最近になってありえないパンチ穴移動現象を見ました。1枚のカードを垂直にして、2本の指で持っているだけで下側のパンチ穴が上へ飛び移ります。何かしたようには見えません。これは海外の商品ですが、昔に比べ進化していることに興味を持ちました。2013年には私が所属していますRRMCの会で谷英樹さんが演じられた現象にも圧倒させられました。谷さんの演技は今でもYouTube(チャンネル名:TANISHImagic)で観ることができるだけでなく、その映像の人気が高く、かなりの再生回数になっています。しかし、パンチ穴のマジックで最もインパクトが強かったのは、同じくRRMCに所属しています益田克也さんの消えるパンチ穴です。1枚のカードだけで演じ、本当にパンチ穴があいていることを示した後で、指で穴を取ると穴が消えています。カードを客に渡して調べさせることができます。タネを見せてもらいましたが、今までにない画期的な発想と緻密な配慮に感心させられました。残念ながら、素晴らしすぎてこのマジックの権利をカッパーフィールドが購入することとなり、その後、見ることができなくなりました。 |
このマジックを初めてみた頃の印象を私のノートと記憶から思い出して報告します。1993年3月10日に、数名のマニアの集まりで益田さんがこのマジックを演じられました。Bee 銘柄の1枚のカードを使っています。コーナー近くにパンチの穴があいており、穴を通して上から下側が見えます。そして、小さな棒を通過させて、本当に穴があいていることも証明していました。この穴の上下を親指と人差し指でつまんで取る操作をして、穴をポケットへ入れると、カードからは穴が消えています。カードをそのまま客に渡して調べさせることができます。穴があいていた形跡すらありません。左手に持っている1枚だけのカードは、全体が見えたままで、チェンジしたり何かでカバーすることもありません。穴を指でつまむ時に穴がカバーされるだけです。この時にタネを見せてもらいましたが、タネの素晴らしい発想に感激してしまいました。私には考えもしなかった発想で、その柔軟な思考には勝てないと思いました。しかし、このタネには一つだけ気になる点がありました。このままでは客にカードを渡した場合には、タネが露呈しないうちに早くカードを取り戻した方がよいと思いました。 |
YouTubeで人気のある谷さんのムービングホールは、他の作品と何が違うのでしょうか。客にサインさせたカードを裏向けてパンチで穴をあけ、それが瞬間的に他の場所へ飛び移り、さらに別の場所へ飛び移ります。そして、一気に4箇所に穴があいた状態となり、表向けて客に渡すことができます。この最後のありえない状態を見てしまうと、もう一度最初から映像を見直したくなるマニアが多かったのではないでしょうか。 |
最近ではカードを使用するのが主流です。商品やYou Tubeにもたくさんの方法が発表されています。一つだけの穴が移動することもあれば、4隅にあけられた穴が一箇所に集まる現象もあります。しかし、パンチ穴を使った最も古いマジックは移動現象ではなく、パンチ穴の復元現象でした。4分割した小さな4枚の四角形の紙を重ね、中央にパンチで穴をあけています。客に渡した1枚が復元できず、演者が試みた3枚は穴が消失して復元します。1940年1月のThe Jinx No.77に発表されたL. Vosburgh Lyonsの “A Hole In One”です。1945年発行の “My Best” の本に再録され、よく知られるようになります。この作品には、4枚とも本当にパンチ穴をあけたように見えるのかといった疑問点があります。実際には3枚をずらして1枚しかパンチしていません。しかし、面白い発想が、パンチした後4枚を重ね、4枚ともに穴があいているように見せている点です。そのために黒穴(ブラックホール)を使う必要があります。この偽物の黒穴を使う発想が、その後のエルムズリーや厚川昌男氏の作品にも使われ、穴が動いたように見せる重要な役割を持つことになります。 |
1950年のフェニックス誌に発表されたエルムズリーの「パンクチャー」が、パンチ穴移動の最初の作品となります。つまり、ムービングホールの最初の作品です。名刺を使った現象ですが、名刺の束も使います。名刺の束の中央部分を幅のある青色の帯で束ねています。束から1枚の名刺を引き出すと、一方のサイド中央にパンチ穴があいています。客に調べさせた後、束の上へ置くと、穴が帯の上になるために穴から青色が見えます。この穴を指で押さえてエンド側へ移動させます。この名刺を取り上げて客に渡すことができます。このままでは問題になるのが、穴をエンド側へ移動させた時に青色の帯から外れるために、穴からは白色しか見えないことです。効果が弱くならないようにエルムズリーの方法では、パンチ穴の周りに少し色がある布製の丸いシールのような補強リングが貼られています。この補強リングごと穴を動かして、移動現象を分かりやすくしています。大きな問題は、穴を動かす前に名刺をすり替える必要があることです。そのために、これから起こることを説明している間に名刺の束から客の視線を少しだけ外させる必要があります。もちろん、このエルムズリーの方法でも十分に通用します。 |
興味深い方法が、1979年のMUM誌に発表されたNed Wayの作品です。マジック仲間から上記の名刺を使ったパンチ穴の移動の話だけ聞いて考案したために、全く違う方法の作品が出来上がりました。1枚だけの名刺で見せる現象と思っていたようです。名刺の束を使わない方法になっています。実際には、もう1枚の名刺を使っているのですが、その存在を見せない工夫がされています。グライドを使い、最後にはパームを使って余分な1枚を処理しています。また、1986年の鈴木徹氏の方法にも感動させられました。名刺用の白いカードが使われています。本に解説される以前にご本人より見せていただきましたが、シンプルなのに不思議さが強烈な現象でした。 |
1981年頃にマイケル・パワーのHoly Terrorが商品として発売されます。これがカードを使用したムービングホールトリックの最初となります。カードの4隅にパンチ穴があけられ、それが一つずつ1箇所に集まるマトリックス現象です。二つのデックとギミックカードも使われていたそうです。実際の演技は見たことがありません。しかし、1984年に発行されたFFFFの作品集に、この商品を基にしたDavid Walkerの改案が発表されます。こちらはギミックカードを使っていません。青デックから1枚選ばせ、サインさせて四隅にパンチ穴をあけています。これを赤デックの上に置くと、穴から赤色が見えることになります。この穴が一箇所に集まります。また、1984年頃に京都のマジカルアートクリエーションの黒沼昇氏より、原案をもっとシンプルにされたパンチ穴のマトリックス現象を見せていただきました。いずれも良くできているのですが、もっと楽でスピーディーでビジュアルな方法に改良したくなりました。そして、作り上げた作品を85年の京都の発表会で演じました。デックのトップにブランクカードを置いて、その上へサインさせた四隅にパンチ穴がある客のカードを裏向きにおきます。一つ目の穴の移動はこれまでと同じで指で引き寄せるだけですが、残りの二つは一気に集めています。カードを右側へサイドジョグして上下に本当の穴があることを確認させ、カードをデック上にそろえるだけで、左内隅に四つの穴が集合します。表向けてサインと集まったパンチ穴がある状態で客にプレゼントできます。1990年には、マイケル・パワーが一つのデックで行える商品のHoly Terror 2を発売しています。1999年のポール・ウィルソンのビデオでは、Unholy Gatheringのタイトルで1箇所に集まる簡易な方法を解説しています。 |
カードを使ったムービングホール・トリックは1981年頃のマイケル・パワーが最初です。しかし、カードのパンチ穴トリック自体は1年前の1980年にマルローが発表していました。パンチ穴を使っていますが、どちらかといえば一般のカードマジックに近い扱いの作品です。客のカードを裏向けて中央にあけたパンチ穴が消失し、最初にデック中央に表向きに入れていたジョーカーに穴が移動する現象です。1983年には、これを少し変えた作品がJ.K.Hartmanにより発表されています。穴の移動現象をなくし、客のカードの穴の消失だけで終わっています。いずれもチェンジのためにKMムーブが使われています。1986年にはジョニー・リンドホルムが、即席のムービングホール作品を発表しています。カードの両エンドにパンチ穴を開けた後、一方のエンドに二つの穴を集めています。マイケル・パワーの方法をシンプルにして、一つの穴の移動現象だけにしています。このリンドホルムの方法に工夫を加え、さらに演じやすくしたのがDavid AcerのNo Holes Barredです。1992年のGenii誌6月号に解説されています。1991年のBob Hirschの方法では、1枚だけしか使っていないように見せて行う方法です。一方のエンドに多数のパンチ穴をあけ、これらが消失する現象です。1986年の鈴木徹氏の方法に近い発想が使われています。ところで、この解説を書いたハリー・ロレインは、1980年代はじめにHirschより見せてもらったことを報告しています。鈴木徹氏の発表よりも以前になるのですが、何故10年も経ってからの発表となったのかが不思議です。1993年のリチャード・バートラムの本では、穴の消失や出現の手作りの方法が解説されています。細長い紙のアームや蝶番としてのゴムシートが使われています。この本にはパンチ穴に関連したトリックが数作品発表されているのですが、カード上でのパンチ穴移動現象は一つだけです。2010年のMAGIC誌7月号にはGlenn Westによる簡易なムービングホールが解説されていました。穴のあるカードを裏向きにデックの上においても、裏模様の関係で穴の存在が分かりにくくなります。デックから穴がある部分を外へ突き出せば穴の存在が分かるのですが、それをうまく利用した作品になっています。このような発想を利用した作品が今までにもありましたが、それをメインにしたのはこれが最初かもしれません。 |
2000年以降は商品として発表されているのが特徴的です。そして、次々と新しい発想の作品が発表されています。特に、2016年秋のMichael ChatelainのMatrix 2 には驚かされました。ここまでパンチ穴の現象が進化しているのかと思いました。1枚のカードを片手だけでコーナー部分を指でささえて持っているだけで、何もしていないように見えるのに、穴が瞬間移動するからです。瞬間移動とは、一方の穴が消失すると同時に、別の位置の穴が現れることを言います。4隅の穴が上側のエンドに一列に並ぶ状態になります。同じ2016年に発売されたTom ElderfieldのSpace Timeや、Agus TjiuのVoidの商品も片手で持っているだけで瞬間移動できます。この2作品は一つの穴が2箇所へ移動するよく似た現象で、裏表のあらためが可能な特徴があります。カードの中央付近を指で摘んで持っているだけです。このような瞬間移動は、2013年のフランスのAlexis De La FuenteのFlikが最初かもしれません。この商品は1箇所だけの移動です。 |
今回はムービングホールだけでまとめる予定をしていました。最近の驚いた商品や谷英樹さんのYouTubeの作品もムービングホールの現象であったからです。しかし、パンチ穴の最初の作品が穴の消失であり、私が好きな益田克也さんの作品も穴の消失です。そこで、ムービングホールだけに限定しないことに変更しました。穴の大きさに関しては、パンチ穴を原則として、大きい穴の作品は基本的には省くことにしました。大きな穴の場合、穴があいたカードと別のカードとの穴の入れ替わり現象や、穴から見えているカードの変化現象が中心であったからです。しかし、大きい穴でもDave Forrestの商品のように穴が動いているように見える現象や、LindenfeldのHollow 2 のように穴が大きくなったり小さくなる現象は取り上げることにしました。パンチ穴の大きさでもマルローの作品の場合は、一般のカードマジックに近い現象で、本来であれば含めるべきでない作品です。しかし、カードを使ったパンチ穴の最初の作品であることから外すことのできないものでもありました。 |