1977年8月に衝撃的なロープ切りを見ました。ロープの両端を引っ張ると、爆音とともに中央が引きちぎられ完全に2分割されます。それが一瞬でつながり、客席へ放り投げて調べさせていました。これはボブ・ワグナーの大阪レクチャーでの出来事です。その後、私も習得して何度か実演しましたが、準備がめんどうなだけでなく、爆音を出すことのマナーも気になり、いつしか演じなくなりました。もっと楽に行えて、これに近い不思議さのロープ切りに興味を持つようになりました。 |
最近では古いマジック解説文献が次々と英訳されています。しかし、少し前までは、1584年の英国のReginald Scot著 “The Discoverie of Wiechcraft” と、同じ1584年のフランスの Prevostの “Clever and Pleasant Inventions” が最も古い代表でした。そして、その次に1634年の英国の「ホーカス・ポーカス・ジュニア」の本もよく知られていました。興味深いことは、この3冊の紐切りの方法が違っていたことです。Scotは短い紐 “cord” をタネとして使い、Prevostは細紐 ”string” の中央を切ったように見せて端を切る方法で、「ホーカス・ポーカス・ジュニア」ではテープを2重のループにして、2本とも一緒に切ってしまう方法です。2重にする方法は、日本では「8の字切り」として知られています。なお、意外に思ったのがScotの短い紐をタネとして使う方法です。客が身につけているか持っている紐を借りて、それを切断していたからです。もちろん、同色で同様な紐のタネを使うわけですが、これは現在でも強烈な効果のあるマジックとなります。 |
20世紀に入って、やっと、新しい発想の紐切りが登場します。特徴は接着やジョイントの使用です。ハリー・ケラーの方法では完全に2分割した細紐を結ぶような操作の中で繋げています。衝撃的ですが、客には渡せない弱点があります。Carl Germaineの方法では紐 “cord” の両端を最初に結び、その反対側の紐の中央を切って結んでいます。二つの結び目がある状態になりますが、一方をハサミで切って、他方を解くと1本の紐に戻ります。こちらは客に渡せる利点があります。このGermaineの方法を改良してロープを使って手順化したのがハーラン・ターベルのロープ切りです。ここで初めてロープが登場します。さらにターベルは、同じ仕掛けのロープを使ってGermaineとは違った現象のロープ切り同時に発表しています。ロープの使用により、これまでのクロースアップ的なマジックであったものをステージ用のマジックへと変えています。しかも、手順化して一つの見応えあるマジックへ進化させました。また、ロープは厚みがあることにより、接続できる仕掛けが加えられました。 |
1941年にスチュワート・ジェームス編集により、アボット社から “Abbott’s Encyclopedia of Rope Tricks for Magicians” が発行されています。400ページもある本の半分以上がロープ切りであったことに驚かされます。前にも報告しましたが、1930年頃までは紐切りが中心で、ロープ切りはターベルだけと言ってもよい状態でした。百科事典に掲載された方法のほとんどが、それまでの紐切りをロープを使う方法に変えて、さらに、新たな考えが加えられていました。中央のように見せて端を切る方法は、いくつものハンドリングが発表されます。8の字切りではロープ中央にマークをつけて中央を強調する方法や、小さいタネを使う方法では、それを輪にした場合の方法が多数発表されるようになります。そして、Germaineの方法の改案がいろいろ発表されるようになります。なお、ターベルの仕掛けがある1926(27)年発表のロープ切りが、1938年のグレーターマジックから1948年のターベルコース第5巻までの間の文献に繰り返し解説され、よく知られるマジックとなります。 |
天海氏はいくつかのロープ切りを考案されています。その中でも、2017年に小川勝繁氏より見せていただいた方法は紙面に発表されていなかったようです。最初に両端が結ばれたループ状のロープが示され、ロープの一ヶ所が演者により切断され、その部分を結んでいます。二つの結び目があるループ状のロープが客に渡され、好きな部分をハサミで切るように依頼されます。これを結ぶと三つの結び目ができることになります。これが最後には1本のロープに戻り、客に渡して調べさせることができます。全体が不思議ですが、さらに不思議な部分が、結び目の一つを手の中に握ると、完全に結び目が消えてロープが繋がったことです。結び目には二つのロープの端があったはずですが、それが跡形もなく消えていました。この不思議な現象の秘密を解く鍵が1941年の百科事典の中にありました。ロープの素材や状態の考え方は「アンコールロープトリック」で見つけることができました。そして、握ると消える結び目は、ジョー・バーグの日本の紙紐を使った方法に関連しているようです。日本の紙紐を使う考えはジョー・バーグの考案なのか、それとも、日本から伝えられた方法の改案なのかが分かりません。その後は紙紐を細い普通の紐に変えて、同様な発想の紐切りが多くの本で解説されるようになります。ところで、ジョー・バーグ以前ではこのような発想の作品を見たことがありませんでした。日本では1956年の長谷川智著「奇術の鍵」で糸を使い少し違った結び方で解説されていました。なお、ジョー・バーグと天海氏とは1933年より親密なマジック交流をしていた関係にあります。 |
私が気に入っているロープ切りに、本結びをしてその横を切る方法があります。最終的には二つの結び目が弾けるように飛んでロープがつながります。現象が楽しくて受けるだけでなく、レクチャーにも最適です。本結びを完全に理解できていなければスムーズに結べないことと、本結びさえできれば楽々と行える利点があります。この解説を初めて読んだのは、1976年の高木重朗著「ロープ奇術入門」です。87年の「ロープマジック」にもロープ切りⅥとして解説されています。しかし、方法の記載だけで、それ以外には何の情報もありません。面白い発想ですので、誰がいつ頃考案されたのかに興味がありました。 |
冒頭で紹介しましたボブ・ワグナーの爆音で分割され、瞬間につながるロープ切りは、Dick Zimmermanの方法が元になっているようです。復元させる装置や仕掛けが同じです。しかし、二人の見せ方が全く違っています。Zimmermanの場合、種明かしをする演出で赤テープをロープの一部分に巻きつけて演じています。ロープがつながった後、中央の赤テープを剥がすと、本当につながっている現象です。かなり不思議ですが、マニア相手に演じる方が値打ちが分かってもらえるロープ切りです。考えれば考えるほど不思議さが増してきます。1973年のCreative Magicに掲載されていますが、76年の奇術研究77号にも解説があります。それに対して、爆音をたてるボブ・ワグナーの方法は見た目のインパクトが強烈で、一般客にも大きな驚きを与えることができます。 |
日本は紐の文化の印象があるので、昔から紐切りの名前だと思っていました。ところが、縄切りと書かれていたのが意外でした。縄といえばワラで編んだイメージがありますが、平岩白風氏によりますと当時は紐の総称でもあったようです。麻を細くより合わせた芋縄や、水のりをぬって細くきれいに固めた水縄がマジックに使われていたそうです。このことは1995年12月に日本奇術協会発行の「ワンツースリー9号」に報告されていました。現代でも縄といえばワラや麻が使われているようです。 |
高木重朗氏による1976年の日本文芸社「ロープ奇術入門」と東京堂出版「ロープマジック」の影響は大きなものでした。それぞれに11作品のロープ切りが解説されています。ここでは仕掛けのあるロープが使われていないのが特徴的です。2冊の違いは「ロープ奇術入門」にはヒンバーのロープ切りが解説されていますが、「ロープマジック」ではそれを削除して、高木氏の新手順のDo As I Doのロープ切りが掲載されています。この方法は1982年の「不思議3号」に解説されていたものです。ハサミを持ったままロープ切りを演じてつなげた後、本当に2分割して1本を客に渡しています。最終的にロープ中央の結び目を演者は移動させて抜き取り、ロープが繋がった状態にできますが、客にはできない状態で終わります。1990年のマック・キングのロープ切りの冊子では、後半部分が高木氏の上記の改案が解説されていました。「不思議3号」の方法をマックス・メイビンより教わったようです。ただし、最後に客のロープではできずに終わるのが、彼の演技としてはふさわしくないと思われたようです。そのために、客のロープでも結び目が外れるように改良されていました。しかし、高木氏もかなり以前より、客の結び目が外れる方法に変更されていました。 |
一般的な中央のように見せて端を切る方法は、1930年代に入ってその操作方法が研究されて多数発表されています。そのことだけでも一つのテーマになりそうですが、今回はそれを詳しく取り上げませんでした。是非、「世界のロープマジック1」を読まれることをお勧めします。そして、1930年代にロープ切り全体が大きく発展しましたが、その後も少しずつ進化しています。その発展のために日本においては、石田天海氏、高木重朗氏の功績の大きさを感じました。さらに、新しい発想と不思議さの追求では澤浩氏と厚川昌男氏の素晴らしさも忘れることができません。私も大きな刺激を受けました。 |