クラシックマジックであるのに新鮮でインパクトがあるマジックです。その現象は、手に持ったカードが袖を通って上着の内側や、さらに、反対側を下ってズボンのポケットから取り出されます。ズボンから取り出すのもカード・アップ・ザ・スリーブなのかと怪訝な思いをされた方がおられるとすれば、今回このテーマをまとめた意義が大きかったことになります。残念ながら、最近では、ほとんど演じられているのを見かけることが少なくなりました。ところで、大阪にはこのマジックの二人の名手がおられます。根本毅氏と宮中桂煥氏です。お二人とも改良が加えられていて不思議で、ほれぼれするすばらしい演技をされます。
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1 カード・アップ・ザ・スリーブの現象の意外性 |
私は長い間、上着の内側の肩から取り出すのがカード・アップ・ザ・スリーブで、ズボンのポケットから取る出すカード・ツー・ザ・ポケットとは別のものと思っていました。しかし、歴史を調べますと面白いことが分かります。1902年のチャールズ・バートラムの作品ではズボンのポケットへ移動させているのにカード・アップ・スリーブのタイトルです。1909年の「アート・オブ・マジック」でもカード・アップ・ザ・スリーブのタイトルで2作品が解説されています。いずれもズボンのポケットからの取り出しです。1927年のターベルシステム(同じ作品が1945年のターベルコース第4巻に再録)にもカード・アップ・ザ・スリーブのタイトルで2作品が掲載されています。1作品目がズボンのポケットの使用で、2作品目が上着の内側の肩からの取り出しとなっていました。その後の作品では、ズボンのポケットを使用する場合は「カード・ツー・ザ・ポケット」のタイトルが多くなります。しかし、袖を通って移動するセリフや演出があったので、カード・アップ・ザ・スリーブの作品とも言えるわけです。
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最初に解説された作品とされる1868年のロベール・ウーダンの方法では、デック全体を使い、客に1枚のカードを選ばせています。このカードをデックへ戻させ、左手に持って、カードを次々と袖を上昇させ、上着の内側の袖の上部の部分から取り出す現象です。しかも、客に好きな数を指定させ、その枚数目に上昇したカードが客のカードとなります。さらにその後、デックの残りも数枚ずつ次々と取り出していました。1877年のSachsの方法では、同様の現象ですがベスト部分から取り出すと書かれていました。1902年のアードネスの本になって、上着の内側の肩の部分から取り出しと書かれるようになります。現象は同様ですが、大きく異なるのは、客のカードが取り出された後のデックを、左右の肩から数回に分けて取り出していたことです。それには、左手によるボトムパームが効果的に使用されていました。なお、Sachsとアードネスの作品のタイトルは、いずれも「トラベリングカード」となっています。そして、1902年のチャールズ・バートラムの作品により、初めて12枚のパケットだけの使用となり、客のカードを選ばせることも省略されました。さらに、ズボンのポケットへの移動現象となっています。こちらでは「パッシング・12カード・アップ・スリーブ」のタイトルが使われています。 |
なぜ袖を通るセリフや演出が行われるようになったのでしょうか。デックやパケットを持っている手や袖に客の意識を向けさせている方が都合が良かったことがありますが、それだけではなさそうです。右手にパームしていても、右手で左肘部分を少し引き上げながら、袖を通ると言ったり、肘に引っかかっていると言うだけで右手が自然に見えます。また、右手にパームした状態で、左袖を上がって胸の前を通り、右ズボンのポケットまでの経路を示して、ズボンのポケットへ手を入れることもあります。そして、面白いと思ったのは、20世紀の初め頃のマジシャンの秘密は、袖に物を隠していると思われていたのかもしれないことです。それをセリフのギャグとして使っているのが面白いと思いました。像や金魚鉢やアシスタントの女性も隠せるといったセリフが使われています。このような袖のギャグは1877年のSachsや1902年のアードネスや1909年のアート・オブ・マジックにも使われていました。1945年のターベルコース第4巻にも記載されているのですが、残念ながらそれ以降では、このような袖のギャグが使われなくなりました。1955年に発行されたギャンソン著の "Cy Endfield's Entertaining Card Magic Part 1" の「カード・ツー・ザ・ポケット」は、ターベルコースの方法とほぼ同じ方法が採用されていますが、この袖のセリフがなくなっていました。 |
ポケットへ移動する現象でも、カード・アップ・ザ・スリーブの作品として含めない方がよいものがあります。袖を通るセリフや演出を入れていないからです。単に簡略化するためにセリフや演出を省略したものもありそうですが少数と思います。多くの作品では、新しい現象の物として意識的に書かなかった可能性が考えられます。その特徴として、移動させる枚数や回数が少なく、サインさせたカードを使うことも多いようです。多くの作品では独自のタイトルを付けています。スターズ・オブ・マジックに解説されたバーノンの「トラベラーズ」やカーライルの「ホーミングカード」はその代表と言えます。ところで、興味深いことが1940年代から50年代にかけて発表された多くの作品に、袖を使用する演出がなくポケットへ移動させていたことです。また、1994年に発行されたエルムズリーの本には、数作品のポケットへの移動現象が解説されています。これらは数枚のカードの移動現象で、これまでとは違ったアイデアの作品であり、いずれにも袖の記載がありませんでした。分類上で困ったのは、カード・ツー・ザ・ポケットのタイトルが付けられ、数枚のカードが次々とズボンのポケットへ移動するのですが、袖の記載がないだけでなく別の演出の特徴もない場合です。今回はとりあえず別のものとしました。このコラムの最後には作品一覧を掲載しましたが、袖を使用したセリフや演出があるものとないもので分けて記載しています。 |
ズボンのポケットの内側を引き出すことと、それによりカードを隠すことは、同時に登場したものと思っていました。しかし、そうではないことが分かりました。1902年にチャールズ・バートラムが発表した時にはズボンのポケットの内側を引き出しています。しかし、それは内側がカラであることのあらためのために使われているだけでした。1943年のヒューガード・マジックマンスリー誌9月号にBlackledgeのカード・ツー・ザ・ポケットが解説されていましたが、それは1906年にE. Maroから教わった方法とのことです。ポケットの内側を客に引き出させてカラのあらためをさせ、その後、カードをパームした右手により内側を元へ戻しつつパームカードをポケットへ入れています。そして、1940年のJinx誌97号の記載によりますと、Henry Hardinが1907年の販売物の解説に初めてポケットの内側を引き出した状態でカードを隠す方法を解説されたようです。1909年の「アート・オブ・マジック」のDownsの方法で、さっそくその方法が取り入れられています。最初から3枚をポケットにセットされており、ポケット内側を引き出してカラに見せています。その後、この方法が多くの作品に取り入れられるようになりますが、内側を引き出してもカードを隠さない作品も結構あります。単にカラなことを示すだけのものから、パームしたまま内側を引き出して、戻す時にパームカードをポケットへ入れる作品もありました。また、引き出したままにしておいたり、完全に戻さずにパームした後で気付いたふりをして戻す方法もありました。興味深いのはバーノンの方法です。最初からポケットに3枚をセットしているのですが、内側を引き出す操作を全くしていません。バーノンの方法では次々と変化させつつ、テンポよく演じるために取り入れなかったのでしょうか。また、マニア相手のことも考えて使わない方がよいと判断されたのかもしれません。マニアの場合、この引き出す操作をしただけで、ポケットの中に隠しているのではないかと想像させてしまいそうであるからです。 |
パケットマジックの調査中にフォールスカウントの歴史も調べることが重要となりました。バックルカウントのコラムでも触れましたが、「6カードリピート」のグライドを使った少なくカウントする方法が1933年に発表されます。その後にバックルカウントが登場するわけですが、1933年以前では、多く数える方法がフォールスカウントを意味していたことが分かりました。その使用の中心となるのがカード・アップ・ザ・スリーブとなるわけです。1914年のスタンリー・コリンズの4枚のエースのトリックでは、グライドを使ってエースを消失させていましたが、これはフォールスカウントとしての使用ではありませんでした。また、1920年のチャールズ・ジョーダンのファントムエーセスの作品の中で、4枚のエースを使って、その配列を変えるのにカウントが使われていましたが、ほとんど知られていませんでした。この方法が脚光を浴びるようになるのは、エルムズリーカウントが有名になった後のことです。私が調べた中では、フォールスカウントが初めて登場するのは、1902年のチャールズ・バートラムの作品の中でした。表向きにカウントするのですが、1枚ずつキッチリとカウントしない方法でした。数を読み上げるよりも手の動きを速くする方法です。客席との距離があったので、この方法でも十分であったのでしょうか。その後は、客には裏向きで1枚ずつキッチリカウントしたようにみせる方法に変わっています。さらに、客席に表向きで巧妙にカウントする方法も開発されました。 |
上着の内側の肩からの取り出しの現代版の元になっているのは、スターズ・オブ・マジックのDr. Daleyの方法と言えます。大阪の根本氏や宮中氏もDr. Daleyの方法が元になっています。Dr. Daleyの方法では、右手も左手でもワンハンドパームをする部分があり、パームのスムーズさと自信が重要になります。そうでなければ、堂々とした態度の演技が出来ません。かなりの練習量と経験が必要となるためか敬遠されて、最近では演じるマジシャンが少ないように思います。一般客に演じる場合にはサイ・エンドフィールドの方法が適していると思います。無理がなく、失敗する危険性も少ないと思えるからです。しかし、マニアには通用しないかもしれません。私が演じてみたいのはバーノンの方法やディングルの方法です。バーノンの方法では観客の一歩先を進んでおり、テンポのよい作品です。ただし、最後の3枚の部分は改良の必要がありそうです。ディングルの方法では、面白い発想が使われており、パームやフォールスカウントも使っていない特徴があります。2015年3月に発行された宮中桂煥氏の「図解カードマジック大事典」では、Dr. Daley、バーノン、アードネスの3作品のカード・アップ・ザ・スリーブの作品が解説されています。しかも、それだけでなく、それ以外のポケットへ飛行する現象の作品として、バーノンの「トラベラーズ」、カーライルの「ホーミングカード」や、ル・ポール、ジェニングス、マッキャフレイの計5作品も簡潔に解説されています。今回のテーマの作品の方法を具体的に知るために、是非、お勧めしたい著書です。最後に、作品一覧を掲載しましたので参考にして下さい。
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