1本のロープに結ばれたシルクが脱出するマジックです。日本で大きく貢献されていたのが石田天海氏と平岩白風氏です。ところが、そのことが海外では全く知られていないだけでなく、日本においてもほとんど知られていません。天海氏の方法はもっともスマートで完成度が高く、平岩白風氏は多数の作品を発表され、その多くがロープから外れたシルクを空中へ飛び上がらせています。ところで、歴史変遷を調べていますと次々と奇妙なことが分かってきました。また、意外であったのは、1本のロープから外れるシルクマジックは、かなり昔からあると思っていたのですが、調べた結果では1941年が最初であったことには驚きました。このマジックは大きく四つに分類できるのですが、そのことをもう少し詳しく報告しつつ、奇妙な点についても触れさせていただきます。 |
天海の方法は普通に結んだように見えるだけでなく、素晴らしい特徴が、近くで見ても結び目の中をロープがまっすぐに通っているように見えることです。そして、一人で行える利点もあります。同様な他の方法では、ロープの両端を客かアシスタントに持ってもらう必要がありました。天海の方法では、見た目には単純に結んでいるだけのようですが、実際に行うとなると簡単にはできない奥深さがあります。特に素晴らしいことが、シルクの結び目部分のロープの状態がZ字型となり、まっすぐ通過しているように見せることができるようになっている点です。シルクにより、この部分のロープの状態をうまくカバーしているのも感心させられます。他の方法ではロープがU字型となり、近くで見ると窪んでいるためにロープが中断したように見えてしまいます。 |
平岩氏といえば古典マジックの研究で有名です。しかし、マジック作品も多数創作されています。奇術研究誌に多くの発表作品がありますが、1971年の58号から60号にかけてロープから結ばれたシルクが外れる7作品を発表されていました。最初の3作品はフォールスノットを使うのでシルクを持って外す必要があります。しかし、それ以外の4作品では、ロープを引っ張ることによりシルクを空中高く飛び上がらせる方法となっていました。これには少しのコツが必要ですが、数回練習すればうまく飛び上がらせることができます。これらの作品の中で私が最も好きなのが、ロープを蝶々結びにして二つのループの中へシルクを通して結ぶ方法です。通す位置を間違えると失敗するので注意が必要です。面白いのは、ロープの両側を引っ張るとロープがシルクに強く絡まり、団子状になって外れそうに思えないことです。しかし、その状態から一気にほどけて、結ばれたシルクが高く飛び上がります。この急変転が演じていても気持ちよく感じます。ところで、天海の方法ですが、少し顔を横向けた時にシルクが外れて落下する演出になっています。しかし、この方法も空中に高く飛び上がらせるのには非常に適した状態になっています。観客席と同じ高さで演じる場合に、演者の下半身が見えないことがあります。その場合には平岩氏のように空中に飛ばすほうが見栄えします。 |
このマジックは、手にロープを巻きつけて、その部へシルクを結びつけ、ロープの両端を重ねて引っ張ると、ロープにシルクが結ばれたまま手から外れます。その後でシルクがロープから外れ床へ落ちます。結論としては、天海氏による改案作品であることが分かりました。ダブルクライマックスに改良し、一人で演じられるように改良されていました。つまり、天海氏らしい改案であり、天海の作品ともいえるわけです。しかし、そのことをはっきりと書かれている文献がなかったために調査の手間をとりました。日本で最初に解説されたのが1956年の奇術研究3号です。当時、まだロスアンゼルスに住まわれていた天海氏より特別寄稿の作品が掲載されます。なお、帰国されるのは1958年です。13のイラストと細かい演技指導まで全て天海による記載です。「これはアメリカでも新鮮なもので、このような平易で見た目にもよい奇術が歓迎されております」と書かれています。誰かの作品のようにも思えるのですが、天海のオリジナルとも誰のものとも書かれていませんでした。その後、1961年の天海の「奇術五十年」の後部の「やさしい手品の解説」の中にも掲載されます。ところで、奇妙ともいえる記載が1977年の奇術研究80号です。全く同じ内容のマジックであるのに、ヒューガードのマジックとして解説されていたからです。ヒューガードのマジックであったのかと思ってしまいます。当時はそれが正しいと信じるしかなかったわけです。そして、最近では、2011年に日本語訳された「世界のロープマジック2」が東京堂出版から発行され、そこには手への結び方は同じであるのに、その後が少し違う作品がヘンリー・ホロヴァの名前で発表されます。そこで今回は、誰が最初であるのかの調査をしたくなったわけです。 |
シルクとロープの組み合わせの歴史が、かなり新しいことが分かり驚いています。以前の「2本のロープからの脱出」のコラムでも報告しましたが、2本のロープの場合は16世紀からある歴史が古いマジックであるのに、それに初めてシルクを使用されるのが1937年であったことが意外でした。1本のロープとシルクの場合は1941年が最初のようです。いろいろ調べましたが、それ以前には見つけることができませんでした。 |
このマジックで大きく話題になったのが、1980年代に演じられたジョナサン・ニール・ブラウンの演技です。ロープを垂直にして上端を歯ではさみ、下端を足で踏んで固定しています。ロープの中央にシルクを結び、左右の手でシルクの両端を持ったまま上方へ移動させると、ロープの上端で止まらず、ロープから外れて頭部までシルクが上昇する現象です。非常に見栄えのする演技です。ところで、この元になる方法の解説の最初が1941年になります。 |
この方法にも奇妙なことや意外なことがあります。いろいろな方法が発表されている中で特に印象に残っているのが、ゲル・コッパーのレクチャー演技です。彼は1979年にFISMグランプリを獲得し、1981年11月末に来日されました。ロープの中央に二つのループを作り、その中へシルクを通して、シルクの両端を結んでシルクの輪を作っています。ロープの両端を引っ張るとロープがまっすぐになり、シルクの輪の一部がロープに結ばれた状態のように見えます。ロープの上端を左手で持ち、下端を足で踏んで、右手がシルクをつまんだ瞬間に輪になったままで外れます。彼の方法は、1979年の奇術界報456号に既に解説されていました。 |
これによりスムーズに外せるのであれば、この方法が一番です。しかし、それほどあまくありません。かなり昔の米国の大会で、一度だけこの実演を見たことがあります。ステージで長いロープの両端を二人の客に持たせていました。3人目の客にロープの中央にシルクを結ばせています。演者はこのシルクの結び目部分を操作して、ゴソゴソと時間をかけてシルクを外していました。この時の大会の特集として、クラシックまたはネオクラシックのマジックとなっていたので、その一つとして演じられていました。100年以上前のマジックは、一つの現象に時間をかけるのが普通なのかと思いました。しかし、今回の調査で分かったことは、このマジックの最初が1944年であったことです。フェニックス誌66号のウォルター・ギブソン & ボスバーグ・ライアンが発表した方法でした。シルクの結び目の中へロープ中央部を折り曲げて差し入れ、反対側から出てきた部分にシルクの一端を通過させる方法です。客が結んだ場合には、少しだけシルクの状態の修正が必要となります。このことは1954年のターベルコース第6巻に解説されています。そのために彼らの方法では、ダイレクトにその状態となるように演者が結んでいます。1951年のラリー・ベッカーの方法では結び方がほぼ同じで、シルク端の引き出しをスムーズに操作しやすく工夫されていました。しかし、まだまだ問題を残したままでした。 |
分類3の改案の多くが、この分類となります。ただし、ロープから外してもロープに結ばれているような状態を保っています。シルクを結んだ後で秘密の操作を行うよりもスムーズに行える利点があるからのようです。1953年のGenii誌にタン・ホック・チュアンが発表され、1954年にはターベルコース第6巻でJimmy Herpickの方法が掲載されます。その後、さらに結び方の工夫がなされ、1967年のGenii誌のハル・ロビンスの方法や、それに影響を受けたブルース・サーボンの方法が有名になります。 |
ロープとシルクの関係はパズル的要素があり、カードのセルフワーキングマジックを考案するときと同じ楽しさがありました。特に分類3の考え方は、パズル的要素の強いものでした。今回のテーマでまとめたくなったきっかけは、小川勝繁氏より天海氏の方法を教わったことからです。これを習得しますと、結び方や結び目の完成度の素晴らしさに感激したことが大きな理由です。また、平岩白風氏のシルクが外れると同時に空中へ飛び上がる発想も面白く、実演したくなりました。そして、加藤英夫氏の新しい発想にも大きな刺激を受けました。そのような中で、分類3をもっとスムーズに出来ないかと考えた結果、一つの作品を完成できたことは大きな収穫です。2017年5月14日のIBM大阪の発表会で発行される「スベンガリ22号」に、その作品を掲載することになりました。 |