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コラム



第47回 天海ピンチの名前が一般化するまで(2010.9.30up)




はじめに

今回は石田天海氏の「天海ペニー」トリック(ツー・ペニー・トリック)に使用されたバックピンチを取り上げました。これを現代では「天海ピンチ」と呼ばれています。まれに、「天海バッククリップ」と書かれていることもあります。小指と薬指の間へバックピンチする方法ですが、昔から使われている方法の一つと思っていました。しかし、「天海ペニー」のトリックに初めて使われたものであることが、今回の調査によりはっきりしました。

ところで、「天海ピンチ」の名前が一般化するのは、割合、最近になってからのことです。それまでは、「ゴッシュマン・ピンチ」の名前が使われていました。何故なのでしょうか。さらに奇妙なことは、最初に解説された「天海ペニー」のトリックでは、中指と薬指の間でバッククリップするように書かれていたことです。何故このような解説になったのでしょうか。また、天海氏の本来の方法が解説された "Six Tricks by Tenkai" の本の発行年が分からないために、いろいろと支障も発生しました。

あまりにも奇妙な経過が続いていましたので、これらのことを徹底して調べたくなりました。そして、バックピンチが使われた作品を可能な限り探して、いつ頃から「天海ピンチ」の名前が一般化するようになったのかも調べました。いろいろと面白い事実も分かりましたので、古い年代順に報告することにします。しかし、その前に、バッククリップについての報告と、「天海ペニー」のトリックを研究する上で、重要なDVDが発行されていますので、そのことの報告から始めることにします。

バッククリップについて

小指を使ったバックピンチの場合、現代では、ほとんど、天海ピンチの名前で解説されています。しかし、他の指間の場合、バッククリップとだけ書かれています。中指と薬指間にバッククリップする作品が、予想以上に発表されています。また、アメリカのマジック書では、指間にはさむ行為を、クリップすると書いている本を多く見かけます。もちろん、ピンチすると書いていた本もありますが少数です。なお、1900年のネルソン・ダウンズのコインの本では、グリップすると書かれていました。

「天海の秘密」のDVDについて

「天海ペニー」のトリックについては、2008年にマジックハウス社より発行された「天海の秘密」のDVDで、小川勝繁氏が実演・解説されています。石田天海氏のマジックは、二代目天海の松浦天海氏(2008年死亡)が受け継がれました。そして、二代目天海氏より秘密を受け継いだのが小川勝繁氏であり、このDVDはコインマジックを中心にまとめたものです。世界的に大きな影響を与えた天海氏のマジックを、埋もれさせないためにも発表されたDVDです。

「天海ペニー」は1930年代には、既に演じられていましたが、現代でも全く色あせていません。小川氏から何度か直接見せて頂きましたが、種を知っているつもりでも、思わず声が出そうになります。DVDでも、そのすばらしさが分かりますが、直接、演技を見ますと、より一層強烈です。特徴のある操作の関係で、原案のままではマニア相手に通用しにくいマジックとなりました。しかし、一般客相手の場合、大きな効果を発揮するマジックです。DVDの解説により、石田天海氏が実演するにあたって、より深い点まで考えていたことが分かりました。アメリカの小さなペニーコインでは、種の暴露の危険性が少なかったと思います。25セントコインや日本の10円玉、100円玉で演じるにあたり、さらに工夫されたのだと思います。また、天海氏のように、年齢の関係で掌上のコインがすべりにくくなった場合のことも、考えられていたことが分かりました。

文献上で初めて解説された「天海ペニー」トリック

1950年の「ヒューガード・マジック・マンスリー」11月号のマーチン・ガードナーのコーナーで、「天海ペニー」として初めて解説されます。マーチン・ガードナーはソル・ストーンから教わっており、ソル・ストーンは Edmund Balducci より教わっていました。そして、Balducci は1935年頃に天海氏より教わっていたことが報告されていました。ここに書かれた解説とイラストで奇妙に思ったのは、バックピンチを中指と薬指の間でしていたことです。初期の頃は、天海氏がそのようにしていたのかと思ってしまいます。あるいは、ガードナーに伝わるまでに、間違って伝えられたのかとも思いました。

この点については、2003年の Genii Forum の中で、ソル・ストーンのDVD "Quick and Casual Close Up" に、当時のことが報告されていると書かれていました。1945年に Balducci から教わったソル・ストーンは、自分が使いやすいように中指と薬指の間のピンチに変えたそうです。それをマーチン・ガードナーに教えた関係で、そのまま解説されたことが分かりました。

「天海ペニー」以前のバックピンチ

「天海ペニー」のトリックに天海ピンチが使われる以前にも、小指によるバックピンチが使われていました。1900年に発行されたネルソン・ダウンズ著「モダン・コイン・マニピュレーション」の本に、既に登場しているからです。しかし、ステージにおいて、手掌を客席に向けて、後方へ水平に突き出した状態のピンチでした。近くで見ると、指の間からコインのエッジが見えます。天海ピンチの特徴は、小指を薬指の後方へわずかにずらしてピンチすることにより、コインが指の背面へ近づく状態にしていることです。角度的に暴露しにくくなるだけでなく、指間からコインのエッジが見えることも無くなり、強くピンチ出来るので落とす心配もありません。

天海の作品集 "Six Tricks by Tenkai" での記載と発行年

1953年に発行されたローバート・パリッシュ著による天海の作品集です。天海氏の六つのトリックが記載されており、その中で「ツー・ペニー・トリック」のタイトルで解説されています。こちらでは、もちろん、小指と薬指の間でのバックピンチの解説とイラストになっています。

問題はこの作品集の発行年です。発行年の記載がないために、上記のマジック誌より先か後かが分かりませんでした。結局、1953年発行であることが分かりました。「ヒューガード・マジック・マンスリー」の1953年9月号の新刊書の紹介コーナーで取り上げられていたからです。この作品集のことを本やインターネットで調べますと、ほとんどが発行年の記載がされていませんでした。記載があっても、52年や58年といった間違っているものもありました。天海賞の本「ソート・オブ・テンカイ」(1971年)では、1945年以前の戦時中に発行されたと書かれていました。天海氏自身の記載ではありませんので、それが正しいのか間違っているのかの調査に少し時間がかかりました。

実を言えば、この調査が、私にとって最も気になることでした。「天海ペニー」から話が外れますが、"Six Tricks by Tenkai"の作品集には「カード・フライト」も解説されていたからです。これは日本では有名な「フライング・クイーン」の天海氏の最初の解説になります。このトリックが天海氏の原案であるのか、Braue の作品を改案したものであるのかが気になっていました。

Braueの作品は、1948年発行の Hugard & Braue 共著 "Show Stoppers with Cards" の小冊子に「ホーミングカード」のタイトルで解説されています。天海賞の本「ソート・オブ・テンカイ」によりますと、「フライング・クイーン」の日本での実演は、1949年に天海氏が日本へ一時帰国した時に、東京アマチュア・マジシャンズクラブで実演した記録が最初です。もしも、天海氏が原案者でないとしますと、考えられることは、1949年の日本への一時帰国のお土産マジックとして、当時の最新のカードマジックを仕入れ、天海風に改案した可能性です。1948年以前に "Six Trick by Tenkai" が、少部数でも発行されていた記録があるか、天海氏が実演していた記録があれば、「フライング・クイーン」は天海氏が原案者の可能性が高くなります。しかし、今のところ、何も見つけることが出来ませんでした。

数年前に、You tube でフレッド・カップスのこのトリック「ホーミングカード」の映像が話題となり、インターネット上で関連作品の報告もありました。そこには、Braueが原案者で、天海の作品はほとんど話題になっていませんでした。天海氏の方が先に考案されていた事実があれば、面白いことになると思ったのですが、状況をくつがえすことが出来ませんでした。

ゴッシュマン・ピンチを有名にした「ニュー・モダン・コインマジック」の本が発行

1966年にこの本がBobo著により発行されます。1952年に358ページで製作された「モダン・コインマジック」を、519ページまで大幅に増量し発行されたものです。この66年度版に、新たに加えられたのが「ゴッシュマン・ピンチ」の解説であり、それを使った作品の解説も加わりました。「ゴッシュマン・ピンチ」の解説だけで2ページを使い、冒頭には、そのすばらしさを力説しています。それを使った作品として、ゴッシュマンやシュワルツマンの作品だけでなく、天海氏の「天海ペニー」も解説されていました。驚くべきことには、「天海ペニー」の解説においても、ゴッシュマン・ピンチすると書かれていたことです。

ゴッシュマンが活躍するよりも、かなり昔に考案され使われていた天海氏の方法であるのに、ゴッシュマンの名前をつけた技法名で、天海氏のマジックの解説に使われるのは大きな問題です。なお、この本のトリックコインの章で、ゴッシュマンの有名な「サン・アンド・ムーン」が解説されており、これもこのピンチを使う作品でした。

何故このような記載になってしまったのでしょうか。2003年の前記のGenii Forum に、Harvey Rosenthal が当時の状況を生々しく報告していました。「モダン・コインマジック」に新たに加える作品を、Boboがゴッシュマンへ依頼していた時に、ゴッシュマンと同席していたのが Rosenthal であったからです。

1964年のニューヨークで開催されたマジック・コンベンションでのことだそうです。依頼を承諾し、ゴッシュマンが数作品を実演して、Boboがメモを取っていました。バックピンチに関しては、かなり詳しく聞いていたようです。ゴッシュマンは天海の方法であることをクレジットしませんでしたが、Boboはそのことを知っているものと思っていたからのようです。本が発行されて驚いたのは、ゴッシュマンとRosenthalです。ゴッシュマンの名前が付いたバックピンチの名前になっていたからです。この本がよく売れたことにより、ゴッシュマン・ピンチの名前が大きく広まることになりました。さらに、この本を参考にして、技法名が書かれるケースも多くなったことが問題といえます。

アメリカで石田天海のハードカバーの本が発行

1974年に、ジェラルド・コスキーとアーノルド・ファースト共著により「ザ・マジック・オブ・テンカイ」が発行されました。143ページの本で "Six Trick by Tenkai" や「カードマニピュレイティブ・ルーティーン」、そして、アメリカのマジック誌に解説された作品が再録されています。天海氏の経歴が最初に記載されていますが、日本で発行された「奇術五十年」に比べ、新しい内容記載はありませんでした。それだけでなく、各作品が掲載された本やマジック誌の発行年の記載がなかったのが残念です。各作品についても、製作年数や何に影響を受けた作品であるのかの記載もありませんでした。

バックのクリップは天海が最初と書いた文献が登場

1975年にスコッティー・ヨークが "Coins" の小冊子を発行しています。この冒頭に、最初にバッククリップを考えた人物は石田天海氏だと思うと報告しています。そして、アメリカで広めたのはゴッシュマンで、ゴッシュマン・ピンチとも呼ばれると書き加えられていました。しかし、天海ピンチの名前は、まだ、使われておらず、作品の中ではバッククリップすると書かれているだけです。そして、スコッティー・ヨークによるバッククリップ状態にもってゆく方法が解説されています。コインを中指と薬指の間を通過させ、その後、小指でバッククリップしています。これを使った「トリプルチェンジ・スペルバウンド」と「2枚の銅貨と1枚の銀貨の入れかわり」が解説されていました。ところで、このバッククリップの方法やスペルバウンドの作品は、1974年の Genii 誌11月号に、もう一つの作品は1975年9月号に解説されたものです。この Genii 誌には、バッククリップすると書かれているだけで、天海やゴッシュマンの名前の記載がありませんでした。

1976年にカール・ファルブスの "Pallbearers Review Close-Up Folio No.3" で、中指と薬指間にバッククリップする Harvey Rosenthal の方法が解説されます。その中で、「天海バッククリップ」の名前が登場し、このバッククリップが、ゴッシュマンのものとして間違ったクレジットがされていたことを記載していました。

マーチン・ガードナーによる「天海ペニー」の再解説と混乱させる記載

1978年には、マーチン・ガードナー著による "Encyclopedia of Impromptu Magic" が発行され、その中に、「天海ペニー」も解説されていました。「ヒューガード・マジック・マンスリー」誌のマーチン・ガードナーのコーナーで解説した内容を元にして、多数の即席マジックが簡潔に紹介されています。「天海ペニー」に関しては、その詳細は「ヒューガード・マジック・マンスリー」を参照するように書かれています。そのために、多数あったイラストが全て省略されており、この本だけでは、「天海ペニー」の方法がほとんど分かりません。この本でもバックのクリップは中指と薬指のままですが、右掌を上に向けて開いた時に、右人差し指と中指の間へクリップを移すと書かれているのにはビックリしました。意味不明で、頭が混乱するだけです。このすぐ後、"Six Tricks by Tenkai" では、最初から最後まで、バックのクリップは小指と薬指の間になっていると書かれていました。この部分は、評価出来る追加記載でした。さらに、これに続ける現象が二つ書き加えられています。右手の2枚から、1枚を左手へ渡したように見せて両手を握ると、右手から2枚が現れます。同じことをもう一度繰り返す時に、今度は、もう1枚も秘かに移動させ、左手の方が2枚になる現象です。

1993年に「マーチン・ガードナー・プレゼンツ」が発行されています。日本語訳版は、2002年の「続マーチン・ガードナー・マジックの全て」の方に「テンカイ・ペニー」が解説されています。その中で、「ヒューガード・マジック・マンスリー」誌に書かれた「天海ペニー」を、そのまま再解説するだけでなく、右人差し指と中指の間へクリップを移す理由が書かれていました。中指と薬指の間ではクリップする力が弱く、コインを落とすおそれがあるからのようです。フランク・ガルシアが、人差し指と中指の方が力が強いことを見つけたと書かれています。この場合には、見せる角度の注意が必要になると思うのですが、なぜ、本来の天海ピンチのようにしないのかが不思議です。この解説の後、第2段と第3段の方法が詳しく解説され、さらに、第4段として、もう一度ゆっくり第1段を繰り返しています。

ところで、この本の記載には大きな問題があります。エンサイクロペディアの本に書き加えられていた "Six Trick by Tenkai" に関する記載が省略されていたからです。これでは、本来の天海ピンチは、中指と薬指の間で行うものであるような誤った認識を広めてしまうことになります。そして、Bobo著「ニュー・モダン・コインマジック」の「天海ペニー」は、小指を使うゴッシュマン・ピンチに改案されたもののように誤解されかねません。

やはり、その影響を受けていると考えられる著者が存在しました。Jon Racherbaumer です。1994年の MAGIC 誌11月号の彼のコーナーで、「テンカイ/ゴッシュマン・ピンチ」と記載していました。1990年代では、名称が変わる過度期として何も問題のない記載です。しかし、彼の場合、別の意味があることが分かりました。1997年1月号の MAGIC 誌の彼のコーナーで、そのことが明らかになりました。作品解説の冒頭に「天海バッククリップ、または、ゴッシュマン・ピンチ」を使うと書いており、解説文の中で、これの基本テクニックは石田天海氏により考案され、中指と薬指の間でバッククリップしていたと書かれていました。そして、それを改案して、「ニュー・モダン・コインマジック」に発表したのがゴッシュマンと説明していました。改案の内容は書かれていませんが、ゴッシュマンが小指と薬指にクリップしたと受け取れる書き方です。その結果、二人の貢献度は同レベルとして二人の名前をいっしょに書いていたのかもしれません。2003年の Genii Forum には彼も投稿していましたので、それ以降、認識が変わったと思われます。しかし、その後、彼の天海ピンチを使った解説が見つかりませんので確信がもてません。

ゴッシュマン・ピンチの名前が優勢の時代に 1979年から1985年まで

スコッティー・ヨークや Rosenthal の記載により、ゴッシュマン・ピンチの名前がなくなるかと思えば、1979年以降の方が、逆に、ゴッシュマン・ピンチの名前ばかりになりました。「ニュー・モダン・コインマジック」の本の影響が、しばらく年数を経た方が大きく出てきたようです。これまでにも、1971年の Kabbala 誌の著者 Jon Racherbaumer や1973年の「クロースアップ・カバルケード」の著者 Jerry Mentzer は、ゴッシュマン・ピンチの名前を使っていました。しかし、それ以外では見つけることが出来ませんでした。それよりも、1979年から85年までの間に、集中的にバックピンチの作品が発表され、ゴッシュマン・ピンチの名前が使われています。作品名や著書名は、コラムの最後の参考文献一覧を見て頂くとして、ここでは、年数と著者名、または作者名を中心に簡潔な記載で紹介します。

ポール・ハリス(1979)、ホーレス・ベネット(1981)、Tom Gagnon(1981)、Richard's Almanac におけるジェフリー・ラタ(1982)、"Obie" O'Brien(1982)、Stephen Tucker(1983)、ニューヨークシンポジウム2におけるソル・ストーン(1983)、ニューヨークシンポジウム3における Tom Gagnon(1984)、Genii 誌の Armando Gotierrez(1985)

1986年以降、天海ピンチの名前へ急転換

1986年にマイク・マックスウェル著「ザ・クラシックマジック・オブ・ラリー・ジェニングス」が発行され、107ページの「コイン・アンド・ハンカチーフ」で天海ピンチの名前が初めて登場します。そこには、ゴッシュマン・ピンチとも呼ばれると書き加えられていました。1987年のスティーブン・ミンチ著「ザ・バーノン・クロニクス Vol.1」の "Crussed Destinies" では、「天海バッククリップ」と書かれていました。1988年のリチャード・カウフマン著の沢浩氏の作品集「サワ・マジック・ライブラリー」には、天海ピンチと書かれています。そして、4作品共に天海ピンチを使った作品で統一されていました。それぞれに別法も解説されていますが、1作品以外は、天海ピンチを使わない場合の方法となっていました。

これ以降、小指によるバックピンチを使った作品のほとんどに、天海ピンチの名前が使われることになります。テンカイ/ゴッシュマン・ピンチと書かれたり、天海ピンチの後に、ゴッシュマン・ピンチとも呼ばれていると追加記載しているものもあります。また、天海バックピンチや天海バッククリップと書かれていることもありました。私の現段階の調査の中で、1作品だけ天海ピンチとはせずに、バッククリップだけの記載のものがありました。1990年のダン・フレッシュマンの作品です。また、ゴッシュマン・ピンチしか書いていない作品も1作品見つけました。しかし、その記載のすぐ後に、「ニュー・モダン・コインマジック」には間違ったクレジットがされており、本当は天海のスライトであると追加説明していました。これは 2002年「リンキング・リング」誌10月号のデニス・マークの作品です。

1986年の急転換に関わりを持つ85年の文献

86年のジェニングスの本に天海ピンチの名前が初めて登場しますが、これはジェニングスが天海ピンチの名前を使っていたからでしょうか。あるいは、この本の著者のマイク・マックスウェルの判断で天海ピンチの名前にしたのでしょうか。いずれにしましても、ゴッシュマン・ピンチのままでは問題があるといった気運が高まっていたのだと思います。または、天海ピンチや天海バッククリップの名前を使っているマジシャンがいたのかもしれません。

1985年には気になる文献が2冊登場していました。1冊はゴッシュマンの作品集「マジック・バイ・ゴッシュ」です。コインマジックやコインの技法もいくつか解説されています。しかし、ゴッシュマン・ピンチに関わる記載が一切ありませんでした。それを使った作品も、そのピンチについての記載もありません。避けていると受け取れる内容です。

2冊目の本が、リチャード・カウフマン著「デビッド・ロスのエキスパート・コインマジック」です。370ページもある本で、私は発行を心待ちしていたので、直ぐに手に入れました。海外でも同様なマニアが多かったと思います。この本には、バッククリップを使わない「天海ペニー」の作品「デープ・パーム・テンカイペニー」が解説されています。その冒頭で、「ニュー・モダン・コインマジック」の「天海ペニー」には、誤ったバッククリップの名前が記載され、ゴッシュマン・ピンチとして知られるようになったことを報告しています。ゴッシュマンよりも、天海の作品がかなり昔に考案されているのに、Boboが、何故、ゴッシュマンにクレジットしたのかがミステリーであると書き加えていました。人気があった本ですので、この記載も話題になった可能性が考えられます。86年以降、天海の名前が必ず付けられるようになったのには、それなりの状況になっていたと考えてしまいました。

日本の文献での興味深い変化

日本では、コインマジックの本を、二川滋夫氏が数冊発行されています。アメリカでは、1986年に天海ピンチの名前が登場して大きく変化しますが、日本でも二川氏は、それにすばやく対応されていました。1986年に二川滋夫、高木重朗共著「コインマジック事典」が発行されます。この中のバックピンチの解説では、ゴッシュマン・ピンチという名もついていると書かれているだけでした。ところが、1987年発行の二川滋夫著「コインマジック」では、「天海ペニー・トリック」の解説の後で、天海ピンチの名前を登場させていました。さらに面白い変化が、1982年の "Richard's Almanac Vol.1、 No.1" のジェフリー・ラタのコインマジックでの解説です。82年ですので、ゴッシュマン・ピンチの名前が使われていました。ところで、1991年にマジックランド社より、安崎浩一氏による日本語訳版が発行されます。そこには、天海ピンチ(ゴッシュマン・ピンチとも呼ぶ)と書き変えられていました。

おわりに

今回の調査で海外の文献では、1986年以降、小指によるバックピンチを天海ピンチと呼ぶのが一般的になっていることが分かりました。天海ピンチと書かれた後で、補足としてゴッシュマン・ピンチの名前が書かれることがあります。しかし、ゴッシュマン・ピンチの方がメインの記載になったり、単独の記載になることは、無いに等しい状態となりました。インターネットの普及により、海外の文献が手に入れやすくなり、また、情報変化の対応もすばやくなりました。

しかし、日本の場合、You Tube や DVD による映像情報よりも、英語の文字情報の対応が不十分で遅れがちな印象を持っています。日本では、まだまだ、天海ピンチの名前が、十分に普及しているとは思えません。ゴッシュマン・ピンチの名前の方が、優勢であるかもしれません。海外の方が天海ピンチの名前を使っていて、日本では使わないのは不自然です。今後、「ニュー・モダン・コインマジック」の本が日本語訳されることがあるのかどうかは分かりません。しかし、日本語訳時には、ゴッシュマン・ピンチ解説部分に、現在では天海ピンチの名前に変わっている注釈を追記してほしいと思いました。特に、「天海ペニー」の解説で、ゴッシュマン・ピンチすると書かれることがないように願っています。最後に、この後、参考文献一覧を記載しました。年数の後で記載の最初の人物名は、基本的には解説を書いた著者名にしています。

【Tenkai Pinch 参考文献】
1950 Martin Gardner Hugard's Magic Monthly 11月号 The Tenkai Pennies 
1953 Robert Parrish Six Tricks by Tenkai Two Penny Trick
1966 Bobo New Modern Coin Magic Goshman Pinch
1971 Jon Racherbaumer Kabbala Vol.1、 No.4
     Roger Klause New Theory Coins Across
1973 Jerry Mentzer Close-Up Cavalcade 3 Coin Moves
1974 Gerald Kosky & Arnold Furst The Magic of Tenkai Two Penny Trick 再録
1974 Scotty York Genii 誌 11月号 Triple Change Spellbound
1975 Scotty York Genii 誌 9月号
     A Transposition of Two Copper Coins with A Silver Coin
1975 Scotty York Coins 上記2作品を再録
1976 Karl Fulves著 Pallbearers Review Close-Up Folio No.3
     Harvey Rosenthal Rosenthal Backclip
1978 Martin Gardner Encyclopedia of Impromptu Magic The Tenkai Pennies
1979 Paul Harris Close-Up Entertainer Quarter Caper
1981 Jerry Mentzer Bennett's Fourth Book
     Bennett's The Illusive Coin Pass Revisited
1981 Tom Gagnon Sleightly Original Departures
1982 "Obie" O'Brien Fork Full of Appetizers Visible Silver Copper Change
1982 Richard Kaufman Richard's Almanac Vol.1、No.1
     Geoffrey Latta's "G.P.Bottom Steal"
1983 Stephen Tucker The Gemini Book of Close-Up Magik Altar!
1983 Richard Kaufman The New York Magic Symposium 2
     Sol Stone's Tenkai Pennies Perpetuated
1984 Adam Fleischer & Stephen Minch The New York Magic Symposium 3
    Tom Gagnon The Scoop Displacement Coin Vanish and Coin Change
1985 Armando Gotierrez Genii 誌 12月号 Free Flight Solution
1985 Richard Kaufman David Roth's Expert Coin Magic
     Deep Palm Tenkai Pennies
1986 Mike Maxwell The Classic magic of Larry Jennings P.107
1987 Stephen Minch The Vernon Chronicles Vol.1 Crossed Destinies
1988 Richard Kaufman Sawa's Library of Magic 5作品に天海ピンチ使用
  1990 Dan Fleshman The Very Best Yet Coin Through Hand
1994 Jon Racherbaumer Magic誌11月号
     Jerrod Davis & Micheal Robenstein Strikihg Spellbound
1996 Michael Close Workers No.5 P.52
1996 Richard Kaufman Lou Gallo's The Underground Man
1997 Jon Racherbaumer Magic誌1月号 Joel Givens's Subtle Silver Splits
2002 Dan Watkins Coin Vanish Vol.1 The Middle Finger Back Clip
2002 Dennis Marks The Linking Ring 誌10月号 Bending Quarter
2003 David Acer Genii 誌4月号 New Millennium Tenkai Pennies
2003 Richard Kaufman Genii 誌9月号 Jay Sankey's Bollet Proof Coins Across
2005 David Acer Genii 誌6月号 Michael Robinstein Marked Bill Through Coin
2005 David Acer Genii 誌9月号 Daryl Money Transfer
2007 Joshua Jay Magic 誌6月号
     Giacomo Bertin Florentine Stand-Up Coins Across
2007 David Acer Genii 誌7月号 Bill Duncan Salary Cap


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