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コラム



第78回 ロープから脱出するシルクと奇妙な歴史(2017.5.12up)

はじめに

1本のロープに結ばれたシルクが脱出するマジックです。日本で大きく貢献されていたのが石田天海氏と平岩白風氏です。ところが、そのことが海外では全く知られていないだけでなく、日本においてもほとんど知られていません。天海氏の方法はもっともスマートで完成度が高く、平岩白風氏は多数の作品を発表され、その多くがロープから外れたシルクを空中へ飛び上がらせています。ところで、歴史変遷を調べていますと次々と奇妙なことが分かってきました。また、意外であったのは、1本のロープから外れるシルクマジックは、かなり昔からあると思っていたのですが、調べた結果では1941年が最初であったことには驚きました。このマジックは大きく四つに分類できるのですが、そのことをもう少し詳しく報告しつつ、奇妙な点についても触れさせていただきます。

石田天海氏の作品について

天海の方法は普通に結んだように見えるだけでなく、素晴らしい特徴が、近くで見ても結び目の中をロープがまっすぐに通っているように見えることです。そして、一人で行える利点もあります。同様な他の方法では、ロープの両端を客かアシスタントに持ってもらう必要がありました。天海の方法では、見た目には単純に結んでいるだけのようですが、実際に行うとなると簡単にはできない奥深さがあります。特に素晴らしいことが、シルクの結び目部分のロープの状態がZ字型となり、まっすぐ通過しているように見せることができるようになっている点です。シルクにより、この部分のロープの状態をうまくカバーしているのも感心させられます。他の方法ではロープがU字型となり、近くで見ると窪んでいるためにロープが中断したように見えてしまいます。

これを初めて見せていただいたのは横浜の小川勝繁氏からです。解説された資料もいただいて何とか習得することができました。これまでは一部のマニアの間だけで知られていたようです。本来の天海メモには解説されているのですが、その後の天海関連の文献には掲載されていませんでした。2013年発行の Monthly Magic Lesson Vol.96 の小川しげる特集号に「天海のペネトレーションハンカチ」として解説されたのがたぶん最初と思われます。天海の方法がいつ頃の考案であり、誰の方法を元にされていたのかを調べたくなりました。大阪府立中之島図書館3階の大阪資料古典籍室には天海メモのコピーが16巻保管されています。昔のコピー用紙が使われているので、1巻だけでもかなりの重さがあります。以前に全巻を一通り目を通したことがあり、ロープ関係が第11巻にあることが分かっていましたので、それを見せてもらいました。残念ながら、考案年も解説が書かれた年数の記載もありませんでした。元にした作品名の記載もありませんでしたが、この解説の数ページ前には別の方法のイラストが描かれていました。帰宅後にそのイラストの方法を調べますと、1953年のGenii誌5月号に解説されたTan Hock Chuanのものであることがわかりました。この影響を受けられていたのかもしれませんが、方法が大幅に違っています。興味深いことは、天海の方法の解説の冒頭に記載されていたことです。「改良すること4回にて完成に近い動作ができた。もし、その種をあかさずして4回繰り返して奇術師に見せても種は解らぬまでに改良されている事をほこる」と書かれていました。満足できる状態に完成した喜びの記載ですが、確かにこの方法を習得しますと、操作のスムーズさと結び目の完成度に感心させられます。

平岩白風氏の作品について

平岩氏といえば古典マジックの研究で有名です。しかし、マジック作品も多数創作されています。奇術研究誌に多くの発表作品がありますが、1971年の58号から60号にかけてロープから結ばれたシルクが外れる7作品を発表されていました。最初の3作品はフォールスノットを使うのでシルクを持って外す必要があります。しかし、それ以外の4作品では、ロープを引っ張ることによりシルクを空中高く飛び上がらせる方法となっていました。これには少しのコツが必要ですが、数回練習すればうまく飛び上がらせることができます。これらの作品の中で私が最も好きなのが、ロープを蝶々結びにして二つのループの中へシルクを通して結ぶ方法です。通す位置を間違えると失敗するので注意が必要です。面白いのは、ロープの両側を引っ張るとロープがシルクに強く絡まり、団子状になって外れそうに思えないことです。しかし、その状態から一気にほどけて、結ばれたシルクが高く飛び上がります。この急変転が演じていても気持ちよく感じます。ところで、天海の方法ですが、少し顔を横向けた時にシルクが外れて落下する演出になっています。しかし、この方法も空中に高く飛び上がらせるのには非常に適した状態になっています。観客席と同じ高さで演じる場合に、演者の下半身が見えないことがあります。その場合には平岩氏のように空中に飛ばすほうが見栄えします。

天海考案かの調査が必要となった作品について

このマジックは、手にロープを巻きつけて、その部へシルクを結びつけ、ロープの両端を重ねて引っ張ると、ロープにシルクが結ばれたまま手から外れます。その後でシルクがロープから外れ床へ落ちます。結論としては、天海氏による改案作品であることが分かりました。ダブルクライマックスに改良し、一人で演じられるように改良されていました。つまり、天海氏らしい改案であり、天海の作品ともいえるわけです。しかし、そのことをはっきりと書かれている文献がなかったために調査の手間をとりました。日本で最初に解説されたのが1956年の奇術研究3号です。当時、まだロスアンゼルスに住まわれていた天海氏より特別寄稿の作品が掲載されます。なお、帰国されるのは1958年です。13のイラストと細かい演技指導まで全て天海による記載です。「これはアメリカでも新鮮なもので、このような平易で見た目にもよい奇術が歓迎されております」と書かれています。誰かの作品のようにも思えるのですが、天海のオリジナルとも誰のものとも書かれていませんでした。その後、1961年の天海の「奇術五十年」の後部の「やさしい手品の解説」の中にも掲載されます。ところで、奇妙ともいえる記載が1977年の奇術研究80号です。全く同じ内容のマジックであるのに、ヒューガードのマジックとして解説されていたからです。ヒューガードのマジックであったのかと思ってしまいます。当時はそれが正しいと信じるしかなかったわけです。そして、最近では、2011年に日本語訳された「世界のロープマジック2」が東京堂出版から発行され、そこには手への結び方は同じであるのに、その後が少し違う作品がヘンリー・ホロヴァの名前で発表されます。そこで今回は、誰が最初であるのかの調査をしたくなったわけです。

まず、ヒューガード関連を調べますと、1943年から1965年までヒューガード・マジックマンスリー誌が発行されていますので、1956年以前を順次調べました。結局、見つけることができず、56年以降も調べますと、58年に解説されていることが分かりました。驚いたことは、この作品に関しては、奇術研究3号を元にして掲載されていたことです。奇術研究誌の発行者への謝辞も述べられていました。そして、天海のオリジナルとして解説されていました。そうであるのに、なぜか奇術研究80号では天海の名前がなく、マジックマンスリー編集者のヒューガードの名前で掲載されていました。なぜ、このようになったのかが不可解です。さらに調査を進めますと、1978年の奇術研究84号にオーストラリアのベリー・ゴーバンの手順化した作品を見つけました。ロープの中央にシルクを出現させた後、ロープを手に巻きつけてシルクを結ぶ部分ではフォールスノットにしていました。手から外した後、ロープに結ばれたシルクを上空へ飛ばして外し、その後でシルクの結び目を消しています。中心となる奇術は奇術研究80号に解説されたもので、その詳細は第3号にも石田天海氏が解説されていると書かれていました。ゴーバンの原文を調べますと、1976年のレクチャーノートに解説されており、そのマジックのクレジットとして、1958年のヒューガード・マジックマンスリーに解説された石田天海の作品と書かれています。1982年には、彼の「クロースアップ・レストランスタイル」冊子が発行されますが、そちらにも同じ内容で再録されていました。そうであるのに奇術研究84号では、この記載部分を削除されていました。結局、奇術研究にはこの作品が3回も繰り返し解説されていたことになります。なお、ロープを引っ張ってシルクを上空へ飛ばしていたのは、海外ではこの作品ぐらいで、平岩氏はそれより5年前に日本で既に発表されていたわけです。

ヘンリー・ホロヴァに関しては、元になる本のエンサイクロペディア・オブ・ロープトリックを調べますと、1980年(1982年?)の第3巻に解説されていることが分かりました。なお、第1巻が1941年で第2巻が1962年(1969年?)発行です。天海の発表よりもかなり後ですので、天海の方法をシンプルに改案したものかと思いました。その後、シルクの百科事典であるハロルド・ライス編集のエンサイクロペディア・オブ・シルクマジック第3巻を見ていて驚きました。この本は1962年発行で、こちらにもホロヴァの方法が解説されており、Tops誌に掲載されていたものであることが書かれていました。残念ながら、何年の何号か書かれていませんでしたが、編集者の死亡により1957年に終了していたことがわかっています。(New Tops誌が新編集者により1961年より再開されています) 結局、最終号の1957年でも、マンスリー誌による天海の海外での発表より前になり、ホロヴァーが原案者である可能性が高くなりました。

ホロヴァーの方法では、シルクを客に結ばせ、握った拳の両側から出ているロープを客にもたせて引っ張らせています。これにより、シルクを持った演者の手がロープから抜け出すことになります。天海の方法ではロープの両端を下方へたらし、この両端を他方の手で一緒に持って引っ張ることによりロープが抜けます。この時、シルクはロープに結ばれたままで、その後、ダブルクライマックスとしてシルクを落下させています。ところで、うまくロープを引っ張らなければ、手からロープが外れると同時に、シルクも落下してしまいます。これを防ぐためには、解説には書かれていませんが、2本とも引っ張っているように見せて、主に引っ張るのは手背側に垂れ下がったロープにすることです。シルクが結ばれているのは手掌側に垂れ下がっているロープであるからです。いずれにしても、このマジックは天海の方法により、作品価値がかなり高くなったと言ってもよさそうです。

歴史の意外性と4分類

シルクとロープの組み合わせの歴史が、かなり新しいことが分かり驚いています。以前の「2本のロープからの脱出」のコラムでも報告しましたが、2本のロープの場合は16世紀からある歴史が古いマジックであるのに、それに初めてシルクを使用されるのが1937年であったことが意外でした。1本のロープとシルクの場合は1941年が最初のようです。いろいろ調べましたが、それ以前には見つけることができませんでした。

このマジックは大きく四つの方法に分類できます。それぞれに素晴らしい方法が発表されています。

 1)シルクのフォールスノットを使用する方法
 2)ロープを特別な状態にしてシルクを結ぶ方法
 3)ロープにシルクを本当に結んでから外す方法
 4)ロープにシルクを結びつつ外してロープに絡ませる方法

それぞれの方法について、奇妙なことや興味深いことがありますので詳しく報告することにします。

分類1 フォールスノットを使う方法

このマジックで大きく話題になったのが、1980年代に演じられたジョナサン・ニール・ブラウンの演技です。ロープを垂直にして上端を歯ではさみ、下端を足で踏んで固定しています。ロープの中央にシルクを結び、左右の手でシルクの両端を持ったまま上方へ移動させると、ロープの上端で止まらず、ロープから外れて頭部までシルクが上昇する現象です。非常に見栄えのする演技です。ところで、この元になる方法の解説の最初が1941年になります。

フォールスノット(ターベルコースでは溶ける結び目のタイトル)は、結び目を作って両端を引っ張ればほどける結び方です。よく知られた方法ですが、ロープに結んだ場合には状況が大きく変わります。シルクの両端を引っ張ってもロープから外れず、シルクがロープに絡まった状態になるからです。絡まらないようにするために、フォールスノットした後でシルクの一端を、絡まる方向とは逆方向へロープに絡ませておく必要があります。このマジックは結び目を残したままシルクが外れる現象ですので、フォールスノットした上に続けて普通の結び目も作る必要があります。もし、フォールスノットが外れる状態になっていなければ、後で作った結び目のためにロープに強く結び付けられた状態となり、大恥をかくことになりかねません。最近では、ロープの手前側から右手を回してフォールスノットをすることにより、自動的にシルク端を逆方向へ絡ませる解説を見かけるようになりました。

最初に解説されたのが1941年のターベルコース第1巻で「トミー・ダウドのシルクペネトレーション」のタイトルになっています。ロープを垂直にして、ロープの上端を歯ではさみ、下端を足で押さえています。ジョナサン・ニールの方法と同じです。ターベルはこれを見せられた後、ショーの一部に加えたことを報告しています。そして、発表を許してくれたトミー・ダウドとスチュアート・ロブソンに感謝しますとも書かれています。そうであるのに奇妙なことが、1953年発行のハロルド・ライス著 “Encyclopedia of Silk Magic Vol.2” です。その中にはペネトレーション現象の章があり、これと同じ方法のマジックが解説されていたのですが、考案者がハロルド・ライスとなっていました。方法は全く同じで、違っている点はロープを客に持たせていることだけです。ロープの上端を客の手に握らせ、下端を足で踏ませています。

さらに、もっと奇妙なことが、その翌年となる1954年発行のターベルコース第6巻での記載です。このマジックのタイトルが「ターベルとライスの溶ける結び目」となっていました。ロープを水平にして両端を客に持たせている点は違っていますが、それ以外の方法は同じです。そうであるのに、考案者がタイトルに書かれた二人となっていました。ライスとターベルが、この傑作の動作を組み立てたと冒頭で報告されています。そして、ターベルのショーの中のヒットとなったとも書かれています。これでは、第1巻に書かれていたダウドのロープを使った方法が全く無視されており、その中で書かれていたターベルが影響を受けたことにも触れられていないことが不可解です。ハロルド・ライスがダウド以前から演じていたことが分かり、そのようになったのでしょうか。このことについての調査は十分にできませんでした。

なお、第1巻には「アル・ベイカーの腕を通り抜けるハンカチ」のマジックの解説もあり、全く同じ結び方でロープの代わりに客の腕が使われていました。この方法は、1933年の「アル・ベーカー・ブック」に既に解説されており、このような結び方で外す方法の最初となるのかもしれません。1941年のターベルコース第1巻には、同じ方法でシルクにシルクを結んで外す「ファントムノット」が解説され、1943年のターベルコース第3巻では、ステッキやイスの背もたれを使ったタバーの方法が発表されています。結局、このような結ばれたシルクが外れる原理のマジックの原案をアル・ベーカーとすべきで、他の作品はロープやシルクやステッキなどの素材に変えていると言えます。もちろん、それぞれに工夫があり、特に縦にしたロープやジョナサン・ニール・ブラウンの演出は見栄えがし、その点でのオリジナル性を感じました。なお、1954年のターベルコース第6巻には、違ったフォールスノットを使うミドルスワートの方法が解説されています。ロープから外れる結び方をしつつ、シルクに結び目が残る方法になっていました。

分類2 ロープを特別な状態にしてシルクを結ぶ方法

この方法にも奇妙なことや意外なことがあります。いろいろな方法が発表されている中で特に印象に残っているのが、ゲル・コッパーのレクチャー演技です。彼は1979年にFISMグランプリを獲得し、1981年11月末に来日されました。ロープの中央に二つのループを作り、その中へシルクを通して、シルクの両端を結んでシルクの輪を作っています。ロープの両端を引っ張るとロープがまっすぐになり、シルクの輪の一部がロープに結ばれた状態のように見えます。ロープの上端を左手で持ち、下端を足で踏んで、右手がシルクをつまんだ瞬間に輪になったままで外れます。彼の方法は、1979年の奇術界報456号に既に解説されていました。

1990年には、高木重朗氏の改案が海外で発表されます。リチャード・カウフマン著の高木重朗作品集に「ザ・リーピング・シルク」のタイトルがつけられていました。最後の段階でロープの両端を客に持たせ、別のロープをシルクに引っ掛けてロープを結びながら引っ張ると、別のロープの方へ結ばれたシルクが移る現象です。この本は、1992年に日本語訳されて東京堂出版から発行されました。意外なことは、1943年のターベルコース第3巻に高木氏の方法とほとんど同じ方法が解説されていたことです。「スナップアウェイ・シルク」のタイトルとなっています。奇術研究第3号では、高木氏がこのマジックを日本語訳して掲載されていました。そうであるのに、高木氏の本ではこのマジックに関して、上記のことを何も書かれていませんでした。他の作品の場合には、原案や影響を受けた作品についてきっちりと書かれていたので、奇妙な思いがしています。この本は高木氏の素晴らしいオリジナルや改案が集められた本であっただけに、不可解であったわけです。さらに調べますと、1978年の奇術研究84号で、高木氏の改案解説を見つけました。ここには、古いシルク奇術の改良と書かれています。演技をスムースにするために、シルクを結んで輪にしたものにロープをかけて始められています。また、別のロープへ移す時には、ロープを結びつつ飛び移ったように見せる考え方の改良があります。その後発行された高木氏の海外版の本では、何故かシルクを輪にして始める方法をやめて、従来の方法に戻されていました。そのために、全体的に従来の方法との違いが少ない状態になったと考えられます。

このマジックに関して、もう一つ意外なことがあります。1990年発行の児玉恭治著「なるほど!手品BOOK」に解説されていた方法です。最初にイラストを見たときに間違っているのではないかと思いました。ロープの二つの輪の中へシルクを入れて、普通に1回だけロープに結びつけていたからです。シルクの輪にはしていませんでした。これではロープを引っ張ってまっすぐに出来ないので失敗すると思いました。ところが、実演してみるとうまくできるだけでなく、こちらの方が私は気に入りました。シンプルで不思議さが強くなるのではないかと考えたからです。その後調査を続けていて、意外なことが分かりました。1941年のエンサイクロペディア・オブ・ロープトリック第1巻にJay-Bee’s Knotが解説されており、それが児玉氏の解説と同じでした。これがこの外し方の原案であることが分かり驚きました。ロープに結ばれた部分をつまんで、左右に動かして結ばれていることを示した後、上方へ引っ張り上げて外すと同時に、上空へ投げ上げていました。シルクの輪にする方が改案であったわけです。上方へ投げ上げるといっても手を使っているわけで、平岩氏の場合にはシルクを触らずに行っていた点で大きな違いがあります。 上記の結び方以外では、天海氏やヘンリー・ホロヴァの手にロープを巻きつけて行う方法があります。さらに、平岩白風氏は1971年の奇術研究59号と60号に、この分類の4作品を発表されています。蝶々結びを使う方法、ロープのフォールスノットを使う方法、ロープを手に結びつける方法をシンプルにした方法、2本のストローを絡ませるマジックのようにロープとシルクで行う方法の4作品です。4作品とも最後には基本的にシルクを上空へ飛ばしていました。蝶々結びを使う方法に関しては、1999年のザ・マジック40号に二川滋夫氏が、いくつかの工夫を加えて解説されていますので、是非チャレンジしてほしいマジックです。

分類3 ロープにシルクを本当に結んでから外す方法

これによりスムーズに外せるのであれば、この方法が一番です。しかし、それほどあまくありません。かなり昔の米国の大会で、一度だけこの実演を見たことがあります。ステージで長いロープの両端を二人の客に持たせていました。3人目の客にロープの中央にシルクを結ばせています。演者はこのシルクの結び目部分を操作して、ゴソゴソと時間をかけてシルクを外していました。この時の大会の特集として、クラシックまたはネオクラシックのマジックとなっていたので、その一つとして演じられていました。100年以上前のマジックは、一つの現象に時間をかけるのが普通なのかと思いました。しかし、今回の調査で分かったことは、このマジックの最初が1944年であったことです。フェニックス誌66号のウォルター・ギブソン & ボスバーグ・ライアンが発表した方法でした。シルクの結び目の中へロープ中央部を折り曲げて差し入れ、反対側から出てきた部分にシルクの一端を通過させる方法です。客が結んだ場合には、少しだけシルクの状態の修正が必要となります。このことは1954年のターベルコース第6巻に解説されています。そのために彼らの方法では、ダイレクトにその状態となるように演者が結んでいます。1951年のラリー・ベッカーの方法では結び方がほぼ同じで、シルク端の引き出しをスムーズに操作しやすく工夫されていました。しかし、まだまだ問題を残したままでした。

その後、かなり新しい発想で発表されたのが加藤英夫氏です。1968年の「まじっくすくーる」や1969年のGenii誌に発表され、その応用作品を1970年のTalisman誌や1971年の「ふしぎなあーとNo.3」にも掲載されています。少し違った方法で本当に結び、結び目をつまんで外しています。これまでの手を使っていた秘密の操作をロープや棒にさせており、頭の良い逆転の発想と言えます。さらに、応用作品では手でつままない方法に改良されていました。

変わった方法では、1974年の日本のブルーバックスから発行のマーチン・ガードナー著「数学ゲーム2」に、数学者のフィッチ・チェニーから教わった方法が解説されます。セルフワーキング的な方法で、長いロープを逆Z字状に三つ折りにして、その中央を3本のロープを束ねるようにしてシルクを結んでいます。それぞれのシルク端を、ロープの折り返しがあるループの中へ上から通過させ、二つのシルク端を結びます。このままロープの両端を引っ張ると、結ばれたシルクがロープから外れます。問題はこの本の解説だけでは不十分で、解説通りに行っても5割の割合で外れなくなります。シルクを結ぶ時に右を手前に重ねるか、左にするかで違ってくるからです。この外れるメカニズムを考えるだけでも面白さがあり、この分類3のメカニズムの謎の解明に役立ちます。

ところで、私もこの分類のマジックの一つを考案しました。公正に結ばれていることを示した後、マジック的に外すためには、強く結び目をしめた方がよいと言って、そのようにします。シルクの両側のロープを持ったまま、シルクがきっちりと結ばれていることを示し、そのままロープを引っ張ると、シルクが外れて高く飛び上がります。最後の段階で、結び目を見せるために天海氏の考えを取り入れ、空中へ飛ばすのは平岩氏の考えを取り入れています。

分類4 ロープにシルクを結びつつ外してロープに絡ませる方法

分類3の改案の多くが、この分類となります。ただし、ロープから外してもロープに結ばれているような状態を保っています。シルクを結んだ後で秘密の操作を行うよりもスムーズに行える利点があるからのようです。1953年のGenii誌にタン・ホック・チュアンが発表され、1954年にはターベルコース第6巻でJimmy Herpickの方法が掲載されます。その後、さらに結び方の工夫がなされ、1967年のGenii誌のハル・ロビンスの方法や、それに影響を受けたブルース・サーボンの方法が有名になります。

日本においては、1967年の奇術界報309号に高木重朗氏の方法が解説されています。また、石田天海氏の方法が一部のマニアの間で知られるようになります。この天海氏の方法が最もスマートであるだけに、海外の文献に発表されていなかったのが残念です。

おわりに

ロープとシルクの関係はパズル的要素があり、カードのセルフワーキングマジックを考案するときと同じ楽しさがありました。特に分類3の考え方は、パズル的要素の強いものでした。今回のテーマでまとめたくなったきっかけは、小川勝繁氏より天海氏の方法を教わったことからです。これを習得しますと、結び方や結び目の完成度の素晴らしさに感激したことが大きな理由です。また、平岩白風氏のシルクが外れると同時に空中へ飛び上がる発想も面白く、実演したくなりました。そして、加藤英夫氏の新しい発想にも大きな刺激を受けました。そのような中で、分類3をもっとスムーズに出来ないかと考えた結果、一つの作品を完成できたことは大きな収穫です。2017年5月14日のIBM大阪の発表会で発行される「スベンガリ22号」に、その作品を掲載することになりました。

最後に参考文献を掲載しますが、その前に、現在入手可能な本で上記の作品が多数解説された「世界のロープマジック2」の掲載作品とページ数を報告させていただきます。

「世界のロープマジック2」(東京堂出版)
  ラリー・ベッカー ノット・イフェクト 29ページ
  タン・ホック・チュアン ノット・イフェクト 30ページ
  ジェイ・ビー アンディスターブド・ノット 121ページ
  ヘンリー・ホロヴァ ロープ・アンド・シルク・ペネトレーション 180ページ
  ハル・ロビンス ノッテド・ハンク・オブ・ロープ 187ページ
  加藤英夫 スルー・ソリッド 191ページ



【参考文献】

1941 Jay Bee Jay-Bee’s Undisturbed Knot
     Stewart James著 Abbott’s Encyclopedia of Rope Tricks
1941 Tommy Dowd Silk Penetration The Tarbell Course in Magic Vol.1
1943 Harlan Tarbell & Louis Tannen Snap-Away Silk and Knot
     The Tarbell Course in Magic Vol.3
1944 Walter Gibson & L.Vosburgh Lyons Release from Reason
     The Phoenix 66
1951 Larry Beckers Knot is Not a Knot Genii July
1953 Tan Hock Chuan Variation of Larry Becker’s Knot Effect Genii May
1953 Harold Rice Rice’s Encyclopedia of Silk Magic Vol.2
     Rice’s Dissolvo 1941のTommy Dowdとほぼ同じ
     Harlan Tarbell  Snap-Away Silk and Knot再録
     Walter Gibson & L.V. Lyons Release from Reason再録
     Larry Beckers Knot is Not a Knot再録 
1954 Tarbell Course in Magic Vol.6
     Jimmy Herpick Single Knot Release 
     Tarbell & Rice Dissolve Handkerchief Knot
     Walter Gibson & L.V. Lyons Release from Reason再録
     Middleswart Handkerchief Knot
1956 石田天海 紐とハンカチの貫通 奇術研究3号
     1961 石田天海 抜け出るハンカチ 奇術五十年に再録
1958 Tenkai Double Climax Hugard’s Magic Monthly 2月号
     奇術研究3号を元にした上記作品の英語版
     1977 奇術研究80号 クライマックスの二重奏(日本語に)
      何故か作者名がヒューガードに
1962 Harold Rice Rice’s Encyclopedia of Silk Magic Vol.3
     Tan Hock Chuan’s Knot Effect再録
     Jimmy Herpick Single Knot Release再録
     Middleswart Handkerchief Knot再録
     Henry Holova Rope and Silk Penetration Tops誌からの再録
1962 Stewart James著 Abbott’s Encyclopedia of Rope Tricks Vol.2
     Larry Becker’s Knot Effect再録
     Tan Hock Chuan’s Knot Effect再録
1967 Hal Robbins Knotted Hank Off Rope Genii March
     1967 奇術研究 48号 日本語解説
1967 高木重朗 奇術界報 309号 シルクとロープ
1968 加藤英夫 Through Solid まじっくすくーる No.53
     1969 Genii 9月号に掲載
1970 加藤英夫 Double Penetration Talisman Vol.1 No.33 上記の改案
     1971 ふしぎなあーと No.3 クイックシルクエスケープとして掲載
1971 平岩白風 奇術研究 58号 フォールスノット使用の3作品
1971 平岩白風 奇術研究 59号 フォールスノットを使わない2作品
     ロープで結んでシルクでまた結ぶ}
     ロープの蝶結びにシルクを結ぶ
1971 平岩白風 奇術研究 60号 上記59号の続き2作品
     ロープから離れて宙へ飛ぶシルク
     ロープの輪から抜けて飛ぶシルク
1972 Bruce Cervon Off A Rope(ロープとハンカチ) 奇術界報 357号
     原文での最初の掲載文献不明
     1973 Bruce Cervon ハンカチのロープ抜け 奇術研究 69号
     1988 Bruce Cervon Off A Rope The Cervon File
1974 フィッチ・チェニー 数学ゲーム2(マーチン・ガードナー著)
     逆Z状ロープを束ねて結んだハンカチの脱出
       1961年から63年のサイエンス誌掲載記事からの抜粋
     1968 John Fisher’s Magic Book
       Zany Penetrationとして掲載(作者名なし)
1976 Barry Govan Rope N Silk Lecture Note
     1978 ベリー・ゴーバン ロープとシルク 奇術研究84号
     1982 Barry Govan Close Up Magic Restaurant Styleに再録
1978 高木重朗 ジャンピングシルク 奇術研究84号
1979 ゲル・コッパー シルクとロープ 奇術界報456
1980 Stewart James著 Abbott’s Encyclopedia of Rope Tricks Vol.3
     Hal Robbins Knotted Hank Off Rope再録
     Hideo Kato Through Solid再録
     Henry Holova Rope and Silk Penetration再録
1990 高木重朗 The Leaping Silk The Amazing Miracles of Shigeo Takagi
     1992 高木重朗の不思議の世界 上記の本の日本語版
1990 児玉恭治著 なるほど!手品BOOK
     十字くずし フォールスノット使用の方法
     帯締めとかし ジェイ・ビー・ノット使用の方法
1999 二川滋夫 シルクと蝶結びのロープ ザ・マジック40号
     平岩白風氏の方法の結び方の工夫
2008 藤山新太郎 プロが教えるロープマジック
     エスケープハンカチ
     ロープとシルク結び解け ジョナサン・ニール・ブラウンの演出で
2011 世界のロープマジック2 (日本語訳版) 6作品 上記を参照
2013 石田天海 Monthly Magic Lesson Vol.96
     小川しげる氏による天海のペネトレーションハンカチ  


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