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コラム



第85回 ロープ切りの意外な歴史(2018.7.13up)

はじめに

1977年8月に衝撃的なロープ切りを見ました。ロープの両端を引っ張ると、爆音とともに中央が引きちぎられ完全に2分割されます。それが一瞬でつながり、客席へ放り投げて調べさせていました。これはボブ・ワグナーの大阪レクチャーでの出来事です。その後、私も習得して何度か実演しましたが、準備がめんどうなだけでなく、爆音を出すことのマナーも気になり、いつしか演じなくなりました。もっと楽に行えて、これに近い不思議さのロープ切りに興味を持つようになりました。

2017年に横浜の小川勝繁氏より、文献には解説されていない天海氏のロープ切りを見せていただきました。これもありえないと思ってしまうロープ切りです。この方法の元になる作品を調べると同時に、ロープ切りの歴史も調べたくなりました。その結果、意外なことが次々と分かりました。

ロープ切り “Cut and Restored Rope” は歴史のあるマジックです。しかし、ロープが使われたのが1920年代に入ってからであることが分かり驚いています。ハーラン・ターベルが最初に使った可能性が高そうです。それまでは、紐の使用が中心でした。紐といってもいろいろで、string、cord、lace、tapeの用語が使われています。cordが一般的で、stringは細い紐に使われているようです。なお、“Cut and Restored Rope” のタイトル名は、1930年代に入ってから使われるようになります。

紐を使用の歴史は古く、16世紀のマジックが解説された初期の文献にも記載されています。意外なことは、初期の3冊の文献の方法がそれぞれ違っていたことです。この三つの方法だけが、19世紀末まで解説が繰り返されています。20世紀に入って新しい方法が発表されるようになりますが、1930年頃までは少しだけです。ところが、30年代に入るとロープの使用が中心となっただけでなく、発表数が一気に増えています。1941年のロープトリック百科事典では、400ページの中で250ページが紐切りやロープ切りで占めていました。天海のロープ切りも、この1930年代の発想を取り入れられたものと考えられます。そして、日本のロープ切りの歴史も調べました。昔は縄切りと呼ばれていたのも意外でした。これらのことについて、さらに詳しく報告させて頂きます。

現存する最も古いマジック解説文献での紐切り

最近では古いマジック解説文献が次々と英訳されています。しかし、少し前までは、1584年の英国のReginald Scot著 “The Discoverie of Wiechcraft” と、同じ1584年のフランスの Prevostの “Clever and Pleasant Inventions” が最も古い代表でした。そして、その次に1634年の英国の「ホーカス・ポーカス・ジュニア」の本もよく知られていました。興味深いことは、この3冊の紐切りの方法が違っていたことです。Scotは短い紐 “cord” をタネとして使い、Prevostは細紐 ”string” の中央を切ったように見せて端を切る方法で、「ホーカス・ポーカス・ジュニア」ではテープを2重のループにして、2本とも一緒に切ってしまう方法です。2重にする方法は、日本では「8の字切り」として知られています。なお、意外に思ったのがScotの短い紐をタネとして使う方法です。客が身につけているか持っている紐を借りて、それを切断していたからです。もちろん、同色で同様な紐のタネを使うわけですが、これは現在でも強烈な効果のあるマジックとなります。

私が調べた範囲では、20世紀に入るまでは、この三つの方法だけしか解説されていませんでした。これらの紐切りが解説された古い文献については、最後に掲載しました文献一覧を参考にしてください。なお、紙テープを数回ちぎったり糸を数回ちぎるのは別のマジックとしました。また、2本の物体の間の糸を切るのも別の物として今回は取り上げていません。

20世紀初めから1930年頃まで 新発想の登場

20世紀に入って、やっと、新しい発想の紐切りが登場します。特徴は接着やジョイントの使用です。ハリー・ケラーの方法では完全に2分割した細紐を結ぶような操作の中で繋げています。衝撃的ですが、客には渡せない弱点があります。Carl Germaineの方法では紐 “cord” の両端を最初に結び、その反対側の紐の中央を切って結んでいます。二つの結び目がある状態になりますが、一方をハサミで切って、他方を解くと1本の紐に戻ります。こちらは客に渡せる利点があります。このGermaineの方法を改良してロープを使って手順化したのがハーラン・ターベルのロープ切りです。ここで初めてロープが登場します。さらにターベルは、同じ仕掛けのロープを使ってGermaineとは違った現象のロープ切り同時に発表しています。ロープの使用により、これまでのクロースアップ的なマジックであったものをステージ用のマジックへと変えています。しかも、手順化して一つの見応えあるマジックへ進化させました。また、ロープは厚みがあることにより、接続できる仕掛けが加えられました。

上記の三つのマジックに関しては、1926年に制作し27年より発行された通信講座「ターベルシステム」に解説されています。そのレッスン6にはケラーの方法とGermaineの方法、そして、レッスン50にターベルのロープ切りが解説されます。ターベルの方法は「ターベル・ロープミステリー」のタイトルで、特別な仕掛けのロープを使った5手順が18ページを使って紹介されています。特に最初の方法では、最後にロープを客席へ放り投げて調べさせることが可能で、大きな話題となったロープ切りです。1926年11月のSphinx誌から数ヶ月間に、商品化されたこのロープ切りの広告が大々的に掲載されています。これ以降、ロープの使用が中心となり、ステージマジックの重要な演目の一つとしての役割を持つようになります。その後もターベルは別のロープ切りを発表されており、ロープ切りの中心的な人物となります。なお、それまでのステージでは布(ターバン)を使う方法が知られています。1920年発行の本ではターバンを使って中央のように見せて端を切る方法が解説されていました。また、19世紀よりターバンを使って路上で演じられていた報告があります。火を使った切断もあるようです。

20世紀に入って30年までに考案された方法で特に重要なのは上記の三つの方法ですが、それ以外にも発表された作品があります。1909年のデバントの方法では、小さいネタの使用を進化させてネタを輪にして使っています。これはデバントが最初かどうかが分かりませんが、この発想も割合使われるようになります。そして、1920年にはチャールズ・ジョーダンの方法が発表されています。こちらは少し特殊な方法で、紐を左指の1本ずつに絡めさせ、その1カ所を切って元に復元させています。発想は面白いのですが、うまく演じるのが困難なだけでなく、現象が小さく分かりにくい弱点があります。

1930年代のロープ切りの発展と1941年のロープトリック百科事典

1941年にスチュワート・ジェームス編集により、アボット社から “Abbott’s Encyclopedia of Rope Tricks for Magicians” が発行されています。400ページもある本の半分以上がロープ切りであったことに驚かされます。前にも報告しましたが、1930年頃までは紐切りが中心で、ロープ切りはターベルだけと言ってもよい状態でした。百科事典に掲載された方法のほとんどが、それまでの紐切りをロープを使う方法に変えて、さらに、新たな考えが加えられていました。中央のように見せて端を切る方法は、いくつものハンドリングが発表されます。8の字切りではロープ中央にマークをつけて中央を強調する方法や、小さいタネを使う方法では、それを輪にした場合の方法が多数発表されるようになります。そして、Germaineの方法の改案がいろいろ発表されるようになります。なお、ターベルの仕掛けがある1926(27)年発表のロープ切りが、1938年のグレーターマジックから1948年のターベルコース第5巻までの間の文献に繰り返し解説され、よく知られるマジックとなります。

百科事典に解説された内容については、作品数があまりにも多いのでここでは省略することにします。興味のある方は、2010年に東京堂出版より発行された「世界のロープマジック(1)」の本を参考にされることを是非お勧めします。その本には1941年の百科事典のロープ切りの内容がほぼそのまま掲載されています。実は2005年にGabe Fajuri編集により “Encyclopedia of Rope Tricks” が発行されています。その本はスチュワート・ジェームス編集の全3巻のロープトリック百科事典を1冊に再編集した大きな本です。これを日本語訳して2冊に分割して軽量化したのが「世界のロープマジック」(1)と(2)です。(1)にロープ切りが集められており、第1章の「紐切り」の全てが1941年の第1巻の内容と同じです。第2章から第4章のロープ切りも、半分以上の作品が第1巻に解説されていたものです。後部の数作品が第2巻と第3巻に解説されていたものです。第2章の最後の6作品、第3章のサンジュ以降の23作品、第4章ではガードナー以降の11作品です。1941年の百科事典第1巻は1975年にDover社より再販され、安価で容易に購入できるようになりました。しかし、1962年発行の第2巻と1980年発行の第3巻は手に入れにくい本となっていました。その点からも日本語訳版は大変価値のある本です。

天海のロープ切りについて

天海氏はいくつかのロープ切りを考案されています。その中でも、2017年に小川勝繁氏より見せていただいた方法は紙面に発表されていなかったようです。最初に両端が結ばれたループ状のロープが示され、ロープの一ヶ所が演者により切断され、その部分を結んでいます。二つの結び目があるループ状のロープが客に渡され、好きな部分をハサミで切るように依頼されます。これを結ぶと三つの結び目ができることになります。これが最後には1本のロープに戻り、客に渡して調べさせることができます。全体が不思議ですが、さらに不思議な部分が、結び目の一つを手の中に握ると、完全に結び目が消えてロープが繋がったことです。結び目には二つのロープの端があったはずですが、それが跡形もなく消えていました。この不思議な現象の秘密を解く鍵が1941年の百科事典の中にありました。ロープの素材や状態の考え方は「アンコールロープトリック」で見つけることができました。そして、握ると消える結び目は、ジョー・バーグの日本の紙紐を使った方法に関連しているようです。日本の紙紐を使う考えはジョー・バーグの考案なのか、それとも、日本から伝えられた方法の改案なのかが分かりません。その後は紙紐を細い普通の紐に変えて、同様な発想の紐切りが多くの本で解説されるようになります。ところで、ジョー・バーグ以前ではこのような発想の作品を見たことがありませんでした。日本では1956年の長谷川智著「奇術の鍵」で糸を使い少し違った結び方で解説されていました。なお、ジョー・バーグと天海氏とは1933年より親密なマジック交流をしていた関係にあります。

ところで、この天海のロープ切りに近い方法で少し簡易にできる作品が、1938年のスフィンクス誌に天海の “Miracle Rope Effect” として解説されています。これは1974年の “The Magic of Tenkai” にも再録されています。しかし、残念なことには、日本のマジック書には掲載されていないようです。こちらの方法も両端が結ばれたループ状のロープの状態から始められています。演者により二ヶ所が切断され、それぞれが結ばれて三つの結び目がある状態になりますが、最後には1本のロープに戻ります。こちらでは上記のアイデアが使われていませんが、折りたたんだ小さいループ状のタネの使い方が見事です。他のマジシャンの多くの方法では、タネの輪をロープ本体に通して演じていますが、天海氏はこれをたたんで手にパームしています。それを途中でロープ本体に加えるのですが、このハンドリングが面白く、使ってみたくなる素晴らしさがあります。なお、日本の文献に解説されている天海のロープ切りは、細長いループ状のタネを手背に隠した状態から始める方法で、上記とはかなり違っています。これだけが天海氏の方法として日本では伝わっているのが意外です。このタネの隠し方は、1933年に発行されたアル・ベーカーの “Al Baker’s Book” に解説されています。そこにはタネの隠し方が解説されているだけですが、それを天海流のハンドリングで素晴らしい作品に作り上げられたものと考えられます。アル・ベーカー氏とは1933年の後半から約2年間のニューヨーク時代に交流を深めた間柄です。

その後のロープ切りの印象的作品

私が気に入っているロープ切りに、本結びをしてその横を切る方法があります。最終的には二つの結び目が弾けるように飛んでロープがつながります。現象が楽しくて受けるだけでなく、レクチャーにも最適です。本結びを完全に理解できていなければスムーズに結べないことと、本結びさえできれば楽々と行える利点があります。この解説を初めて読んだのは、1976年の高木重朗著「ロープ奇術入門」です。87年の「ロープマジック」にもロープ切りⅥとして解説されています。しかし、方法の記載だけで、それ以外には何の情報もありません。面白い発想ですので、誰がいつ頃考案されたのかに興味がありました。

1941年のロープトリック百科事典には、この発想のロープ切りが解説されていません。ところが、1942年のターベルコース第2巻にヒンバーの1回だけ結ぶ方法と、テッド・コリンの2ヶ所を結ぶパナマロープミステリーが解説されていました。パナマロープはテキサスで開催されたIBM大会で受賞していたロープトリックです。ただし、2ヶ所の結ぶ位置が高木重朗氏の本とは違っており、両サイドにループができるようにしていました。高木氏の本のように、一つの大きなループの中央をロープが横断する結び方は、1942年10月のPhoenix誌20号に掲載されます。こちらは、何故か縦結びをするようになっていました。さらに、予想外のことは、この3作品ともに結び目をスライドさせてロープ端から抜き出していたことです。結び目を飛び上がらせてはいませんでした。高木氏の本は何を元にされたのかが知りたくなりました。

調査のために私のノートで高木氏のレクチャーの記録を見ますと、1984年3月の大阪レクチャーでグアテマラロープ切りの方法とパナマロープ切りとの関係の話をされていたことが分かりました。このグアテマラロープが高木氏の本に解説されていた方法です。1976年に既に解説されていた方法を、何故84年のレクチャーで取り上げられたのかが気になりました。1983年のKarrell Foxの本でDuke’s Guatemala Rope Trickが解説されていたからのようです。タイトルと作者が分かったのでその報告と、2作品の違いの話をされていたようです。なお、結び目が飛んでロープがつながる見せ方は、1962年のロープトリック百科事典第2巻のエディー・ジョセフのロープ切りで使われていました。 1938年のTom Osborneの “3 to 1 Rope Trick” は、その当時だけでなく、その後の3本ロープが登場して1本につながるクライマックでも見直されるようになります。スライディーニの方法も大きく影響を受けているようです。また、3本ロープの元になるHen FetschのRope SessionやQuad-Ropeletsは、長さが異なる3本が同じ長さになる現象から始めています。そして、2本をハサミを使って1本につなげ、さらに、その中央を切ってもつながります。後のつながる現象は特別な仕掛けを使っています。手順化したロープ切りもいろいろ発表されていますが、1962年のジョージ・サンドや1969年頃のエリック・ルイスの方法が有名になります。なお、オズボーン、サンド、ルイスの3人の方法は高木重朗氏の「ロープ奇術入門」や「ロープマジック」に解説されていますので参照して下さい。

ユニークで新しいロープ切り

冒頭で紹介しましたボブ・ワグナーの爆音で分割され、瞬間につながるロープ切りは、Dick Zimmermanの方法が元になっているようです。復元させる装置や仕掛けが同じです。しかし、二人の見せ方が全く違っています。Zimmermanの場合、種明かしをする演出で赤テープをロープの一部分に巻きつけて演じています。ロープがつながった後、中央の赤テープを剥がすと、本当につながっている現象です。かなり不思議ですが、マニア相手に演じる方が値打ちが分かってもらえるロープ切りです。考えれば考えるほど不思議さが増してきます。1973年のCreative Magicに掲載されていますが、76年の奇術研究77号にも解説があります。それに対して、爆音をたてるボブ・ワグナーの方法は見た目のインパクトが強烈で、一般客にも大きな驚きを与えることができます。

1982年のFISM インベンション部門で1位となり、大きな話題となったのがパベルのスーパーウォーキングノットです。切った部分を結んで、その結び目を移動させ、ほどくとその部分からロープが分離します。また結んで結び目を移動させて、ほどいてロープを分離させるのを繰り返しています。これは商品化されていますが、ロープトリックにしてはかなりの高額です。1920年代にターベルが考案した仕掛けのあるロープの考えが、1970年ごろにはほとんど使われていませんでした。3本ロープがロープトリックの主流になっていたからでしょうか。1971年のパベルの本で、この仕掛けを使ったJet Ropeが発表されています。切って結んで風船をつけ、風船を割るとロープがつながっている現象です。1980年頃にはジョン・コーネリアスの結び目の移動現象が話題になっていました。2本のロープを結んで結び目を移動させ、また、中央に戻して結び目をほどいて2本に分離していました。パベルのJet Ropeとコーネリアスの現象を加え、さらに、完成度を高くしたのがスーパーウォーキングノットと考えられます。

特別な仕掛けのロープを使わず、新風のロープトリックを発表されたのが澤浩氏です。1983年のハワイでのIBM大会で、いくつもの新しい発想のロープトリックを演じられ圧倒されました。その一部が1988年の “Sawa’s Library of Magic” に掲載されています。その中にはロープ切りも解説されていますが、かなり独創的です。2016年には、それ以上の数の澤浩氏のロープマジックだけの本が、宮中桂煥著により発行されます。この本のロープ切りでは、短いタネのロープのこのような使用方法があったのかと感心させられます。

そして、厚川昌男氏のロープ切りも独創的です。ロープ中央に結び目を作って、結び目をハサミで切って消そうとします。しかし、ロープがつながるだけでなく、結び目も中央にいつの間にか戻っています。海外ではタバリも面白い発想のロープマジックでFISM受賞しています。その中で演じられたロープ切りは、短いロープを長いロープの中央に絡ませると、溶け込むようにつながる現象です。

日本のロープ切りの歴史

日本は紐の文化の印象があるので、昔から紐切りの名前だと思っていました。ところが、縄切りと書かれていたのが意外でした。縄といえばワラで編んだイメージがありますが、平岩白風氏によりますと当時は紐の総称でもあったようです。麻を細くより合わせた芋縄や、水のりをぬって細くきれいに固めた水縄がマジックに使われていたそうです。このことは1995年12月に日本奇術協会発行の「ワンツースリー9号」に報告されていました。現代でも縄といえばワラや麻が使われているようです。

ところで、縄切りが日本で最も古くから演じられていたマジックの一つであったことも意外な発見です。縄切りと呑刀が古い記録に登場しています。このことは河合勝・長野栄俊共著の日本奇術協会発行「日本奇術文化史」の中で報告されていました。13世紀末から14世紀初頭頃の僧良季による「普通唱導集」上巻に縄切りが演じられていた記載があり、その後は、「尚嗣公記」の1644年の記録に登場しているようです。なお、これよりも古いマジックとして、鎌倉時代の1300年頃にはかなり知られていたと推測できる「目付字」について松山光伸氏が報告されています。これが日本における最も古いマジックになりそうです。数理マジックの一つであり、世界的にも画期的な発表であり、2016年のGibeciere Vol.11 No.1の本で全世界に報告されました。

縄切りの方法が解説された最初の文献として江戸時代の「たはふれ草」が知られています。発行年の記載がありませんが、この本の続編が1729年ですので、1720年代の発行と考えられています。その解説には、中央のように見せて端を切る方法が使われています。その後発行の「手妻伝授紫帛」にも同様な解説がありますが、この本も発行年は不明です。

明治時代に入ると、1876年発行の「モダンマジック」の本の紐切り部分も解説されるようになります。これは日本に伝わる古い方法とほぼ同じですが、方法解説が詳細な特徴があります。また、短いタネを使うことにもふれられていた点の新しさがあります。もう一つの西洋の古い方法でもある8の字切りが、いつ頃に日本に伝わったのかが分かりません。昭和9年(1934年)にダンテが来日して公演し話題になりますが、その中で演じられたロープ切りにマニアの注目が集まったようです。古典の三つの方法(端を中央に見せて切る、8の字切り、短いタネの使用)をうまくアレンジして手順化されていたようですが、海外の文献からは彼の方法の記載を見つけることができていません。 マジックの解説書が多数発行されるようになるのは1956年頃以降です。1956年に坂本たねよし・柳沢よしたね共著「奇術特選20題」が発行され、上記の古典の三つの方法がうまく手順化されていました。これはダンテの方法との関連がありそうにも思えるのですが、今後の研究が必要となります。さらに、1956年の力書房発行「ホーカスポーカスシリーズ1」には、海外から「ベン・アリーのロープ」が解説されていました。海外ではよく使われるようになっていた輪にしたロープのタネを使っています。ただし、アリーの方法では輪のタネの中身を抜いて中空にした状態にしていました。丸めるとかなり小さくなり、タネの存在が気付かれにくくなります。一部のマニアの間で人気があったそうです。残念ながら、これを解説した元の海外の文献が分かりませんでした。1957年の奇術研究6号では、3名の海外の方法が紹介されています。ヒンバーの本結びを使った方法、ターベルの仕掛けがないロープの方法、ジミー・トリンブルの接着剤を使った方法です。

それ以前の奇術書で興味深いのが1951年の柴田直光著「奇術種あかし」です。マジックの情報が少なかった時代ですので、マニアにとっては驚きの内容です。この本には4作品の紐切りが解説されていますが、1作品は昔から伝わる中央と見せて端を切らせる方法で巧妙に改良されています。それ以外の3作品は、いずれも1941年のロープトリック百科事典からの掲載です。事典には86作品もロープ・紐切りがある中で、巧妙な3作品のみ選択されていたのが特徴的です。この中で驚いたのが、紐を紙に包んで切っても紐が切れていない操作方法です。2010年の「世界のロープマジック(1)」にも、同じマジックが解説されていますが、メカニズムや操作方法が違った翻訳となっていました。原書を読みますと、2番目のイラストが間違っていることと、そのイラストのための解説文もおかしな記載となっていました。原文やイラストにこのような間違いがあると混乱させる元となり、翻訳もたいへんであったと思います。1951年のScarne’s Magic Tricksの本でも、完全に間違えた解説になっていました。「奇術種あかし」の柴田氏はイラストを描き直し、本来の正しい操作方法を簡潔に分かりやすく書き直されていました。「奇術種あかし」を読んだ後に、原著を読み直しますと、理解しにくかった解説がわかるようになっただけでなく、間違い部分もはっきりしました。そして、面白いメカニズムが働く紐切りであることに感激させられました。

上記以外で1970年頃までの日本のマジック書のロープ切りの解説は、ほとんどが古典の中央のように見せて端を切る方法か8の字切りでした。1970年の石川雅章著「奇術と手品の習い方」では、上記の二つの古典の方法とパナマロープが解説されていました。このパナマロープでは二つの結び目を飛び上がらせていました。その後、高木重朗氏により海外の新しい方法がいろいろと紹介されるようになります。

高木重朗氏とロープ切り

高木重朗氏による1976年の日本文芸社「ロープ奇術入門」と東京堂出版「ロープマジック」の影響は大きなものでした。それぞれに11作品のロープ切りが解説されています。ここでは仕掛けのあるロープが使われていないのが特徴的です。2冊の違いは「ロープ奇術入門」にはヒンバーのロープ切りが解説されていますが、「ロープマジック」ではそれを削除して、高木氏の新手順のDo As I Doのロープ切りが掲載されています。この方法は1982年の「不思議3号」に解説されていたものです。ハサミを持ったままロープ切りを演じてつなげた後、本当に2分割して1本を客に渡しています。最終的にロープ中央の結び目を演者は移動させて抜き取り、ロープが繋がった状態にできますが、客にはできない状態で終わります。1990年のマック・キングのロープ切りの冊子では、後半部分が高木氏の上記の改案が解説されていました。「不思議3号」の方法をマックス・メイビンより教わったようです。ただし、最後に客のロープではできずに終わるのが、彼の演技としてはふさわしくないと思われたようです。そのために、客のロープでも結び目が外れるように改良されていました。しかし、高木氏もかなり以前より、客の結び目が外れる方法に変更されていました。

1986年の京都でトム・オグデンのレクチャーがあり、同行されていた高木氏もロープマジックを演じられました。上記の私が知っているロープ切りと思っていますと、客の結び目も移動させて外せたので驚いた記憶があります。年々進化させている高木氏のすごさを感じさせられたロープ切りでした。この改良された方法が、1990年に海外で発行された高木氏の本に掲載され、その日本語版が1992年に発行されています。残念ながら、1987年の「ロープマジック」や2002年の松田道弘著「クラシックマジック事典」では、客の結び目が外せない方の解説となっていました。

1980年頃の米国のマジック大会に何度か参加したり、本で作品を読みますと時代の変化を感じました。演者ができて客ができなかったり、演者が勝者になったり、裏をかいて客を笑いものにする演出がほとんどなくなった印象です。マジシャンの特別な能力を披露する時代から、客を不快な思いにさせずに、楽しませるように変わってきていることを実感させられた時代でした。このDo As I Doのロープ切りも、その時代変化を強く感じさせてもらえる作品でした。

おわりに

一般的な中央のように見せて端を切る方法は、1930年代に入ってその操作方法が研究されて多数発表されています。そのことだけでも一つのテーマになりそうですが、今回はそれを詳しく取り上げませんでした。是非、「世界のロープマジック1」を読まれることをお勧めします。そして、1930年代にロープ切り全体が大きく発展しましたが、その後も少しずつ進化しています。その発展のために日本においては、石田天海氏、高木重朗氏の功績の大きさを感じました。さらに、新しい発想と不思議さの追求では澤浩氏と厚川昌男氏の素晴らしさも忘れることができません。私も大きな刺激を受けました。

なお、最後に参考文献を掲載しましたが、1940年以降で同様な方法が書かれた本は重要な本だけとして、それ以外は掲載しませんでした。


【参考文献一覧】

1584 Reginald Scot The Discoverie of Wiechcraft(英国)
     短いタネを使用 cord
1584 Prevost Clever and Pleasant Inventions(フランス)
     1998年に英訳版発行 端を中央に見せる方法 string
1634 不詳 Hocvs Pocvs Ivnior(ホーカスポーカスジュニア)英国
     8の字切り tape
1694 Jacques Ozanam Recreations Mathematiques Et Physiques
     端を中央に見せる方法 cord (フランス)
     2011年発行のGibeciere Vol.6 No.1 にOzanamの本が英訳
1720年代? たはふれ草 縄切り 端を中央に見せる方法 
1733 Pablo Minguet An Enganos A Ojos Vistas(スペイン)
     端を中央に見せる方法 ribbon
     2009年発行のGibeciere Vol.4 No.2 にPabloの本が英訳
1803 The Conjuror’s Repository(英国)
     短いタネを使用 lace
1810 Antoine Castelli Physical Amusements 短いタネを使用
     2010年のGibeciere Vol.5 No.1に掲載 ribbon
1857 Dick & Fitzgerald Magician’s Own Book(米国)
     The Cut String Restored 8の字切り string
1876 Professor Hoffmann Modern Magic(英国)
     The Cut String Restored 二つの方法 string
      端を中央に見せる方法と短いタネの使用
1886 Henri Garenne The Art of Modern Conjuring(米国)
     The Cut String Restored 8の字切り string
1903 Ellis Stanyon MAGIC 12月号(英国)
     Improved Cut and Restored Tape 端を中央に見せる方法
1909 David Devant Tricks for Everyone(英国)
     A Knotty Problem 短いタネを輪にして使用 tape
1920 Hereward Carrington The Boy’s Book of Magic(米国)
     The Cut and Restored Turban 端を中央に見せる方法 turban
1920 Charles T. Jordan Ten New Miscellaneous Tricks(米国)
     The Cord Restored 指に絡ませたcordを切る 
1926(27) Harlan Tarbell Tarbell System(米国)
      Lesson 6 3種の方法(Kellar、Germaine、古典の方法)
      Lesson 50 Tarbell’s Rope Mystery 接続使用の五つの方法
1933 Al Baker Al Baker’s Book
     Another Rope is Cut and Restored 細長いタネのループ
1938 Tenkai The Sphinx Miracle Rope Effect 2ヶ所を切る
     1974 The Magic of Tenkaiに再録
1938 J. N. Hilliard The Greater Magic
     The Tarbell Hindu Rope Mystery
     U. F. Grant Impromptu Method など
1938 Tom Osborne 3 to 1 Rope Trick 3分割ロープが1本に
     高木重朗著「ロープ奇術入門」と「ロープマジック」に解説
1941 Stewart James Abbott’s Encyclopedia of Rope Tricks(第1巻)
     紐切り 24作品  ロープ切り 62作品
     2005 Encyclopedia of Rope Tricksとして全3巻を1冊に再編集
     2010 世界のロープマジック全2巻として日本語版発行
1941 Harlan Tarbell The Tarbell Course in Magic Vol.1
     Tarbell System 6 のKellar、Germaine、古典の方法を再録
1942 Harlan Tarbell The Tarbell Course in Magic Vol.2
     古典の3種の方法 それぞれの新しい見せ方
     Himber’s Rope Mystery 本結びの使用
     Ted Collin’s Panama Rope Mystery 2ヶ所の本結び
1942 不詳 The Phoenix 20 10月号
     The Purloined Rope Trick 2ヶ所の縦結びを使用
      SAMボストンの月刊ニュース The Barnstormerより掲載
1942 Edward Victor More Magic of the Hands
     A Restored Tape and Ring Effect
1944 Keith Clark Nite Club Act Rope Royale
     3分割ロープの復活 ネタロープの使用
1944 Dariel Fitzkee The Only Six Ways to Restore a Rope
     ロープ切りの六つの考え方による分類
     1957年にRope Eternalとして再販
1948 Harlan Tarbell The Tarbell Course in Magic Vol.5
     The Tarbell Hindu Rope Mystery
1951 Harlan Tarbell The Tarbell Course in Magic Vol.6
     Bob Ellis’ Vishnu Rope Mystery ハサミを持ったまま2ヶ所切断
1951 柴田直光 奇術種あかし 紐の奇術
     ロープトリック百科事典より3作品と古典の改良1作品
1954 Hen Fetsch GEN誌(英国)Rope Session
     1955 Quad-Ropelets 商品として販売
     3本ロープの元作品 同じ長さにした後ロープ切りに続ける
1956 坂本たねよし・柳沢よしたね共著 奇術特選20題
     古典の3種の方法を改良して手順化
1956 Ben Ali ホーカスポーカスシリーズ1(力書房)
     ベン・アリーのロープ 中空のタネの輪を使用
1957 奇術研究6号 海外の3作品
     ヒンバーの本結びの使用、ターベルのバラバラに切ったロープ
     ジミー・トリンブルの接着剤を3箇所に使用した方法
1962 Stewart James Abbott’s Encyclopedia of Rope Tricks Vol.2
     Eddie Joseph Chain of Penitence 5回本結びして五つの輪
     その他にロープ切り数作品
1962 George Sands Ropesational
     高木重朗著「ロープ奇術入門」と「ロープマジック」に解説
1969 Eric Lewis Eric Lewis’ Rope Routine レクチャーで披露
     その後、小冊子の解説書発行
     高木重朗著「ロープ奇術入門」と「ロープマジック」に解説
1970 石川雅章 奇術と手品の習い方 3作品
     端を中央に見せて切る 8の字切り パナマロープ(結び目が飛ぶ)
1971 石田天海 The Thoughts of Tenkai
     天海のロープ切り 細長いループ状のタネを使用
     1996 天海IGP. Magicシリーズ Vol.1 に再録
1971 Pavel The Magic of Pavel
     Jet Rope 切って結んで風船をつけて割るとつながる
1972 Harlan Tarbell The Tarbell Course in Magic Vol.7
     ターベルの数作品とその他
1973 Dick Zimmerman Creative Magic
     Super Sucker Rope Trick 赤シールを剥がすと本当に繋がっている
     1976 奇術研究 77号に掲載
1973 Jean Merlin Rope Series Cut & Restored Rope
     1973 奇術界報 383号と 387号にそれぞれイラストで解説
       いずれも昔からの方法の改案 方法のスムーズさ
1974 松田道弘 クロースアップマジック
     天海氏や高木氏のハンドリングを加えて手順化
1976 高木重朗 ロープ奇術入門(日本文芸社) ロープ切り11作品
     古典の3種の方法を改良 5作品
     本結び使用のロープ切り 3作品
     Osborne Sands Lewis 3名のそれぞれの手順
1977 Bob Wagner Magnerian Magic 日本語訳版
     The Bang Rope 爆音と共に二つに分裂しすぐに1本に復活
     1992 Bob Wagner’s Master Notebook of Magic に再録
1979 Slydini The Magical World of Sliding
     Slydini’s Cut Rope 3分割ロープの復活
1982 高木重朗 不思議3号 ロープ切りの手順
1982 Pavel Super Walking Knot
     FISM Invention 部門で1位に、その後商品化
1983 Duke Stern Karrell Fox AbraKFox
     Duke’s Guatemala Rope Trick 2ヶ所の本結び
1987 高木重朗 ロープマジック(東京堂出版) ロープ切り11作品
     1976年の「ロープ奇術入門」とほぼ同じ
     違いはヒンバーのロープ切りが削除され高木氏の手順が追加
1987 Daryl Daryl’s Rope Routine 多数の写真のポスターと解説書
1988 澤浩 Sawa’s Library of Magic
     Supernatural Cut and Restored Rope
     Double Cut and Restored Rope
1990 高木重朗 The Amazing Miracles of Shigeo Takagi
     Do As I Do Rope Routine
     Double Cut and Restored Rope
1990 Mac King Mac King’s Other Rope Routine
     高木重朗氏とGeorge Sandsの方法を改案して手順化
1995 平岩白風 縄切りの術の手品考 「ワンツースリー9号」12月
2004 Francis Tabary The Award-Winning Rope Magic
     The Cut and Partially Restored Rope
     切断したロープ部分がロープ中央に溶け込むようにつながる
2005 Stewart James Encyclopedia of Rope Tricks Game Fajuri編集
     全3巻で発行されたロープトリック百貨事典を1冊に再編集
2006 泡坂妻夫 マジックの世界 切っても解けない結び目
2008 藤山新太郎 プロが教えるロープマジック 数作品
2010 世界のロープマジック(1)壽里竜訳 Ton おのさか編集
     上記百科事典の日本語版 2巻に分冊 (1)にロープ切りを集結
2014 George Sands George Sands Rope
     これまでの彼のロープトリックの全てを解説 DVD付き
2016 澤浩 澤浩のロープマジック 宮中桂煥著 Ton おのさか編集
     フェニックス・ロープ 短いタネの特殊な使い方 演出の面白さ
2017 河合勝・長野栄俊共著 「日本奇術文化史」日本奇術協会発行
     縄切りの歴史に関する記載


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