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コラム

第24回 コイン・マジックの歴史の不可解な記載と初期のコイン・マジック (2006.2.7up)




はじめに

2006年1月末に、二川滋夫氏によるコイン・マジックの本が発行されました。日本では、2004年5月から2年もたたない内に、190ページ以上のコイン・マジックの本が4冊も発行されたことになります。2004年からのテレビを中心とするマジック・ブームの影響があるとは思いますが、それにしても、すごい勢いです。英語の本で調べてみましたところ、190ページ以上のコイン・マジックの本は、今日までに、たった5冊しか発行されていませんでした。

ところで、最近、私はコイン・マジックの歴史に興味をもつようになりました。主に16世紀の終わりから18世紀前半にかけての初期の頃の歴史です。そのきっかけとなりましたのは、20世紀前半に発行された著名な数冊の文献に、不可解な記載を見つけてしまったことからです。19世紀までのコイン・マジックに関する記載で、間違っているとしか思えない内容でした。なぜ、そのような記載になってしまったのか、興味を持って調べたくなりました。また、それと同時に、初期の頃のコイン・マジックを調べる事により、何か新しい発見があることも期待しました。

そして、もう一つ気になる事があります。日本との関係です。18世紀後半の江戸時代において「天狗通」や「盃席玉手妻」には、テクニックを使ったコイン・マジックが解説されています。これらと西洋の文献との間に、何か関連があったのではないかと興味を持ったからです。

最初に興味を持った「コイン・アセンブリー」の歴史について

コイン・マジックの歴史に興味を持つようになったそもそものきっかけは、「コイン・アセンブリー」の歴史を知りたくなった事が最初でした。有名なアル・シュナイダーの「マトリックス」と、それまでの「コイン・アセンブリー」とは、何が違うのか。また、これが発表される以前と以後の作品についてや、ピック・アップ・ムーブの考案者についても調べました。

これらのことについては、2005年の「トイ・ボックス8号」にフォーエース・アセンブリーの調査報告と共に報告させて頂きました。そして、この「コイン・アセンブリー」の歴史を調べる過程で、コイン・マジック自身の歴史に関する不可解な記載が気になり出したのです。

Hugard のコイン・マジックの歴史に関する記載の不可解な内容

もっとも古いコイン・マジックや技法の記載は、1584年のレジナルド・スコットの "Discuverie of Witchcraft"であることはご存知の方も多いと思われます。1952年のBoboの「モダン・コイン・マジック」にも、その事が記載されています。

ところで、1939年にHugardは「モダン・マジック・マニュアル」を発行されています。専門的にマジックを勉強する人にとって、良い教科書になる本です。300ページ程ある本ですが、この中のコイン・マジックの章の冒頭に、19世紀までの歴史について触れられています。私が気になっています部分の記載だけを抜き出しますと「トリックにコインが使用されるようになるのは、カードがトリックに使われるより歴史が古いことは間違いありません。しかし、奇妙な事は、19世紀中頃のPonsinの本(1853年)が発行されるまで、コインのパスやパームの記録が文献上に登場しないことです」と書かれています。

ところで、その1年前の1938年には、マジック界に大きな影響を与えた「グレーター・マジック」が発行されています。そして、そのコイン・マジックの章の冒頭にも、Hugardの本と同様な記載がされています。「一番古いOzanamの記録(ルイ14世時代)には、コインのトリックが載っています。また、コインの技法が最初に解説されたのはフランスのPonsinによるもので・・」とあります。なお、Ozanamの本は1693年発行で、Ponsinの本は1853年に発行されています。

興味深い事は、「グレーター・マジック」の著者はヒリアードとなっていますが、彼は本が発行されるより3年前には死亡していたことです。彼が残した多数のマジックの原稿やメモを元にして、カール・ジョーンズとHugardが編集して出版されたのが「グレーター・マジック」であったわけです。私には、この本のコイン・マジックの章の冒頭の文章はHugardが書いたのではないかと思えてしかたないのです。

不可解な記載の考えられる原因について

上記の本が発行された1938年や39年の段階では、レジナルド・スコットの本がほとんど知られていなかったのでしょうか。そのようなことはありません。スコットの本が1930年には再版されているからです。そして、「グレーター・マジック」のカード・マジックの多くの章の冒頭や、カップ・アンド・ボール、シルク・マジック、ボール・マジックの冒頭にも、それぞれレジナルド・スコットの本から引用された文章が1〜2行紹介されているのです。

それでは、なぜ、コイン・マジックの章では、スコットの本からの引用文がないだけでなく、19世紀中頃のフランスの本がコイン技法の最初に記載された本としてしまったのでしょうか。私の考えでは、1914年のフランスのGaultierの本の影響が大きかったのではないかと考えています。530ページにも及ぶこの本の最初の項目には、20世紀以前のフランス文献の内容が紹介されています。そして、116ページもあるコイン・マジックの章の冒頭には歴史が書かれており、Hugardが書いた文章とほぼ同様の内容のことが書かれています。Hugardはこの本の英訳版を1945年に発行されています。

つまり、1930年代には、Hugardはこの本の影響をかなりうけていたのではないかと考えられます。私にとっても大きな影響をうけたすばらしい本です。この本がフランスで発行された1914年は、レジナルド・スコットの本のマジックの内容については、それほど知られていなかったのではないかと考えています。フランス語でのスコットの本が発行されていたのかどうかは分かりませんが、英語では1930年度版以前は、1886年度版になると思われます。

結局、Gaultierがフランスでのコイン・マジックの歴史を中心に書いたとしてもせめられるものではありません。問題とするのであれば、英語の文献での歴史を調べずに、Hugardがフランス語で書かれたこの名著のコイン・マジックの歴史を、そのまま採用してしまったことにあると言ってもよいでしょう。

1584年のイギリスのレジナルド・スコットの本でのコイン・マジックについて

この本は300ページ近くもありますが、マジックに関する解説は22ページしかありません。その中でも、コイン・マジックに関しては4ページもさかれており、大きなウエイトを占めています。ところで、ボール(カップ・アンド・ボール)は1ページ半、カード・マジックは2ページ半だけです。

この本の内容に関しては、1992年2月号の"MAGIC"誌にスティーブン・ミンチが書かれています。「ザ・マジック」誌では、この内容を日本語訳されて3回にわたり分割して紹介されています。特にコイン・マジックに関する部分が、1993年の「ザ・マジック」誌16号に掲載されていますので是非参照して下さい。ただし、全ての内容が書かれているのではなく、特徴点を中心とした記載となっています。そこで、ここでは全体の内容を簡単に紹介してゆきたいと思います。

この本の解説には、各技法の名前やトリック名が付けられていません。また、コイン・マジックに関してはイラストがありません。そして、この内容を理解するためには、まず、この本に登場する16世紀のイギリスのコインのことも知っておく必要があります。マジックを行う上では、コインの大きさの違いとして理解して頂くのが分かりやすいと思います。

大まかな説明になりますが、グロウト・コインは500円玉より少し小さい銀貨、テストン・コインは500円玉より少し大きい銀貨と言えばよいのでしょうか。さらに、カウンターと言って、真鍮等の金属で造ったコインの代用品も使われていたようです。マジックには、このカウンターがよく登場します。現代の紙幣の役割をするようなメダルなのでしょうか。よく分かりません。

レジナルド・スコットの本の15作品のコイン・マジック

冒頭には、クラシック・パームとフィンガー・ピンチのことが少し説明されています。その後、15のマジックが解説されています。最初の6作品はテクニックの使用を中心としており、大きいコインであるテストン・コインが使われています。

1番目は、右手から左手へわたしたコインを消失させる方法です。右掌のコインは、クラシック・パームの位置でそのまま保持されることになります。この時には、右手でナイフを取り上げ、左手にあるはずのコインをコツコツたたいて音を出しています。これはナイフの柄と右手パームのコインにより音を出しています。

2番目は、同様なテクニックを使って、右手から左手へわたしたコインを別のコインにチェンジさせる方法です。

3番から5番目は、コインの移動現象です。3番目は、演者の左右の手に持ったコインが一方に集まります。上記と同様のテクニックにより、右手のコインを 左手にわたしたように見せ、その後で、もう1枚のコインを右手で取り上げています。

4番目の作品は、客に握らせた1枚のコインに、演者のコインが飛行して2枚となります。客に2枚重ねたコインを1枚として握らせ、もう1枚のコインは、上記と同様のテクニックで消失させています。

5番目も4番と同じ現象ですが、余分なコインを使わずに行っています。右手のコインを左手へわたしつつ、右手にフロント・フィンガー・ピンチしています。もう1枚のコインをこのピンチしたコインと重ねて、客に1枚として握らせています。

6番目は、右指先のコインをクラシック・パームしつつ、投げて消失させたように見せ、その後、再現させています。

7番目の作品は、ポットからコインが飛び出したり、あるいは、テーブル上のコインが動き出します。これには、女性の長い黒髪が必要です。このようなマジックは、日本の江戸時代において、「ヒョコ」や「蝶々」として独特の発展をとげています。これが日本で最初に文献に登場するのは、1729年頃の「珍曲たはふれ草」です。そこでの解説は、髪の毛が使われていましたが、その後の文献では、糸が使われるようになっています。

8番目は、コイン・スルー・ザ・テーブルの現象です。しかし、現代の方法とかなり違っています。マークを付けさせたコインをハンカチに包み、ハンカチの上からコインの存在を確認させた後、ロウソク台(カップ・アンド・ボールにおいても使用)でカバーし、テーブルの下へもっていったbasin(水鉢)に落下するといった現象です。これには、隅にコインが縫い込まれたハンカチと、マークされたコインを右手にパームするか、ラッピングを使うことが書かれています。この時代に、すでに、ラッピングが使われていたことは、意外な発見です。

9番目は、ダブル・フェイス・コインを使ったコイン・チェンジです。まず、カウンターとグロウト・コインによるダブル・フェイスの作り方が説明されています。そして、すばらしいことは、このダブル・フェイスのグロウト・コイン側の上に、もう1枚の薄くしたカウンターを貼付けて使われていたことです。カウンターとして両面をあらためることが出来、これがグロウト・コインに変わるわけです。

10番目の作品では、2ペニー・コインを使っています。掌にコインを置いて、手を握って開くと、コインが消えており、その後、再現させることが出来ます。中指の爪に付けたワックスによりくっつけています。日本では、1784年の「仙術日待種」に、親指の爪に米粒をつけて、同様に行うことが解説されています。

11番目は、客の手に握っている感覚のあるテストン・コインが消失します。あるいは、客の額に貼り付いている感覚のあるコインが消失します。そして、他の客の手に握っているコインに加わって2枚となります。これは、親指により、コインをしばらく押さえていると、コインを取り去っても、そこにコインが存在する感覚を残すことが出来ることを利用しています。コインは親指につけたワックスにより、くっつけて取り去っています。

12番目は、1シリング・コインにマークを付けさせて、川か池に投げ入れますが、別なところより取り出されます。これは、前もって同様なマークを付けたコインを隠しています。

13番目は、マジックというよりもひっかけ問題です。両手に1シリングずつ持って、両腕を左右に伸ばし、十字架の状態にします。両手を近づけずに、一方の手のコインを他方へ移すことが可能かどうかを賭けます。一方の手のコインをテーブルへ置き、身体の向きを変えて、他手でこのコインを取るのが解答です。

14番目もマジックではなく別のもののようですが、意味がよく理解出来ませんのでパスします。

15番目は、折りたたまれた紙の中での、カウンター・コインとグロウト・コインのチェンジ現象です。今日では、ブッダ・ペーパーと呼ばれているマジックです。

1634年のホーカス・ポーカス・ジュニアの本でのコイン・マジック

ここには9作品のコイン・マジックが解説されています。そして、冒頭には、クラシック・パームについてのことだけの簡単な説明がされています。9作品のうち6作品は、レジナルド・スコットの本からほとんどそのまま再録されています。上記で紹介しました番号では、1番、8番、9番、10番、14番、15番の作品です。

そして、その他に2作品がかなり変更されて解説されています。2作品共に上記の11番目の作品の変更です。この本では、コインを握っている感覚を残すための方法が変えられています。コインの下にツノの一片を重ねて、客の掌上をたたきつけた後、手を握らせています。これを成功させるために、実際面での演じ方が細かく書かれています。

もう一つの作品も同様の方法で消失させますが、その後、客の袖の中よりコインが現れます。客の袖へ秘かに滑り込ませているのですが、これは本来のスリービングとは異なるものと言ったほうがよさそうです。読み始めた時は、スリービングを使ったマジックの最初の本を見つけたと思ったのですが、そうではなかったのが残念です。

この本には、新しいコイン・マジックが一つだけ解説されています。現代では、キャップ・アンド・ペンスやスタック・オブ・クォーターと呼ばれていますマジックの原案となるものです。カウンター・コインのかたまりに円筒型の容器をかぶせると、コインがテーブルを通り抜け、容器を持ち上げると一つのダイスが出現します。そして、容器の中はカラになっています。ダイスを出現させた後、カウンターのブロックのギミックをラッピングにより処理しています。ここでもラッピングが使われていました。

18世紀中頃までのフランスの文献でのコイン・マジック

1914年のフランスのGaultierの本には、19世紀までのフランスの文献でのマジックの内容が簡単に紹介されています。それによりますと、1693年のOzanamの本には、いくつかのコイン・マジックが解説されています。右親指と人差し指の間に、何枚かのカウンター・コインを隠しておき、客の手の中でカウンターを増加させる方法。カウンター・コインを消失させるためのボトムのないボックスを使うもの。カウンター・コインを客の手の中で銀貨にチェンジする方法。そして、ハンカチを通り抜ける2枚のコインのマジックです。なお、コインのパームが使われていても、その為の説明がなかったそうです。

18世紀中頃にはGuyotの本が発行されていますが、Gaultierの本には一つのコイン・マジックしか報告されていません。右手に持った銀貨と左手に持った銅貨とが入れ替わる現象です。ダブル・フェイス・コインを2枚使って、それぞれの指上に置いて握ることにより、コインをひっくり返しています。

18世紀後半の日本の文献でのコイン・マジック

この時期には、数冊の本でコイン・マジックが発表されています。1764年の「放下セン」の「握りたる玉を手の甲より打ち込み、又抜き取る事」は、玉といっても小さなお手玉のようなもので、現代では、コインで同様の方法が行われています。

1779年の「天狗通」の「銭を手の内に握れば一方の銭多くなる術」は、20世紀初頭のアメリカで有名になったハン・ピン・チャン・ムーブの異なったタイプの方法といえます。さらに、もう一つ発表されていますのは、サム・パームを使って、10枚のコインが1枚ずつ右手から左手へ移動する現象です。

1784年の「仙術日待種」の「左右の手へ銭を移す術」は、上記のサム・パームを使うマジックを少し変えた方法といえるものです。「握りたる銭をなくす術」は、スコットの本でも解説された爪にコインをくっつけることによる方法です。さらに、1784年の「盃席玉手妻」の「銭を壱文持て、腕手へ摺込、ふしぎとはいる法」は、スリービングを使ったマジックです。

18世紀後半は、鎖国をしていたといっても、解剖学書の翻訳や西洋の文化が入ってきており、コイン・マジックもその影響をうけているのではないかと考えました。しかし、結局、爪にコインをくっつける方法以外は、コイン・マジックにおいて、西洋の文献との接点がありませんでした。

それよりも、1889年に中国で発行されました「中外戯法図説」には、ハン・ピン・チェン・ムーブと同じ方法を使ったテーブルを貫通するコインが解説されています。また、サム・パームを使った、1枚ずつ手から手へ移動するコイン・マジックも解説されています。そして、このマジックの最後の1枚の処理に、スリービングが使われていました。このことについては、2002年にマジック・ランドより発行されましたニュース・レター「プレジャー3」に、トン・小野坂氏が報告されています。

「中外戯法図説」は古くからの中国のマジック等を集めたもので、それぞれがいつ頃から演じられていたのかは分かりません。しかし、日本の文献に解説されたコイン・マジックが、西洋よりも中国の影響の方が大きいと考えることが出来ました。ところで、服装からみても、古くからスリービングが使われていたと考えられます西洋や中国よりも、いち早く文献に登場しているのが日本の本であることが、意外な思いにさせられました。ただし、今後、海外の文献から新たな発見があるかもしれません。

おわりに

今回と前回(ダブル・リフト)は、Hugardの歴史記載の問題部分を指摘する報告となってしまいました。しかし、Hugardは1930年代から40年代にかけて精力的に質の高いマジックの文献を多数発行されており、マジック界への貢献が非常に高いといえます。私も彼の本のおかげで、いろいろな調査時にお世話になっていますことを一言申し添えておきます。


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