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コラム



第48回 スプレッド・カルの意外な歴史経過(2011.1.7up)




はじめに

2010年11月に「奇術探究第7号」が発行されました。今回は「コレクター」作品の特集号で、私も「最近のコレクターの傾向について」を7ページにわたって報告させて頂きました。1995年以降の50作品以上を調査して驚いたのは、スプレッド・カルを使った作品が目につくようになったことです。それまでの「コレクター」には、スプレッド・カルがほとんど使われていませんでした。2000年代に入ると、コスチャー・キムラットの影響で、さらに、スプレッド・カルの認知度と関心が高まったように思います。

スプレッド・カルを実践で使用されているプロのクロースアップ・マジシャンから質問を受けたことがありました。スプレッドの下へ必要とするカードを次々にカルする方法についてです。彼やコスチャー・キムラットは、最初にカルしたカードの下に、次のカルすべきカードを取っています。ところが、キムラットの「ロードランナー・カル」の解説では、最初のカルしたカードの上に取るのが普通のカルのような記載がありました。そこで、上に取る場合の具体的な方法と、それを行っているマジシャンや文献が分かれば教えてほしいといった内容でした。以前より、私もスプレッド・カルの歴史や発展経過には興味があり、調べる必要性を感じていました。今回、よい機会ですので、スプレッド・カルについて書かれた文献を徹底的に探して読みました。それにより、意外な発見がいくつもありました。その中でも、印象的なことを中心に報告させて頂きます。

(補足1)「奇術探究第7号」の作品について
最近の「コレクター」は、スプレッド・カルを使った作品が目につくようになっただけでなく、これまでの既成の枠にとらわれない作品が多くなっていること も特徴でした。今回の「奇術探究第7号」に発表された作品も、ユニークな発想が多く、大いに楽しめただけでなく、発想の柔軟さに感心させられました。そして、時代の変化を痛感しました。

スプレッド・カルの歴史経過の中での意外な発見

スプレッド・カルの原案者は、19世紀中頃に活躍したオーストリアのホフジンサーです。この技法が解説されているホフジンサーのカードマジックの本は、1910年にオトカー・フィッシャーによりドイツ語で発行され、1931年にS. H. シャープが英訳して発行しています。そして、1940年代より、それを改良や応用した方法が次々に発表されました。しかし、そうであるにも関わらず、1970年代までホフジンサーの名前が文献上にクレジットされることがありませんでした。最初にきっちりとクレジットしていたのはアレン・アッカーマンでした。

もっと意外であったのは、最近まで、技法名として定まったものがなかったことです。現代では、スプレッド・カルと呼ぶのが一般化しています。日本では、1983年の「カードマジック事典」において、この名前で解説され、その後、この名前が定着しています。ところが、海外では、1990年代までいくつかの名前で書かれており、スプレッド・カルの名前が主流になったのは最近といえそうです。ホフジンサー・スプレッド・パスやアンダー・スプレッド・コントロールの名前もよく使われていました。

これに関連して、興味深いことがカルの用語についてです。カルとは何でしょうか。カルといえばスプレッド・カルのことと思っていますと、大きな間違いで あることに気づかされます。

ホフジンサーの本を読んで驚きの発見がありました。右指で目的のカードをスプレッドの下へ引き出す方法だけでなく、関連した別の二つの方法も発表されていました。この二つはスプレッド・カルではありませんが、一つは別タイプのスプレッド・カル考案のきっかけを与えたものと考えることが出来ます。また、他方はスプレッド・カルを使ったフォースの元になるものと考えられています。この三つが、その後、次々に改良され発表されますが、ホフジンサーの名前は全くクレジットされていませんでした。特にエドワード・マルローの場合には、いつものことながら、あいた口が塞がらないくらいにあきれることが続きます。マルローは1945年から数冊の本に、いろいろ違った内容の改案を発表していますが、全てにおいてホフジンサーの名前には一言もふれていませんでした。いずれもホフジンサーの三つの方法に関連したものと言ってもよい内容でした。

エドワード・マルローは上記のような問題がありますが、予想以上に多くの改案を発表していたことには驚きました。特に次々と数枚のカードをカルすることに関しては、マルローなしにでは現代のような進展がなかったのではないかと思える程です。マルローのすばらしさを再認識した点でもあります。

今回の調査で注目すべき年がありました。1980年から83年です。特に83年で、現代に使われているいくつかの方法が、出揃った印象があります。コンビンシング・コントロールとして現代に使われているフランク・サイモンの方法は、この頃の数冊の本に解説されるだけでなく、ダローがレクチャーやショーで演じて話題となり、広まった印象があります。83年には来日され、話題となりました。また、複数枚を次々にカルする方法も、マルローのクセのある方法ではなく、現代に使われているシンプルな方法が、ディングルやフランク・サイモンにより発表されています。スプレッド・カルを使ったフォースも、現代よく使われるようになったフレッド・ロビンソンの方法が発表されています。そして、この頃に、スプレッド・カルの技法名と原案者のホフジンサーの名前も広く認知され始めました。しかし、83年にラッカーバウマーがカルの用語の使用に対する反論を発表したためか、1995年頃まで、客のカードのコントロールとして使う場合、スプレッド・カルの名前が極端に使われなくなりました。

最初にカルしたカードの下ではなく、上へ次々とカルすることについてですが、意外なことが分かりました。1956年に、マルローが複数枚のカルの方法を初めて発表していますが、この解説だけが上に取る方法でした。「アクション・パーム」の小冊子で「カル・パーム」の名前が付いています。カルしたカードを右手にパームして、その上へ取るわけです。その後のマルローやマルロー以外の発表も、全て下に取る方法になっていました。キムラットが解説で書いていた普通のカルとは、「アクション・パーム」の解説で練習した方法のことでしょうか。これ以外に解説された文献がなかったのが奇妙でした。

そして、今回の一番の驚きは、ダイ・バーノンとの関わりです。バーノンのスプレッド・カルに関した技法や応用作品がないことが不思議でしかたありませんでした。しかし、バーノンほど最も早い時期から深い関わりをもっていたマジシャンが他にいないことが分かりました。1913年には既に応用作品を完成して、多くのマジシャンを煙に巻いていたことが分かったからです。

ホフジンサーの本に解説されている三つの方法

一般にスプレッド・カルといえば、デックを両手の間で広げて、必要とするカードを右指によりスプレッドの下へ引き出して、特定の位置へ持ってゆく技法です。これは、ホフジンサーの本の "Synonymous Thought First Method" の作品の中で解説されています。その解説では、二人の客が思ったカードを、それぞれデックから抜き取らせています。1枚目をデックの中へ戻させた時に、右中指と薬指によりスプレッドの下側へ引き出します。左親指は直ぐ上のカードを左へ引いて隙間をカバーしています。引き出したカードは、デックをそろえる時にボトムへ持ってきます。2枚目のカードもデックへ戻された後、同様な操作により下側へ引き出し、ボトムへ持ってきています。

二つ目の方法は、" Everywhere And Nowhere First Method " の中で使用された方法で、スプレッド・カルではありません。しかし、その解説に使用されたイラストが、上記とは別なタイプのスプレッド・カル考案に影響を与えたものと考えられます。スプレッドの下へ引き出すのではなく、左親指により上側の左へ引き出した後、最終的にはスプレッドの右端のトップへ持ってくる方法です。「エキスパート・カード・テクニック」のスプレッド・カルや、エドワード・マルローの "The Moveable Card Pass" に影響を与えたと考えています。このスプレッド・カルを、原案がホフジンサーであると強く主張していたのはリチャード・カウフマンです。1992年のMAGIC誌12月号にその記事が掲載されています。また、2005年のGenii誌11月号「ホフジンサー特集」にも、同様な記載があります。しかし、ホフジンサーの本のイラストにより、ホフジンサー自身が上側へ引き出すスプレッド・カルをしていたとするのは、納得できるものではありません。解説文の方では、そのような記載になっていないからです。問題は、解説文が文章不足のために、理解しにくい記載であったことです。ただし、このイラストが、その後のスプレッド・カルにインスピレーションを与えたことは、ほぼ間違いないと私も思っています。この解説文とイラストについての詳細は、後の補足で報告させて頂きます。

三つ目の方法はフォースです。" Everywhere And Nowhere Second Method " の中で使用された方法です。これもスプレッド・カルから少し外れますが、その後のスプレッド・カルを応用したフォースの原点になるといえます。デックをファンに広げて、ボトムカードを横向きのままファンの下へ移動させます。客に選ばせたカードの部分でファンを分離させ、上側のボトムへフォースすべきカードを加えて、そろえたこのパケットのボトムカードを覚えさせています。その後、これを紹介していたのが1948年の Arthur H. Buckley の本で、「ホフジンサー・ファン・フォース」の名前をつけていました。1970年代まで、この分野でホフジンサーの名前が登場しないと書きましたが、これだけが例外です。ホフジンサーの本のフォースそのものを解説していたからです。このファン・フォースを楽に行えるように改案していたのがダイ・バーノンです。1960年に発行されたルイス・ギャンソン著「ダイ・バーノン・モア・イナー・シークレット・オブ・カードマジック」の中で、「ファン・フォース」として解説されています。また、1962年のハリー・ロレイン著「クロースアップ・カードマジック」の「ファン・プレディクション No. 2」で使われたフォースも少し違った改案となります。1969年のウォルター・ギブソンの本では、両手の間でスプレッドして、ボトムカードをスプレッドの下へ引き出して行う方法に変えられています。しかし、タイトルは「ファン・フォース」のままとなっていました。

ファン・フォースとスプレッド・カルを合体させたのが、1947年のエドワード・マルロー著「マルロー・イン・スペード」の小冊子に解説された「インパーフェクション・フォース」です。また、最近になって、割合と使用されているフレッド・ロビンソンの「アルティメット・フォース」も同様な改案といえます。それぞれのファン・フォースはボトムカードを使っていましたが、マルローやロビンソンの方法では、フォースカードをスプレッドのトップ近くにもってきて下側へ引き出しているのが特徴です。後はファン・フォースと同様に行ってフォースしています。 ところで、トップカードを使用して同様なフォースをする方法も発表されているのですが、これについては、後の補足で報告することにします。

(補足2)上側へ引き出す方法のように思えるイラストとそうではない解説文
ホフジンサーの本のイラストでは、左親指で上側へ引き出すスプレッド・カルを行っているように見えます。その理由は、上半分が少しスプレッドされており、下半分のトップにあった客のカードが、スプレッドの上に乗っている状態で描かれているからです。引き出したカードを右端のトップへ移動させている途中のように見えます。解説文を読みますと、引き出すことはしておらず、スプレッド・カルではないことが分かります。文章不足で理解しにくい解説ですが、次のように行っていたと解釈できます。デックの中央でカットして、下半分の上へ客のカードを戻させ、上半分をその上へ戻しブレークをつくります。ブレークから上半分を取り上げ、シャフルする方法で下半分の中へ押し入れる操作を行います。しかし、実際には下半分のトップカードを保持して、その下へ入れています。これにより、客のカードがトップになります。この解説は、本来の解説文から離れた記載にならないようにしたため、分かりにくい部分がありましたらご容赦下さい。本の解説では、上半分をスプレッドすることの記載が一切ありません。その点が不可解で、カウフマンも解説文(英訳)に問題があると指摘しており、イラストの方を重視しています。ところで、当時のシャフルは、両手のファンをかみ合せて行う方法が、割合行われていたようです。そこで、私の考えでは、そのシャフルを行っているように見せて、上記のようにフォールス・シャフルしていたのかもしれません。そうであれば、解説にスプレッドの用語をわざわざ入れていなかったことも納得できます。そして、イラストはシャフルをそろえる過程を描いたものではないかと考えることが出来ます。あくまでも私の推測です。

(補足3)マルローとロビンソンのスプレッド・カルを使ったフォースについて
最近では、フレッド・ロビンソンの「アルティメット・フォース」がかなりポピュラーになっています。たぶん、1995年に発行されたロベルト・ジョビー著「カード・カレッジ Vol. 1」の中で「アンダー・スプレッド・フォース」として解説されていたからかもしれません。マジック書の中でもよく売れた本ですので影響力があります。2000年には日本語訳版が発行されています。この本では、ジョビーが少し改良して、アウトジョグを加えています。本来の方法は、1981年のロビンソンのレクチャーノートに解説されていますが、アウトジョグはされていませんでした。また、1982年の「ケン・ブルック・シリーズ 6 」にも解説されています。なお、1993年にデビッド・ソロモン、1995年にはダーウィン・オーティスが作品に使用しています。しかし、何故か、ロビンソンの名前をクレジットしていませんでした。いずれにしても、この頃にはロビンソンのフォースが割合と使用されていたようです。ところで、ロビンソンのフォースと同様な方法が、1947年にマルローにより発表されています。マルローの場合、デックを客にシャフルさせてから行える点がすばらしいのですが、1枚のマークしたカードが必要となります。そのためか、マルローの方法は、その存在があまり知られていないような印象をうけています。

(補足4)トップカードを使用するフォースについて
有名なのは、1966年にパンフレットで発表されたトニー・トリノ・カルディロの「シンプル・サイモン・ムーブ」です。トップカードを右手に取った後、その上で両手の間でのスプレッドを始めています。この後は、ファン・フォースと同様に行って、このカードをフォースすることになります。「まえがき」の中でカルディロは、これは自分のオリジナルではなく、以前に文章化されていたものですが、それを見つけることが出来なかったと報告しています。そうであれば、サイモンとは考案者名を意味しているのではなさそうです。「シンプル・サイモン」で調べますと、「マザーグース」に登場する、お人好しだけどまぬけな人物であることが分かりました。つまり、解説を読めばまぬけな方法ですが、にくめない方法といった意味にとればよいのでしょうか。よく分かりません。ところで、これとほぼ同じ方法が、1938年の「グレーター・マジック」に発表されていることが分かりました。「ザ・スリップ・ロケーション」のタイトルで解説されていますが、誰の方法であるのかの記載がありませんでした。さらに、これと同じ方法が、1918年のマジック誌「マジック・ワールド」Vol.2の4月発行号の中で、「ニュー・カード・フォース」として発表されていました。やはり、考案者名がありません。そして、全てにホフジンサーのファン・フォースとの関わりの記載もありませんでした。

カルとスプレッド・カル、その他の用語について

カルとしか書かれていない場合、スプレッド・カルではないことがあります。ギャンブルにおいて、勝負を有利にするためのカードを集める方法が解説されている場合があるからです。オーバーハンド・シャフルを使って、必要なカードを特定位置へ集める方法が数冊の本に解説されています。特に有名なのが、アードネスの「エキスパート・アット・ザ・カードテーブル」の本です。なお、スプレッドを使用するカルでも別タイプのものがあります。目的のカードをイン・ジョグして、スプレッドを閉じた後に抜き出してトップにもってくる方法があるからです。

ランダムハウス英和大辞典によりますと、カル"cull"とは「選び取る、(上等の部分)を集める、不要品をはねる、(花を)つむ、集める」といった意 味が記載されていました。ジョン・ラッカーバウマーはカルとコントロールの違いを、1983年の「ファクシミリ」の中の「オン・ザ・スプレッド・カル」の記事で報告しています。私が面白いと思った記載の一つに、客が選んだカードを使うのがコントロールで、演者が選んだカードの場合にはカルと書いていました。あくまでもラッカーバウマーの考え方で、これ以外が間違いとはいえません。しかし、そのような点からいえば、ホフジンサーの本に解説されていたのは、2枚の客のカードを1枚ずつボトムへコントロールしていたことになります。ラッカーバウマーも、これはカルではなく、アンダー・ザ・スプレッド・コントロールであると指摘していました。また、ホフジンサーの本にもカルとは書かれていません。1940年の「エキスパート・カード・テクニック」の場合は、演者が必要とする4枚のエースを集めることに使用されていますので、スプレッド・カルの名前がふさわしいといえます。ところで、その後、この名前は長い間使用されていません。ハッキリとした用語として再登場するのは、1980年のダローの作品集 "Secrets of A Puerto Rican Gambler"です。「ホフジンサー・スプレッド・カル」の名前で紹介されています。この頃は、1982年のディングルの本や、1983年のフランク・サイモンの本でも、スプレッド・カルの名前が使われています。さらに、上記の83年の「オン・ザ・スプレッド・カル」にも使われていますが、これは、その使い方を批判する意味で書かれていたようです。その後は、この影響か、再びスプレッド・カルの名前を見かけなくなります。「ホフジンサー・スプレッド・パス」や「アンダー・スプレッド・コントロール」の名前の方が主流になります。ところが、1995年のロベルト・ジョビー著「カード・カレッジ Vol.1」以降、また、「スプレッド・カル」の名前がよく登場するようになります。1996年のポール・カミンズの作品にも使われています。現代では、スプレッドの下へ引き出す操作そのものが、スプレッド・カルの名前で呼ばれているようです。「カル」が、これまでの「選び出して集める」の考え方から、かなり変わってきている印象があります。なお、マルローの場合、カルの名前をつけた技法名がいくつかありますが、客のカードをコントロールする場合は、カルの名前をつけていませんでした。

ところで、奇妙な呼び名が「スプレッド・パス」です。これについて、少し説明を加えておきます。1970年代にアッカーマンが3冊の本で、「コンビンシ ング・コントロール」の元になるのは「ホフジンサーのスプレッド・パス」と書いていました。ホフジンサーの名前をこの技法で初めて文献上に登場させたのはアッカーマンです。客のカードを移動させるわけですから「スプレッド・パス」の名前も悪くありません。1980年以降も、この名前を受け継いで使って いたのはスティーブン・ミンチです。彼が関わった数冊の本で、この名前を使っていました。ところで、問題に思える点が二つあります。ホフジンサーの本でこの用語が使われているのですが、そのような理由で、この名前を使っていたのであれば問題です。本を読みますと、スプレッドから引き出してボトムへ持ってくるまでの操作には、この名前を使っていません。その後、ボトムカードを左手にパームして取ってしまう部分で、ホフジンサーのオリジナルなパスと書かれていました。つまり、現代では「ホフジンサー・ボトム・パーム」と呼ばれている部分です。そして、もう一つの問題が、ル・ポールの本にあるスプレッドして行うパスとの関連です。ホフジンサーの方法も同様なパスと思い、間違った思い込みをしてしまう恐れがあることです。そのような点で、私はスプレッド・パスの名前を使わない方がよいと思いました。

「エキスパート・カード・テクニック」でのスプレッド・カルについて

私の調査では、スプレッド・カルの名前が初めて登場するのは、ヒューガード&ブラウエ共著「エキスパート・カード・テクニック」です。ところで、この本の方法はスプレッドの下へ引き出す方法ではありません。上側へ引き出す方法です。両手の間で表向きにスプレッドしますが、外エンドを少し持ち上げて表が客に見えないようにしています。エース・カードが見つかれば、左親指で上側の左へ引き出し、その後、右端のトップに集めています。これを他のエースでも同様に行います。このままデックをそろえて裏向ければ、4枚のエースがボトムに集まっていることになります。トップに4枚のエースを集めたい場合は、ボトムの4枚をオーバーハンド・シャフルにより、トップへ移すことになります。この方法は、上記にも報告しましたように、ホフジンサーの本のイラストから影響をうけて考案されたものではないかと思っています。この画期的な方法が誰のものであるのかの記載がありません。当時の一部のマニアやマジシャンの間で知れわたっていた方法であったのかどうかも分かりません。私は著者のヒューガードやブラウエの考案の可能性は少ないと思っています。この本の特徴は、考案者名が書かれていないものが多いことです。ヒューガードはニューヨークなどの東海岸を中心に集めたものであり、ブラウエは西海岸で、チャーリー・ミラーより見せてもらったものを勝手に文章化したものが中心になっています。当時のダイ・バーノンは、ニューヨークを中心に活動しており、チャーリー・ミラーとは以前からの深い交流関係にありました。そういった点で、この本にはバーノンの考案が多数含まれているとうわさされているのですが、このスプレッド・カルもバーノン考案の可能性がないとはいえません。

ダイ・バーノンとスプレッド・カル

1913年にダイ・バーノンがカナダからニューヨークを訪れた時には、既にスプレッド・カルを使ったマジックを完成させ実演していたことが分かりました。1915年からニューヨークに移り住みますが、それを使ったマジックで多くのマジシャンやマニアを煙に巻いていたようです。ホフジンサーのカードマジックは、1910年にドイツ語で発行されていただけです。英語版での全訳発行は1931年です。つまり、1910年代や20年代のアメリカでは、スプレッド・カルの存在を知っているマジシャンやマニアがほとんどいなかったと言ってもよい状況です。そうであるにも関わらず、バーノンはスプレッド・カルを使った作品を既に演じていたわけです。私は長い間、バーノンの発表作品の中に、スプレッド・カルを使ったものがないので不思議に思っていました。しかし、1988年の「バーノン・クロニクル Vol. 2」の中で、初めて、これを使った作品が解説されたのを読んで驚きました。"Driven to The Depths"のタイトルの作品ですが、1913年には既に演じていたことが記載されていたからです。バーノンがカナダにいた学生時代に、世界で活躍しているカナダ・マジシャンの Allen Shaw よりスプレッド・カルの存在を教わりました。そして、それを使ったマジックを完成させたわけです。

バーノンは1894年のカナダ生まれで、小さい頃より「エキスパート・アット・ザ・カードテーブル」を読み、また、他の多数のマジック書を読むだけでなく、プロギャンブラーやマジシャンとも交流していたようです。ニューヨークへ移ってからの1910年代や20年代のバーノンは、マニアやマジシャンを不思議がらせるマジックに徹していたようです。基本的に秘密の公開を好まず、発表されているバーノンの作品は一部分と言ってもよいようです。ティルトもマルローが公表しなければ、一部のマニアだけしか知らない特別の技法のままであったかもしれません。1987年から89年までに、「バーノン・クロニクル」Vol. 1からVol. 3まで発行され、多数の作品や技法が発表されることになりました。このように、それまでに秘密にされてきた多数のことが公開されたのは、バーノンが最晩になったことと、スティーブン・ミンチや多くの協力者の存在により実現できたものと思われます。

(補足5)バーノンの作品"Driven to The Depths"について 現象は、デックのトップから指定された枚数目のカードを覚えてもらうのですが、表向きにした下半分の指定されたカードの間で裏向きに現れます。そして、これがもう一度繰り返されます。方法は、スプレッド・カルを使って客のカードを下側へ引き出し、下半分の特定の位置へ差し込んでいるわけです。ところで、第2段での同じサンドイッチ現象の繰り返しは、同じ方法を使っていない点がバーノンらしい巧妙さがあります。第1段が終わった後、客のカードを抜き出しますが、スプレッド・カル的操作とボトムディールのコンビネーションによるカードのすり替えが行われています。なお、このすり替えのために、事前にボトムには1枚の裏向きカードがある状態にしています。

エドワード・マルローの改案と応用の歴史経過

マルローはスプレッド・カルに関して、多数の改案や応用を発表して大きな貢献をしています。しかし、この分野ではコンビンシング・コントロール以外はあまり知られていません。しかも、それには、マルローの独自性がほとんどないことが、その後になって分かってきました。マルローの問題点は、ホフジンサーをクレジットしなかっただけでなく、何を元にしていたのかも書かなかった点です。いろいろ問題がありますが、新しい発想や改良があり、目がはなせないのもマルローです。特に複数のカードを次々にカルすることに関しての発想にはすばらしいものがあります。そこで、マルローは何を発表してきたのかを、少し長くなりますが、最初の発表から順に紹介することにしました。

最初にマルローの方法が登場するのが、1945年の「ヒューチャー・リバース」の小冊子です。1枚のカードをピークにより覚えさせ、ブレークを保ち、両 手の間でスプレッドする時にピークカードを下側へ引き出します。スプレッドの中に表向けられていたカードをアウトジョグしてデックをそろえる時に、この カードの下へすべり込ませています。技法名の記載はありません。1945年には"Moveable Card Pass"を考案していたと、1969年のニュートップス誌3月号には書かれており、その方法が解説されています。左親指で客のカードをスプレッドの上へ引き出す方法で、「エキスパート・カード・テクニック」が表向きでカルとして使っていたのに対して、裏向きにして、客のカードをパス(コントロール)するものに変えた方法となっています。

1947年に「マルロー・イン・スペード」の小冊子が発行され、「インパーフェクション・フォース」が解説されます。フォースカードのバックにマークをつけており、デックを客にシャフルさせた状態から始めています。マークカードがデックの上部になるようにカットして、両手の間でスプレッドして、マークカードを下側へ引き出します。後は、ファン・フォース同様に分割して、そろえた右半分のパケットのボトムに加えて、このカードを客に覚えさせます。結局、この当時の上記のマルローの三つの方法が、ホフジンサーが元になる三つの方法と一つずつ関連していることが面白い点です。

1956年の「アクション・パーム」の小冊子には「カル・パーム」が解説されています。ここでは例として、4枚のエースを演者が必要なカードとして集め ていますので、カルの名前が使用されています。表向きでスプレッドして、下側へ引き出したエースを右手にパームし、その上へ別の引き出したエースも次々と加えてゆく方法です。

1962年の「エスティメーション」の小冊子には「オーダー・カル」が解説されます。例として、クラブのAから4までをトップに集めるだけでなく、順番に並べています。Aと2、3と4をペアとして扱います。例えば、スプレッドして2が見つかれば、それを下側へ引き出し、ペアとなるAの横へ差し込み、2枚の下にブレークをつくり、そこでカットして上半分を下へまわします。さらにスプレッドして3が見つかれば、ペアとなる4の横へ差し込み、この2枚の下にブレークをつくります。その後は、オーバーハンド・シャフルにより4枚がトップに順番に並ぶようにしています。または、ブレークで二つに分けて、リフル・シャフルでトップに4枚が並ぶようにしています。

1964年の「フェロウ・コントロール・ミラクル」の「プレイスメント・カル」では、数枚のカードをバラバラに特定位置へ配置することが出来ます。例では、4枚のエースをトップから6枚目ごとに配置されるようにカルしています。エースがトップから6-12-18-24枚目に配置されることになります。シンプルな方法の解説では、デックを表向きにして、一番上に1枚のエースがある状態にして開始しています。上からエースを含めて6枚を右手に取り、その上でデックを広げ始めます。2枚目のエースが見つかったら、その上で分離してエースの存在を示します。このエースとその下側の5枚をいっしょにして、右手スプレッドの下にある6枚のパケットの下へ加えることになります。これ以外の左手のカードは、右手スプレッドとその下のパケットの間で広げる操作を続けます。以上の操作を他のエースを見つけた時も同様に行います。最初に右手で取った6枚のパケットにより、その後の操作が割合スムーズに行えます。

1966年の「ニュートップス」誌6月号の「プレイヤー・カル」は、マルローの代表的なカル操作となります。例では、4枚のエースをカルによりトップへ集めています。両手の間で表向きに広げ始め、最初のエースが見つかれば、そのエースとその上部全てのカードをそろえて右手に取ります。このパケットの上でカードを広げる操作を続けますが、2枚目のエースが見つかれば、それを右手スプレッドの下にあるパケットの下へ引き取ります。さらに広げる操作を続け、残りの2枚のエースも同様に引き出して、右手パケットの下へ加えています。このカルを行う時の両手の形が、お祈りをしているように見えるので、この技法名がつけられたようです。

1969年の「ニュー・トップス」誌3月号には"Moveable Card Pass"が解説されます。それについては、既に紹介ずみですが、1945年以降の応用作品が解説されています。

1970年の"The Hierophant 3"に、その後、有名になる「コンビンシング・コントロール」が発表され、三つの方法が解説されています。最初の二つは、客のカードを戻させて、そのカードだけ広く開いた状態にしているのが特徴です。第1の方法は裏向きのままで行っており、マルローの「プレイヤー・カル」が元になっていると書いています。第2の方法は、スプレッドの外方を起こし表を示して、広げられた客のカードを確認させています。これは、マルローの"Moveable Card Pass"の考え方を取り入れたと書かれています。しかし、これらと同様な発想は、1952年に、エドワード・ビクターの方法として、既に発表されていました。第3の方法が、客のカードをアウトジョグする方法です。これが、その後、コンビンシング・コントロールを代表するものとなります。しかし、アウトジョグする発想は、ラリー・ジェニングスにより行われていたもので、アルトン・シャープを通じて、マルローに伝わっていたことが知られています。この点についての詳細は、1997年発行のリチャード・カウフマン著「ジェニングス 67」に報告されています。2010年には、この本が日本語訳され、東京堂出版より発行されていますので、是非、お読み下さい。結局、マルローは自分が既に発表した技法が元になったと書いただけで、他の誰の名前もクレジットしていなかった点が問題といえます。

1972年の「カバラ」誌9月号に「サイド・ジョグ・カル」を発表しています。例として、4枚のエースをスプレッドの下へ次々に引き出していますが、完全には引き抜かず、大きくサイドジョグした状態にしています。それを後で引き抜くことになります。

1976年の「マルロー・マガジン Vol.1」に、「マイ・ベスト・ナンバー」の作品が解説されています。その方法に近い作品が、「カード・カレッジ Vol.1」の「魔法の電話番号」となります。

1979年の「マルロー・マガジン Vol.3」には、「レス・アウト・コンビンシング・コントロール」と「コンビンシング・コントロール・リバース」が解説されています。前者はアウトジョグしない方法の改案で、後者は客のカードのリバースが加わっています。

1983年の "Marlo Without Tears" には「コンビンシング・コンビンサー」が解説されていますが、これは、フランク・サイモンの方法とほとんど同じになっています。1984年の「マルロー・マガジン Vol. 5」には、多数の改案が発表されています。「マルロー・カル」は、4枚のエースをカルする例として、表向きにスプレッドして最初の5枚を前後にずらし、その後にカルするカードが見えないためのカバーをつくっています。そして、次の6枚目のカードをカルして、このカードで右手のスプレッドを支え、次のエースをカルする時には、このカードの下へ引き取っています。「ニュー・アプローチ・コンビンシング・コントロール」には六つの方法が解説されています。私が面白いと思ったのは、アウトジョグした客のカードをダイレクトにボトムへ移動させていた方法です。ただし、このような発想は、1978年にアッカーマンが既に発表していたのですが、そのことはクレジットしていませんでした。マルローの画期的な発表が「マルティプル・コンビンシング・コントロール」です。数人の客のカードを次々にアウトジョグしてコンビンシング.コントロールしていました。これら以外にもいくつかの方法を発表していますが、ここでは割愛します。

1986年の35年ぶりのレクチャーノートでは、「マルティプル・コンビンシング・コントロール」の簡易版が解説されています。

1993年に「カードマジック・オブ・エドワード・マルロー」が発行され「カル・コントロール・カード」が解説されます。「マルロー・マガジン Vol.5」の「マルロー・カル」を応用して、複数の客のカードを次々に戻してもらい、カルしてボトムへコントロールしています。「マルティプル・コンビンシング・コントロール」のようにアウトジョグする方法は、マニアに通用しなくなったと書いていました。マルローは1991年に死亡しています。この本は1985年以降に発表された内容から選んでまとめたものです。

コンビンシング・コントロール発表後の改案から現代の方法まで

マルローがコンビンシング・コントロールを発表することになったのは、アッカーマンが自分の改案方法を発表したいとの申し入れが1969年にあったからのようです。マルローの方法は、アッカーマンとラッカーバウマーには見せていました。その結果、マルローが1970年に発表した同年にアッカーマンの方法も発表されています。彼の作品集「カード・マフィア・イフェクト」に「カード・パス」として解説しています。スプレッドして客の指定した位置で分割して、左手パケットのトップの2枚を重ねて1枚として右手スプレッドの左端に取ります。右手スプレッドの表を示し、左端の客のカードを覚えてもらいます。右手スプレッドを裏向きに戻してから、スイッチとアウトジョグが行われます。なお、この解説の中で、マルローの方法は「ホフジンサー・スプレッド・パス」を改良したものと記載していました。

1971年にアッカーマンは "Esoterist" を発行し "Ackerman Vsries Kelly" を発表しています。これはスプレッドしていませんのでスプレッド・カルではありません。しかし、コンビンシング・コントロールの応用技法となります。分割した右手パケットのボトムを示した後、すり替えたボトムカードをアウトジョグしています。

1978年に発表された Harvey Rosenthal の「アウトジョグ・プレイスメント」は、上記のアッカーマンの方法の改案です。やはり、スプレッドしていません。カール・ファルブスの「パケット・スイッチ 3」に解説されています。

1978年にはアッカーマンの3番目の作品集 "Here's My Card" が発行され、「ニュー・コンビンシング・コントロール」が発表されます。本当にアウトジョグした客のカードを、ダイレクトにボトムへ持ってくる方法です。

1978年にはアールネルソン著「バリエーション」も発行され、その中にフランク・サイモンの方法が解説されています。現代では、サイモンの方法が、一般的なコンビンシング・コントロールの方法として行われています。客がタッチしたカードの下でスプレッドを分割し、右手スプレッドの外方を起こして表を示し、左端のカードを覚えてもらい、スプレッドを裏向きに戻す操作の中で、すり替えとアウトジョグが行われます。「カード・カレッジ Vol.3」のこの技法の解説は、サイモンの名前が書かれていませんが、彼の操作とほとんど同じですので参考にして下さい。

1981年のダローの小冊子にも、フランク・サイモンの方法が解説されます。

1983年にフランク・サイモン著 "Versatile Card Magic" が発行され、本人による正式な解説がされることになります。

1983年にはマルローが "Marlo Without Tears" の中で「コンビンシング・コンビンサー」を発表していますが、フランク・サイモンの方法とほとんど変わりありません。

1984年の「マルロー・マガジン Vol.5」に、マルローの「マルティプル・コンビンシング・コントロール」が発表されます。複数枚の客のカードを次々とコンビンシング・コントロールする方法です。

1986年のラリー・ジェニングスの本で "Immediate Bottom Placement" が発表され、アウトジョグを取り入れたのは、こちらが先であったことが報告されます。見た印象はフランク・サイモンの方法と似ていますが、大きな違いは、スプレッドを裏向けてから、カードのすり替えとアウトジョグが行われている点です。また、アッカーマンの方法との違いは、左手パケットのトップの2枚を重ねて、右手スプレッドの左端に取っていない点です。

マルロー以外の人物による主な改案と応用

1970年以前で、スプレッドの中から下へ引き出す方法を使って発表していたのは、エドワード・ビクターだけでした。彼の方法は、1952年のWillaneのパンフレットの作品の中で解説されています。両手の間でスプレッドして、客が選んだカードを少し広げ、スプレッドの外方を起こして表を示し、広がった部分の客のカードを覚えてもらいます。スプレッドを裏向きに戻す時に客のカードをスプレッドの下へ引き、その左側のカードを客のカードがあった位置へ移動させています。1940年の「エキスパート・カード・テクニック」は上へ引き出す方法であり、1948年の「ロイヤルロード・ツー・カードマジック」では、ボトムカードをスプレッドの中の特定のカードの隣へ持ってくる方法です。それ以外は、ファン・フォースの改案が発表されているだけでした。

1970年代は、コンビンシング・コントロールの改案の発表が中心となりますが、1975年のマーチン・ナッシュの作品だけ、スプレッド・カルを使った作品発表でした。

1980年のダローの作品集において、「ホフジンサー・スプレッド・カル」の名前で二つの方法が解説されます。一つは表向きにスプレッドして、客が指定したカードを示した後、スプレッドの下へ引き出す方法です。二つ目は、やはり表向きにスプレッドして、必要な1枚を左親指で左上方へ引き出す方法です。後者を先の方法のアップ・サイド・ダウンさせたものとして紹介していました。

1982年のディングルの本の「ユニバーサルカード」の作品の中では、3人のカードをデックへ戻させてはカルする方法を解説しています。1983年のフランク・サイモンの本には、彼のコンビンシング・コントロールだけでなく、表向きで4枚のエースを次々にカルする方法を解説しています。1986年のラリー・ジェニングスの本でも、コンビンシング・コントロールの元になるジェニングスの方法の解説だけでなく、バーノンのウェッジを使った「ウェッジ・カル」も解説しています。その後、1995年まで、1枚のカードのコントロールとしての使用や、フォースとして使用する作品がいくつか発表されますが、スプレッド・カルの名前をほとんど見かけなくなります。

1995年にドイツ語を英訳したロベルト・ジョビーの「カード・カレッジ Vol.1」が発行され、スプレッド・カルの名前で、1枚のカードと複数枚のカードのカルが解説されます。1996年のポール・カミンズの「コレクター」で複数枚のスプレッド・カルが使われ、その後、カル使用作品が多くなります。

2002年のダーウィン・オーティスの本での「アルティメット・オイル・アンド・ウォーター」では、スプレッド・カルによるデックの赤黒分離が行われています。

そして、2004年頃には、コスチャー・キムラットが「ロードランナー・カル」を発表しており、すばやく多数枚のカードをカルする方法の詳細が解説され ます。最近ではDVDも発売され、これまで以上にスプレッド・カルの認知度と使用者が増えることになります。

複数枚のカルと、先にカルしたカードの上下のどちらに取るかについて

複数枚のカルの方法は、1956年のマルローの「アクション・パーム」の小冊子に初めて登場しますが、重要な発表は1966年の「プレイヤー・カル」です。この技法の原案者をクレジットする場合に、ホフジンサーの名前をあげるだけでなく、マルローの「プレイヤー・カル」を記載する著者も少なくありません。これが、先にカルしたカードの下側へ次々にカルする方法を確立したものでもあるからです。しかし、現代の方法とは、かなり違った印象を受けます。トップ数枚のパケットを右手に取ってから、その上でスプレッドしているからです。そのパケットにより、右手のスプレッドを安定させるだけでなく、その後のカルすべきカードをスムーズにそのパケットの下側へ引き取ることが出来ます。1980年代に入って、ディングルとフランク・サイモンが、シンプルでダイレクトな方法を発表しています。最初にカルしたカードに、上記のパケットと同じ役割を持たせ、次にカルするカードをスムーズに下側へ引き取っています。その後、マルローも改良した方法を発表しますが、最初に関係ない1枚をカルしてから行っています。このカードを、上記と同様な役割を持たせているのですが、わざわざ不要なカードをカルする必要性が感じられません。86年には、ジェニングスの「ウェッジ・カル」も発表されていますが、これら全てが、先にカルしたカードの下側へ取る方式です。ところで、このような複数枚のカルで、1980年より前の発表は、二つしか見つけることが出来ませんでした。

いずれも冒頭で紹介しましたマルローの二つに方法です。「プレイヤー・カル」は下側にとる方法ですが、1966年当時のマジック誌「ニュートップス」を購入していた人にしか知ることが出来ない内容です。それに比べて、「アクション・パーム」の小冊子は発行部数が多く安価で、アメリカではほとんどのマニアがもっていた可能性があります。これだけが、先にカルしたカードの上に取る方法で、これを元にして練習した人も多いはずです。キムラットが書いていた上側に取る普通のカルとは、これ以外で考えつくことが出来ませんでした。

ところで、海外ではなく、日本ですばらしい文献が発行されていました。これも意外なことでした。1970年に発行された加藤英夫氏の研究書「スライドアウト・スライドインの研究」です。ダイ・バーノンにその中の作品を見せた時に、後でバーノンより1回だけ見せられたのが、複数枚のカードをカルするマジックであったそうです。ジミー・グリッポが演じていた現象で、客が指定した数のカード4枚が、表向きにスプレッドして調べると消失しており、内ポケットから取り出されます。彼らの方法が、上側に取っていたのか、下側であったのかが分かりません。また、マルローの方法の改案か、独自に考案されたものであるのかも分かりません。しかし、いずれにしましても、上側に取るのは下側より難しい印象があります。2002年の Genii Forum で面白い報告を見つけました。ポール・カミンズの複数枚のスプレッド・カルを行う方法についてのコメントです。「1枚のカルは出来るが複数枚はかなり難しい」と言っている人のほとんどが、上側に取る方法で行っていたことが分かったと書いていました。上側に取るのが間違いとは言えませんが、「ロードランナー・カル」を知った現状では、下側に取る方が有利であると実感しています。

おわりに

今回の調査により、マルローのすごさと面白さを再認識することが出来ました。さらに、それ以上に、ダイ・バーノンの表には見せなかった隠れたすごさに思い知らされました。いろいろ調べましたので、もっと書きたいことがありました。スプレッド・カルをうまく行うための注意点や、左指と右指の使用の問題、そして、スプレッドすることの意味付けなども取り上げればよかったのですが、長くなりますので割愛しました。今回のコラムは最も長い報告となり、もっと短くすることも考えましたが、全てをそのまま報告することにしました。

最後に、スプレッド・カルに関する参考文献一覧を掲載することにしました。1995年頃までは、それを使用した作品も出来るだけ取り上げています が、95年以降は代表的なものだけにしましたことをお断りしておきます。

■Spread Cull 参考文献一覧
1910 Ottokar Fischer J.N.Hofzinser Kartenkunste(ドイツ語)
 1931 S.H.Sharpe 英訳 Hofzinser's Card Conjuring
 1973 上記英訳本 Karl Fulves 発行
 1986 上記英訳本 Dover 社発行
1940 Jean Hugard & Frederick Braue Expert Card Technique Spread Cull
1945 Edward Marlo Future Reverse Method 3 の中で解説
1947 Edward Marlo Marlo in Spades Imperfection Force
1948 Jean Hugard & Frederick Braue The Royal Road to Card Magic
      Sliding Key Card  Ewephindit
1952 Edward Victer Willane's Metheds for Miracles No.8 Card In The Aces
1956 Edward Marlo Action Palm The Cull Palm
1960 Dai Vernon Lewis Ganson 著 More Inner Secrets of Card Magic Fan Force
1962 Harry Lorayne Close-Up Card Magic Fan Prediction No.2
1962 Edward Marlo Estimation Marlo's Order Cull Five Card Order Cull
1964 Edward Marlo Faro Controlled Miracles Marlo Placement Cull
1966 Edward Marlo New Tops 6月号 The Prayer Cull
1966 Tony T. Kardyro Simple Simon Move
1969 Edward Marlo New Tops 3月号 The Moveable Pass
1969 Walter B. Gibson The Complete Illustrated Book of Card Magic Fan Force
1970 加藤英夫 カードマジック研究シリーズ  スライドアウト・スライドインの研究
1970 Edward Marlo The Hierophant 3 Convincing Control
1970 Allan Ackerman Magic Mafia Effects A Card Pass
1971 Allan Ackerman The Esoterist Ackerman Varies Kelly
1972 Edward Marlo Kabbala 9月号 The Side Jog Cull
1974 Jerry Mentzer Cavalcade 2 Cull Speller
1975 Martin A. Nash Ever So Sleightly (Stephen Minch著) Turncoat P.105
1976 Edward Marlo Marlo's Magazine Vol.1 My Best Number P. 213
1977 Harvey Rosenthal Packet Switches Part 3 Outjoged Placement
1978 Allan Ackerman Here My Card New Convincing Control
1978 Earl Nelson Variations Pass The Sandwith(Frank Simon の方法を解説)
1979 Edward Marlo Marlo's Magazine Vol.3 Convincing Control(二つの方法) 
1980 Daryl Secrets of a Puerto Rican Gambler Hofzinser Spread Cull
1981 Fred Robinson Fred Robinson's Lecture Notes Ultimate Force
1982 Derec Dingle The Complete Works of Derek Dingle (Kaufman著) P. 17
1982 Daryl For Your Entertainment Pleasure Frank Simon's Variant Handling
1983 Frank Simon Versatile Card Magic Versatile Outjog Control Spread Cull
1983 Jon Racherbaumer Facsimile 1 On The Spread Cull
1983 Edward Marlo Marlo Without Tears Convincing Convincer
1983 Daryl だろーのかーど奇術(高木重朗著) コンビンシング・コントロール
1983 高木重朗編 カードマジック事典 スプレッド・カル(1) P.25、(2) P.26
1984 Edward Marlo Marlo's Magazine Vol.5 Multiple Convincing Control 
     New Appraoch Convincing Controls  The Marlo Cull
1986 Larry Jennings The Classic Magic of Larry Jennings (Mike Maxwell 著) 
     Immediate Bottom Placement
1987 J.C.Wagner The Commercial Magic of J.C.Wagner (Mike Maxwell 著) P.105
1988 Dai Vernon The Vernon Chronicles Vol.2 Driven to The Depths P.150
1990 Geoff Latta Spectacle (Stephen Minch著) Deadlier Than The Male P.17
1990 Ken Krenzel Close-up Impact (Stephen Minch著) Dorsal Cull
1991 Michael Close Workers Number 2 Spread Double Lift
1991 John Carney Carneycopia (Stephen Minch著) Slick Pip P.194
1993 Edward Marlo The Card Magic of Edward Marlo Cull Control Card
1993 Ernest Earick By Forces Unseen (Stephen Minch著) P.82
1993 David Solomon Magic誌2月号 Three Indicators (Spread Force使用)
1995 Roberto Giobbi Card College Vol. 1 Spread Cull Under-the-spread Force
1995 Darwin Ortiz Card Shark The Unholy Three P.39 The Marker P.76
1996 Paul Cummins Genii Vol.59、 12号 Another Sequestered Collectors
1996 Michael Close Workers Number 5 Culling P.62
1997 Larry Jennings Jennings'67 (Kaufman著) Immediate Bottom Placement
1997 David Solomon Solomon's Mind Miscall Collectors P.69
2000 Simon Lovell Son of Simon Says The Bucket Cull
2002 Aaron Fisher The Paper Engine The Forced Undercover Switch P.61
2002 Darwin Ortiz Scams Fantasies with Cards Ultimate Oil & Water P. 158
2002 John Carney The Book of Secrets Multiple Slip P.278
2004 Juan Tamariz Mnemonica Hofzinser Spread Cull P.334 P.356
2006 Kostya Kimlat レクチャー・コレクション in 箱根 ロードランナー・カル


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