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コラム



第64回 天海パームについて(2014.2.14up)

はじめに

レナート・グリーンのスナップディールは驚きの技法です。このディールではカードをテーブルへ配るたびに次々とカードを消すことができます。これには天海パームではなくラテラルパームが使われています。しかし、この元になるベンザイスコップ "Benzais Cop"(J. B. Kard Kop)では天海パームが使われていました。これは1962年にハリー・ロレインにより発表されたものですが、その後のマルローの報告によりますと、ベンザイスコップはパーシ・ダイアコニスの考案でベンザイスに見せたものであったそうです。

天海パームは1957年発行のルイス・ギャンソン著 "The Dai Vernon Book of Magic" で大々的に取り上げられ一躍有名になりました。天海パームの名前もこの時が最初です。ところで、このパームが最初に登場する文献となると何であるのか知らないマニアがほとんどです。また、バーノンより先にマルローが天海パームを応用したチェンジを発表していることもあまり知られていません。この時にはパーム名の記載がありませんでした。その後のマルローは、パームポジションを少し変えて、マルローポジションやアングルパームの名前で発表しています。また、同様な方法をカール・ファルブスが解説する時には、エッジパームやユニットグリップと書いていました。しかし、最近の本やマジック誌では、本来の天海パームの位置と少し違っていても天海パームの名前が使われることが多くなった印象があります。

海外で "Tenkai" といえば天海パームのことも意味しているようです。2007年版のWhaleyの電子版マジック百科事典の "Tenkai" では、天海自身のことだけでなく、天海パームの略語として説明されています。石田天海氏がステージマジシャンで「ウォッチとシガレット」や「四つ玉」の名手であったことを知らないマニアがいても、天海パームを知らないマニアは少ないと思います。

天海パームについて

天海パームと比較されるものにリアパームがあります。それはクラシックパームの状態から、そのまま後方へ移動させたタイプのパームとなります。天海パームは手掌に対して90度近い角度があり、それまでになかった全く新しいタイプのパームといえます。かなり後になって発表されたラテラルパームも手掌に対し90度近い角度があります。しかし、親指は使わず、中指や薬指を使って保持している点で大きく異なります。

天海パームはカードの外エンドの両コーナーを親指と親指に近い手掌で保持するパームです。カードの多くの部分が親指の後方へ突き出ている状態です。手背を客に向けて、手の位置と角度が重要で、うまく行わなければ丸見え状態となります。利点はパームしたままで、つまんだりする指先の操作が自然に行え、一時的な保持としても有用で、応用価値の高いパームです。

レナート・グリーンのスナップディールとベンザイスコップの解説の問題点

スナップディールは配る時のスナップ音と多数のカードを消すことが出来るすばらしい方法です。そのためにラテラルパームが有効的に使われています。この方法だけの小冊子がトム・ストーンの解説により発行されていますが、クレジットする上で重要なベンザイスコップのことにほとんど触れていないのは問題に感じています。ベンザイスコップはスナップディールの操作とよく似ており、配る時のスナップ音がないことと、1枚だけの保持が中心です。その保持に天海パームが使われていました。ベンザイスコップを使った作品が最初に解説されるのは、1962年のハリー・ロレイン著「クロースアップ・カードマジック」ですが、この解説にも問題がありました。J. B. Kard Kopと名付けていますが、人物名のジョン・ベンザイスの名前がないだけでなく、その中で使われている天海パームの名前もありません。作品名を「ロレイン・チャレンジ」として、自分の名前だけが記載されているのにはあきれます。この解説では、配っている途中で、特定の位置の客のカードだけは配ったように見せているだけで、天海パームで保持することになります。その後も配り続け、ストップをかけられたカードといっしょに配っています。

1970年にマルロー著 "Advanced Fingertip Control" の本が発行され、ベンザイスコップの名前となり、マルローの改良が解説されます。そこでは、天海パームではなくマルローポジションで保持すると書かれています。そして、その中で、マルローがパーシー・ダイアコニスと最初に会った時に、ベンザイスコップの方法はダイアコニスがベンザイスに見せたアイデアであると打ち上げられたことが報告されています。1967年にベンザイスの唯一の作品集 "The Best of Benzais" が発行されていますが、その中でベンザイスコップの記載がない理由が納得できました。

1978年にハリー・ロレイン著 "The Card Classics of Ken Krenzel" が発行され、J. B. Kard Kopを応用したKrenzelの数作品が解説されます。そこには、マルローも同様な考えを持っていたとの記載はありますが、天海パームの名前は登場しませんでした。

1990年のスティーブン・ミンチ著 "Ken Krenzel's Close-up Impact!" では、ここでもKrenzelの別の応用作品が紹介されています。こちらでは、J. B. (John Benzais) Kard Kopの名前で、天海パームで保持すると書かれていました。そして、2003年に発行されたマルロー派の一人でもあるJimmy Nuzzoの本では、ベンザイスコップとして解説され、天海パームの名前が使用されていました。以上のことから、ベンザイスコップの解説の歴史経過をみるだけでも、天海パームの記載のされ方の変化がよく分かります。

天海パームの名前が付けられるまで

天海パームが最初に登場する文献は、戦時中のハワイで制作されたビル・ムラタ著 "Tenkai's Manipulative Card Routine" です。天海のオリジナルのステージのカード・マニピュレーションの本です。この最後に、1枚のカードを示して手がカラと思わせた後に、もう1枚取り出すところで使われています。この本では特別なサムパーム "peculiar thumb palm" と書かれています。興味深いことは、このパームに注目したのが、二人のクロースアップマジックの巨匠です。ダイ・バーノンとエドワード・マルローでした。

1954年にはマルローが「ミラクル・チェンジ」の小冊子を発行しています。その冊子の最初のチェンジ技法に天海パームが使われ、四つの応用が解説されています。しかし、ここにはパーム名の記載がないだけでなく、天海の名前も書かれていません。奇妙なことは、その後で記載されています天海の方法が元になったミラクル・チェンジNo.2 の解説には、天海のカード・マニピュレーションの本のことが紹介されていますが、こちらの方法では天海パームは使われていません。

そして、1957年にルイス・ギャンソン著 "The Dai Vernon Book of Magic" の本の登場となります。この本で初めて天海パームの名前が使われ、天海パームの章がもうけられています。そこには、天海パームを使ったカラーチェンジとカードスイッチが解説され、それを使った作品の「ジャンピングジャック」が解説されています。

天海パームから変化した別の名前のパーム

1957年のバーノンブックで天海パームの名前が一躍有名になりますが、同年にはマルローが2冊の小冊子を発行しています。「サイドスティール」と "The Tabled Palm” です。いずれも親指の位置が左外コーナーから左サイド中央に変えられています。さらに、右外コーナーを親指に近い手掌に当てていた状態から、小指の延長線上の手掌に変わっています。これはこれで利用価値の高いポジションです。「サイドスティール」の冊子ではマルローパームポジションやマルローポジションと名付けています。これは天海パームと異なると書かれています。

"The Tabled Palm” の冊子では、同様なパームであるのに、アングルパームの名前となっています。興味深い記載が、アングルパームの特殊な方法として、カードを横向きで保持するパームが発表されていたことです。親指が左エンドで手掌には右エンドが当たる状態となり、これも利用価値の高いパームです。ロンジチューディナル・アングルパームの名前が付けられています。1961年にはマルローの「カードスイッチ」の冊子が発行されますが、ここではリアアングルパームの名前が付けられています。

マルローの上記の各冊子により、別の名前が付けられていますが、大きな違いがあるようには思えません。マルローパーム・ポジションは天海パーム・ポジションに対する名前のようです。アングルパームはフラットパームに対する名前で、リアアングルパームはリアフラットパームに対する名前のようです。何か違いがあるのかもしれませんが、よく分かりません。

1977年にはカール・ファルブスによる5冊の「パケットスイッチ」の本が発行され、エッジパーム(Harvey Rosenthal特集号)やユニットグリップ(Gene Maze特集号)の名前となっていました。ここでは天海もマルローの名前も記載されていませんでした。エッジパームは右親指と右掌の右エッジで挟んで保持するパームで、マルローポジションとの違いがよく分かりません。ユニットグリップは天海パームかマルローポジションで、4本の指を曲げているだけのグリップのように思えます。

天海パームの名前が主流の時代に

マルロー自身は天海パームを無視しているのではないようです。その後の文献を読みますと、天海パームを使った方がよい作品では天海パームと書いています。また、どちらでもよい場合には、天海パームまたはマルローポジションを使用と書かれていることもありました。しかし、多くの場合はマルローポジション(アングルパーム)を使っており、天海パームとは違うものだとの考えは固守していたようです。

マルローの影響力は強く、1979年発行のリチャード・カウフマンの「カードマジック」の本では、マルローが名付けたアングルパームの名前で統一して解説されていました。この頃のカウフマンは、マルローの機嫌を無視できない時代であったのかもしれません。この本は2008年に東京堂出版より壽里竜訳「世界のカードマジック」として発行されています。1991年にマルローは死亡しますが、1993年発行のカウフマン著のスティーブ・ドラウンの作品集では、天海パームの名前が使われるように変化していました。ここでの天海パームは本来のポジションから少し変更されたものであり、しかも、スティーブ・ドラウンはマルロー派のマジシャンの一人であるにもかかわらずです。ただし、Modified(変更した)Tenkai Palmと記載されていました。

1957年の「バーノンブック」の発行以降、天海パームを使った作品がいろいろ発表されていますが、天海パームの名前をさらに広めて不動のものにしたのはロス・バートラムです。1978年の "Magic and Methods of Ross Bertram" では約20ページを使って、1983年の "Bertram on Sleight of Hand" では第7章が "Tenkai" の特集で、47ページを使って天海パームの応用が解説されています。また、1994年発行の "Roger Thesaurus" の本では、特殊な天海パーム( LTP )を使った応用を多数発表していたのが Roger Crosthwaiteです。LTP とはLongetuginal Tenkai Palm のことで、カードを横向きに天海パームしています。

1990年以降で、天海パーム関連を使った作品を記載した文献を調べた結果、13ありました。これは短期間でのまだまだ不十分な調査です。その中では、天海パーム以外の名前を使っていたのは二人だけでした。1冊はGene Mazeの作品を書いたStephen Hobbsで、カール・ファルブスが発表した時のままのユニットグリップの名前を使っていました。もう一人はイギリスのJustin Highamで、アングルパームの名前を使い、天海パームではないと但し書きもしていました。彼は熱烈なマルローファンかもしれません。

あとがき

天海パームについて調べ始めた時に、アドバイスをして頂いたのが大阪の研究家の田中貞光氏です。天海パームに関係するベンザイスコップの話をされたのも田中氏です。これは私も大いに勉強になりました。また、手の小さい日本人にとって、クラシックパームだけでなく天海パームを研究することの有益性にもふれられました。手の大きいアメリカ人はクラシックパームは日本人より楽に行えます。日本人がブリッジサイズをパームするのと同じ感覚だと思います。手の小さいマリニーはリアパームを使っていたとの話ですが、手が大きくない天海氏だからこそ天海パームを生み出したのでしょうか。そして、スクリプト・マヌーヴァ社からバーノンDVDの日本語字幕版が発行されていますが、その第3巻の終わりから第4巻の最初にかけて天海パームの話をしているのも参考になるとのことでした。さっそくDVDを見ますと、本には書かれていなかったその後のバーノンの方法も紹介されていました。また、第4巻の最初には、バーノンが天海パームを使ったスイッチを天海氏に見せて驚かせた時の方法を解説されていました。

1953年のシカゴで天海氏が狭心症で入院し、その後、シカゴでの療養生活が1954年5月まで続いています。この間に個別に多くのマジシャンが見舞いに来られ、マジックのセッションをされていたようです。マルロー、バーノン、ルポールとは、この時に初めて会った可能性があります。マルローはこの時から数年間に発行された14冊のRevolutionary Card Techniqueのシリーズの冊子で、4冊に天海パームを応用した方法が解説されています。それだけ、マルローにとって影響が大きかったのだと思います。問題は、もっと天海の名前を前面に出すべきだったと思います。その方が、後年には天海パームのマルローポジションとして高く評価され、多くの人に認知されたのではないでしょうか。原案者を尊重し、改案者も尊重することが重要だと思いました。


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