ベンはアードネスがこの本を読んでいたと記載されていますが、私はその点に疑問を感じています。エキスパートの本に、マスケリンの本やエバンズの本がどの程度関わっていたのかは、後で二つの文献の内容と対比しながら報告することにします。

エキスパートの本の注目すべき点

読む上で注目して頂きたい点は、何といっても「動作の一貫性」"Uniformity of Action" につきます。もちろん、当時の最新の知識や全体像を簡潔にまとめられている点も、大いに参考になります。しかし、そのことよりももっと重要なのが、アードネスシステムとして解説された部分です。そこには、「動作の一貫性」が貫かれており、それをアードネスが、どのように実践したかが参考になります。オーバーハンドシャフルを使った各種のシステム、リフルシャフルやカットによるシステム、そして、パームによるシステムです。本来のシャフルやカットの操作と、ほとんど変わらない状態で行えるように工夫されています。金銭をかけた真剣勝負の場で、あやしいと思われる技法は通用しません。ゲームの中にプロやイカサマに詳しい人物がいると、なおさら通用しません。

通常のギャンブルの場では、シフト(パス)やパームは通用しません。また、この本でファンシーカットと名付けられた特別なカットも、知識のある相手には通用しないことが指摘されています。そして、デック全体の配列を保つためのファールスシャフルも不用であると記載しています。その上で、どのような状況でどのような使い方であれば使用できるのかも補足されています。パームに関しては、その人物が全く怪しまれていないことが全てに優先されることを強調しています。そして、トップパームはばれやすく、ボトムパームの方が実践的であることの指摘も特徴的です。これらのことは、マニア相手にマジックを演じる場合にも参考になると思いました。

マジックの項目でアードネスは、この「動作の一貫性」を基本におきつつも、ギャンブルの時ほどこだわっているようには思えません。楽しませることやセリフの重要性を第一に考えているようです。それは、一般客を対象にしていたからだと思います。それに対して、エキスパートの本を読んで成長した若い頃のダイ・バーノンは、マジックにおいても技法を行う上で、この考えにこだわりをおいていたようです。カナダからニューヨークへ移ったバーノンは、1910年代後半から1920年代にかけて、一流プロマジシャンやマニアを相手に見せることが多く、「動作の一貫性」が果たした役割は大きかったと思います。不思議さの強さで知名度が上昇し、クロースアップの代表的マジシャンとして認知されるようになります。

もう一つのアードネスのこだわりを指摘しますと、特別な装置や特別なデック、共謀者、余分なカードや特別な印を加えることを好まなかったことです。つまり、レギュラーのデックだけで、一人で可能なイカサマギャンブルやカードマジックを追求していたようです。マジックでは、ハンカチやナイフや帽子を使う作品もありますが、それらは補助的に使っているだけです。イカサマギャンブルの最後の部分(スリーカードモンテの前)では、仲間がいない場合の技法の使用が解説されています。アードネスはこの部分にも重点を置いていたのではないかと思っています。

エキスパートの本の各部門と最初の部門

エキスパートの本は全体で4部門に分けることが出来ます。1番目が、カードギャンブルのイカサマの全体像と技法を使う上での考え方です。2番目は、当時知られていたイカサマ技法の紹介と、アードネス考案の新たな各種システムです。3番目は、マジックの各種の技法解説で、4番目が、14のマジック作品解説となっています。

1番目のイカサマの全体像は簡潔にまとめられています。これを読みますと、ギャンブルに勝つためには、共謀者の存在が重要で、イカサマ技法は、思っている程に大きな要素ではないことが分かります。1894年のマスケリンの本でもイカサマ技法の章において、ベストギャンブラーは共謀者を使って、技法にはほとんど頼っていないことが報告されています。ただし、イカサマの全体の知識や技術を知りつくして、イカサマから防御するために活用していると書かれています。ベストギャンブラーの次の存在として、マークトカードとすり替えてゲームを行う者となっています。これだけでかなり有利になるようです。つまり、エキスパートの本でも、イカサマの全体像を知ることを重視して、冒頭でまとめているものと思われます。8ページしか使っていませんが、重要な内容を簡潔にまとめていますので、必読の価値があります。

エキスパートの本では、最初に、各種のホールドアウトの装置について、1ページで簡潔にまとめています。次に、準備を必要とするカードの細工について、3ページ半を使って様々な方法が紹介されています。マークトカードの作り方から、ゲーム中に即席にマークを付ける方法、そして、カッターで細工する特殊なタイプのストリッパーカードについても作り方を紹介しています。また、コールドデックについても触れられていました。その後、1ページをかけて共謀者のことが報告されています。

1894年のマスケリンの本では、エキスパートの本に比べて、上記のことをかなりのボリュームで解説しています。ホールドアウトだけで39ページ、マークトカードが36ページ、ストリッパーカードを含めた特別に準備されたカードについてが14ページ、共謀者の利用については25ページをかけていました。それに比べますと、イカサマ技法には47ページしか使われていません。しかも、イラストが二つだけで、分かりにくい解説になっています。私の勝手な想像では、このマスケリンの本を読んだアードネスが、他の部分が充実しているのに、技法解説の不十分さに不満を感じて、エキスパートの本を作ったのではないかと考えたくなりました。

1865年のエバンズの本では、ホールドアウトに1ページ半かけていますが、腕にはめるメカニックの記載はありません。カードに即席にマークを付けることやコールドデックの簡単な解説もありますが、マークトカードの記載が見当たりません。そして、1ページで共謀者の利用についての報告がありました。なお、この本では、2ページをかけて一つのタイプのストリッパーカードの作り方と使い方を解説していますが、エキスパートの本で取り上げていたタイプと同じものでした。

オーバーハンドシャフルとリフルシャフル

イカサマ技法の解説が96ページ程ある中で、オーバーハンドシャフルを使用した方法が5分の1を占めています。その多くが、ストックシステムとカルシステムです。マニアのほとんどが、この部分で読むのが嫌になります。ダイ・バーノンが若い頃、エキスパートの本で勉強したと言うと、幾何学のような本をよく読めたなと、マニアが驚いた話が有名です。その部分に相当するのが、ストックとカルのシステムだと思います。ここを読み飛ばしても全く支障がありません。しかし、方法が理解できますと、アードネスの頭の良さや、数学的センスがよく分かる部分でもあります。マスターすべき点は、この本の最初に解説されたブラインドシャフルです。インジョグやブレークにより、トップやボトムの一部分を保つシャフルです。これはすぐにマスターできます。ただし、重要なことは、手元を見ないで、話をしながらでも出来るようになることです。それにより、あやしさを感じさせない実践的なシャフルとなります。2010年にロベルト・ジョビーのカードカレッジの4枚組DVDが発行されています。その中で気に入ったのはオーバーハンドシャフルです。特に3巻目のDVDで、客を見て話しかけながらシャフルしている映像は参考になります。

マスケリンの本では、ミルクビルドシャフルにより、ボトムにあるカードを特定の枚数目に持ってゆく方法が解説されています。それはエキスパートの本でも解説されていますが、それにブラインドシャフルを加えて完成度を高めています。また、マスケリンの本では、現在でも一般的なトップの部分を保つフォールスシャフルが解説されていますが、エキスパートの本にはありません。ブラインドシャフルの方がスムーズに行えるので、解説から外したのかもしれません。ところで、1865年のエバンズの本には、オーバーハンドシャフルを使った特別な技法記載がありませんでした。ミルクビルド的な解説がありますが、それは、テーブルへ次々と重ねる方法でした。

エキスパートの本でリフルシャフルに関しては、トップやボトムの一部分を保つ方法が解説されています。全体を保つためのプッシュスルーやプルアウトのシャフルの存在を書いていますが、ギャンブルには全体を保つ必要がないとして、簡単な紹介にとどめています。マジックの部門では、全体を保つ五つの方法が解説されていますが、なぜ、そこで詳しく取り上げなかったのかが不思議です。

1865年のエバンズの本には、既にプッシュスルーが紹介されていたのが分かり驚いています。しかし、あまりにも簡単な説明のため、方法がよく分かりません。デックを二つに割って、お互いをプッシュしてスルーさせ、エンドから引き出し、元のトップ半分をトップに戻すと書かれているだけです。Intricate シャフルと書かれており、リフルするとは書かれていませんので、フェロウシャフル的な方法かもしれません。この本にはイラストが一つもないため、実際の方法が全く分かりません。シャフルの間、トップ部分だけを保つ方法にも触れていますが、これもフェロウ的なシャフルでのことのようです。1894年のマスケリンの本では、プッシュスルーが割合詳しく解説されています。しかし、イラストがありませんので分かり易いとはいえません。なお、トップやボトムを保つシャフルも解説されていました。

エキスパートの本には、カードギャンブルの世界で、リフルシャフルが広く使われるようになっていると書かれています。リフルとしか書かれていませんが、これがリフルシャフルを意味しています。この用語と解説は、1894年のマスケリンの本が最初です。その本によりますと、シャフルはデックをテーブルへ置いたままで、手に持つのを許さない人も登場していたようです。この当時、シャフルの方法の移行期であったのかもしれません。エキスパートの本で、オーバーハンドシャフルを使った多数の技法が解説されているのは、古いシャフルとなりつつも、まだまだ使用できる機会が多かったのだと思います。しかし、ギャンブルよりもマジックへの使用に、よりいっそうの効果を発揮し、後のマジック作品の中にも生かされています。

ボトムディールとセカンドディール

昔のボトムディールには、外エンドから配る方法とサイドより配る方法があったことが分かり驚いています。1865年のエバンズの本には、二つの方法があることが紹介されているだけで、実際の方法は、熟練者の方法を見て習得するしかないと、解説を放棄しています。1894年のマスケリンの本では、外エンドから配る方法だけが簡単に解説されており、ボトムから引き出しているイラストも掲載されていました。両サイドをしっかりと保持できるので、割合と楽な方法です。しかし、配り方が異質で、現在ではギャンブルの場では使えない方法です。そして、初めて、エキスパートの本により、現在では一般的なサイドから配る方法が解説されました。

セカンドディールに関しては奇妙な点があります。この技法には、大きく分けて、プッシュオフとストライクの二つの方法があります。現在では、ストライクの方がよく使われています。習得しやすいからと思われます。ところで、エキスパートの本では、プッシュオフの方法が二つ解説されているだけです。ストライクの方法の記載がありません。そして、マークトカードとの併用により、効力が発揮できると書かれています。マークトカードがなければ無力のような書き方です。奇妙なことは、1865年のエバンズの本には、ストライクの方法だけが、既に解説されていたことです。しかも、マークトカードの使用ではなく、重要な数枚のカードのコーナーをピンで押して印をつける方法が採用されていました。これをゲーム中に即席に作って、ディールしている時にトップへきたこのカードを、セカンドディールでトップに保つわけです。これらが全く、エキスパートの本には伝承されていません。アードネスはストライクの方法のことを知らなかったのでしょうか。または、それを解説するのは支障があるとして、意図的に外したのでしょうか。

アードネスはボトムディールを最も重要な技法としています。しかし、セカンドディールについては、マークトカードとの併用が必要な点から、彼自身はほとんど使うことがなかったのではないかと思っています。そうであるにもかかわらず、二つのプッシュオフを詳しく解説しています。親指でトップの2枚をずらした状態でサイドへ押し出すプッシュオフの方法と、親指を外エンドに当てて2枚を重ねて押し出すプッシュオフです。1894年のマスケリンの本では、2枚をずらしてサイドへ押し出す方法だけが解説されています。以上のことからも、アードネスは1865年のエバンズではなく、1894年のマスケリンの本の影響の方が大きかったのではないかと思いました。

20世紀に入って、エバンズが解説していた方法を改良して用いた有名なギャンブラーが登場します。ウォルター・スコットです。ストライクの方法とピンでカードを押す方法を改良しています。彼の方法を解説したエディー・マクガイア著の本が、1930年頃、プライベートに発行されます。それが、1969年に "The Phantom of the Card Table" として再版され大々的に販売されます。1980年には、ユニコン社より日本語訳版も発行されています。さらに、2003年には、もっと詳しい内容で、250ページもある同タイトルの本が発行され注目されました。

マジック部門の技法とアードネスチェンジ

ここでは、アードネス考案でギャンブルでは使えなくても、マジック用として活用できる技法が解説されています。特別なタイプのシフト(パス)の多くの部分と、トランスフォーメイション(カラーチェンジ)の中のいくつかです。それら以外は、この本のマジック作品に使用するための技法が中心となっています。それらの技法の出典はハッキリしています。3冊の文献からほとんどが採用されているからです。1885年の Sach著 "Sleight of Hand" 第2版、1889年 Hoffmann著 "Tricks with Cards"、1897年 Roterberg著 "New Era Card Tricks" です。その当時の最も巧妙な発想や方法が掲載されています。それぞれについて報告したいことが多数ありますが、それは別の機会に譲ることにします。ここでは、特に気になるアードネスチェンジと全体を保つシャフルについてだけ報告させて頂きます。

クレジットの問題でよく話題になるのがアードネスチェンジです。トランスフォーメイションの第1番目の方法です。本にはアードネスチェンジと書かれていないだけでなく、著者が考案したような記載も一切ありません。。しかし、1990年頃までは、このチェンジのことをアードネスチェンジと呼んでいました。ところが、1990年代に入ってから、いくつかの文献で、それはアードネスの考案ではなく、フーディーニのチェンジであると指摘されるようになります。1901年の P.T.Selbit 著 "The Magician's Handbook" の本の中で、Selbit がフーディーニから教わった方法として解説されていたからです。しかし、フーディーニが考案した確証がどこにもありません。誰かから教わった方法を、Selbit に見せただけかもしれないからです。今回の Unmasked の本でデビッド・ベンは、シカゴのマジックショップで、アードネスがフーディーニに見せたのではないかと書いていました。1898年12末から1ヶ月間、フーディーニがシカゴの劇場に出演のため滞在していたからです。しかし、これも単なる推論でしかありません。

アードネスは自分が考案した技法には、そのことをハッキリと記載しています。トランスフォーメイションの場合も、6番目の方法が彼の考案で、4番目は3番目の方法の彼の改良であることを明記しています。1番目の方法に何の記載もないのは、アードネスの考案でない可能性の方が高いと思っています。しかし、フーディーニのものとする確証もありません。そのために、最近でも、誰の考案であるかの記載はまちまちです。私がこの技法の考案者名をクレジットする場合には、二人の名前を連記するしかないと思っています。ところで、トランスフォーメイションの用語は、 Selbit の本が最初と紹介している文献があります。それは正しいのですが、トランスフォーメイションの単語そのものは、1897年の Roterberg の本に既に使用されていました。カラーチェンジの名称で4種類の方法が解説されていますが、解説文の中で、トランスフォーメイションの名前が何回か登場していたからです。なお、この方法が P.T.Selbit の本から採用されたとしますと、1901年12月頃の発行の本ですので、アードネスはその本の発行後すぐに取り入れたことになります。

古いタイプのシャフルと全体の順を保つシャフル

エキスパートの本は、100年以上も前の本であるのに古さを感じません。私がもっていた最初の印象と大きく変わってきました。しかし、その中で、唯一、時代を感じさせられるのがこのシャフルの部分です。全体を保つシャフルとして5種類が解説されていますが、全て変わったタイプのシャフルばかりです。読んでいて面白いと思ったのは、5番目の方法です。シャフルの名称は記載されていませんが、シャーリエシャフルのことです。これを解説した理由として、使わないことを提案するためと書かれていました。皮肉にも、現在では、ここに解説された5種類の中で、このシャフルだけが存続しています。デックに使用するシャフルとしてではなく、パケットのシャフルやジャンボカードでのシャフルに適していたからです。それに対して、残りの4種類は、1900年頃の歴史上のシャフルとしてとらえた方がよいようです。

最初のシャフルの解説にはとまどってしまいました。意味不明で、読むのを中断してしまった部分でした、オーバーハンドシャフルのようで、変わったシャフルの仕方をするからです。そもそも、古いタイプのシャフルは、1584年のレジナルド・スコットの本にも書かれていますように、デックを水平な状態のまま持って、一方の手から他方の手のカードの上へ、数枚ずつ重ねていました。その後、それをトップ側とボトム側へ交互に重ねる方法も登場します。これはヘイモウシャフルと呼ばれています。これのフォールスシャフルとなるのがシャーリエシャフルです。ところで、ヘイモウシャフルの操作を、オーバーハンドシャフルのように持って行う方法が、その当時にはあったようです。そのタイプのフォールスシャフルが、ここで解説された1番目の方法です。現在では、一般的ではありません。

2番目と3番目は、テーブル上で縦方向に置いたデックのリフルシャフルで、全体を保つ方法は、現在では、違った形で発展しています。そして、4番目のシャフルも理解しにくいシャフルでした。フェロウシャフルのフォールスシャフルのようですが、現在の方法とかなり違ったフェロウシャフルとなっていたからです。オーバーハンドシャフルのような持ち方で、半分に割って、垂直状態でサイドからフェロウシャフルする方法です。この当時では、一般的な方法だったのでしょうか。このフェロウのフォールスシャフルも、最近では違った形式で発展しています。

最後の14のマジック作品について

この14作品については、元になる作品が全て分かっています。そして、それらの全てがアードネス風にアレンジされています。ストーリーやセリフが加えられたり変更された作品が多く、また、全ての作品タイトルが変更されています。シャフルが可能な場合には、必ず客にシャフルさせています。部分的にセットされている場合には、その部分を保つシャフルが加えられています。パスによるコントロールが行われていた部分は、シャフルによるコントロールに変えています。その他、全てに何らかの改良が加えられています。個々の作品が興味深く、それぞれにコメントを加えますとかなり長くなります。そこで、ここでは、最初の作品の "The Exclusive Coterie" だけを取り上げることにしました。

"The Exclusive Coterie" は、 Hoffmann著 "Tricks with Cards" に解説されたチャールズ・バートラムのフォーエース・トリックの操作を、4枚のクィーンに変えて演じています。貴婦人の社交界での排他性をストーリーとして加えています。このようなストーリーにしている点で、W.E.サンダースがアードネスである可能性を感じてしまいます。W.E.サンダースの父親は、社交を重視してきた人物で、特に、1890年のモンタナ州での最初の議員選挙に向けて、社交の場を頻繁に開催されていたことが考えられます。サンダースはこのような世界が嫌いで、社交界の貴婦人の状況を皮肉ったストーリーにしたと思ってしまいました。ところで、ここでのセリフは、リッキー・ジェイのクロースアップショーでそのまま使われています。

結局、作品解説の1番目が、社交界での貴婦人の話で、2番目が鉱脈を探し当てる話となっています。最初の2作品に、W.E.サンダースに関係すると言ってもよい話を持ってきているのが気になっています。その点でも、彼がアードネスに近いと感じてしまいます。しかし、E.S.アンドリュースも、まだまだ負けていないと思いますので、これからが楽しみです。

おわりに

今回のアードネス候補者の E.S.アンドリュースは、興味深く読むことが出来ました。しかし、現段階での私の考えでは、前回のコラムの W.E.サンダースを超えてはいないと思いました。エキスパートの本を数回読み返すたびに、W.E.サンダースのイメージの方が近くなってきます。論理的で、緻密で、革新的で、独特な信念を持っています。工学系の研究者タイプのイメージと言ってもよいのかもしれません。結局、私はアードネスが誰であってもよいのですが、今回の盛り上がりにより、エキスパートの本を興味深く読み返すことが出来ました。また、エキスパート以前の多数の文献を読み返し、エキスパート以後の影響を受けた人物の文献も読むのが楽しくなりました。

書きたいことが多くなりすぎて、報告内容を大幅に縮小しました。エキスパートの本の内容についてだけでも、全てを書き上げると、1冊の本が出来るぐらいといった表現は誇張ではありません。1876年のモダンマジックの本が、現在のマジックに大きな影響を与えていることはよく知られています。しかし、カードマジックにおいては、それ以上に、エキスパートの本の存在が大きいことを痛感させられた調査となりました。


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