前回のパート1では、クレイジーマンズ・ハンドカフを中心に取り上げました。そこで、今回のパート2では、それ以外の輪ゴムマジックを中心に報告します。まず、ダン・ハーラン考案の両手に橋渡しした輪ゴムの4本の平行線を使ったマジックから始めます。これには、現象の異なる2種類のマジックがあります。その後、古典的な指から指へ移動する輪ゴムと、ちぎった輪ゴムが復元するマジックの歴史と経過を報告します。しかし、その前に、私と輪ゴムマジックとの関わりから報告させて頂きます。 |
私が輪ゴムマジックで初めて面白いと思ったのは、福井哲也氏の「輪ゴムの色変り」です。大阪奇術愛好会が1979年に発行された "The Svengali No.17" に解説されています。全くの新しい発想で、一般客だけでなく、マニア相手にも通用する輪ゴムマジックに感動しました。その後の印象的な作品が、この後で報告しますダン・ハーランの「トラベリング・キャッシュ」です。1987年の箱根クロースアップ祭でマイケル・ウエバーが演じられました。その時の強烈な印象が目に焼き付いています。1993年には、ダン・ハーランがビデオ「バンド・シャーク」を発行され、多数の輪ゴムマジックに圧倒されます。しかし、それだけで満腹してしまったためか、その後、輪ゴムマジックに興味を持たなくなってしまいます。ダン・ハーランの3巻セットの輪ゴムマジックのビデオや、Joe Rindfleisch の輪ゴムマジックのDVDも手に入れましたが、資料として持っているだけでした。 |
2本の輪ゴムを両手の指に引っ掛けて左右に引っ張ると、4本の平行な線が出来ます。細長く折った紙幣の中央部分を、トップの輪ゴムに引っ掛けますと、紙幣が2段目の輪ゴムへ移ります。さらに、3段目、4段目と移り、輪ゴムや他にもあやしい点がないことを示して終わります。これには、ダン・ハーランの「トラベリング・キャッシュ」のタイトルがつけられています。ダン・ハーランが編集に加わっているマジック誌 "The Minotaur" の1988年11月発行のトップページに解説されていました。これは、第1号の前の発行で、無料配布されたもののようです。これが最初の発表と思っていました。他に発表したしたことも何も書かれていなかったからです。 |
ダン・ハーランは下段へ移行させる物品に、クリップや紙幣を使って発表されました。その後、他の人物による作品がいくつか発表されています。1995年のダン・ハーランの3巻セットのビデオの3巻目には、グレッグ・ウイルソンによる「タイムゾーン」が解説されています。下段へ移行させる物品として腕時計が使われているだけでなく、この腕時計による、ちょっとした演出が加えられていました。2005年発行の Joe Rindfleisch の輪ゴムマジックのDVDでは、3本の輪ゴムを使って、6本の平行線を作って演じていました。しかし、最も面白いと思った改案は、1993年にマジックランドより商品化されて発表された沢浩氏の「シソミド」です。タイコード(ひもネクタイ)にも使用できるデザイン性のある伸びるコードと、タイコードの飾りとして使える長さ4センチ程の金属製の音符型飾りを使います。コードをループにして、特別な方法で両手の間に4本の平行線を作ります。トップのラインに音符を付けてもらい、「シ」と言います。次に「ソ」と言うと上から2段目へ移行します。同様に行って、「ミ」と「ド」と言うたびに下段へ移行します。輪ゴムのマジックと違って、パーティーのような多人数でも演じることが出来るしゃれたマジックになっています。 |
上記のマジックの関連作品で、もう一つの興味深い現象が、6月のRRMCで質問に出されたものと関係しています。それは、4本の平行線のトップに引っ掛けた物体が4段目まで下降し、その後、続けてトップまで戻る現象です。RRMCのメンバーの一人が、その考案者が誰かを知りたかったようです。Yuji 村上氏によりますと、ディーン・ディルが行っていたとのことですが、彼の考案であるのか分からないと解答されました。その1ヶ月後のRRMCの例会で、村上氏にディーン・ディルが行っていた方法を見せて頂きました。それと同時に、意外な事実が明らかになりました。ディーン・ディルが来日した時に、村上氏の独創的な輪ゴムマジックを彼に見せました。そうしますと、彼が大いに気に入り、上記の上下に往復する方法を教えるので、村上氏の作品を教わりたいとのことでした。この村上氏の作品が、その後、許可を与えて、ダン・ハーランの3巻セットの輪ゴムマジックのビデオの3巻目で解説されることになります。そのタイトルが "Yuji Murakami's Jump Switch" です。興味深いことは、それまでの村上氏は、Yuji 村上の名前を使ってはいなかったことです。このビデオで、間違った名前が使われていたことから、その後、この名前をマジシャン名に採用して使用されるようになったそうです。なお、上下に往復する方法が解説されたものは、まだ、見つけることが出来ていません。 |
ダン・ハーランが考案した輪ゴムマジックで、二つ目の話題作が「リンキング・ラバーバンド」です。前記の作品のように、両手の間に4本の平行線を作ってから開始しています。中央の2本のラインがX状にクロスしたり、元に戻る現象です。この最初の発表は、何故か、ダン・ハーランのオリジナルの解説ではありません。ミッチ・ウイリアムズの操作と手順、そして、マイケル・アマーが実際に行っている方法を紹介しています。後者は、客の指で中央の2本をつまませる演出を加えた解説で、これもダン・ハーランのアイデアとのことです。これらは、1989年発行の「マジカルアート・ジャーナル」Vol.2 の4、5、6合併号に解説されています。ダン・ハーラン自身の方法は、1993年発行のビデオ「バンド・シャーク」と、90年代に発行された彼のレクチャーノートに解説されています。いずれも、タイトルのトップに "Impromptu" が付けられています。彼が考案した最初の方法では満足できず、簡易化が出来たので発表されたのでしょうか。 |
人差し指と中指にはめた輪ゴムが、薬指と小指へ飛び移るマジックは、古典的名作です。子どもには受けるのですが、残念ながら、大人向きとは言えません。種を知っているか、または、何故そうなるのかの見当がつくからでしょうか。スタンリー・コリンズが原案者で、1911年のイギリスのマジック誌 "The Magician Monthly" に初めて解説されました。その後、さまざまな改良が加わります。代表的なものは、色違いの2本の輪ゴムを使って、2本ずつ別の指にかけますが、お互いの輪ゴムが一気に入れ替わる現象です。これは、1921年に発表されています。また、別の輪ゴムを4本の指先に絡めて、その内側にある輪ゴムが抜け出しにくい印象を与える方法も、よく取り入れられています。これは、1926年(27年)発行の「ターベル・システム」に解説されていました。これが、1941年発行の「ターベルコース第1巻」に再録されます。話が外れますが、第1巻の中で作者名のある作品は、「ターベルコース」のために新たに加えられたものですが、それ以外は「ターベル・システム」の原稿とイラストが使用されています。 |
私が演じている輪ゴムマジックが、ハリー・ロレインの "Snap!" だけであることは既に報告しました。1969年の "Hex" にハリー・ロレインの作品として掲載され、1971年のハリー・ロレイン著 "Reputation Makers" に再録されています。後者には、改案時の話が加えられていました。友人であるWalt Rollinsがレクチャーで行っていたものを、ロレインはテーブルの上で即席にセットが行えるように改良しています。Rollinsの作品が、何かに解説されていないかを探しましたが、見つかりませんでした。1972年のフロタ・マサトシ編集「ニューマジック」誌Vol.11, No.8 に「天海の輪ゴム切り」が解説されています。1964年頃の天海氏の作品だそうです。客にも輪ゴムを渡して、演者と同じようにちぎらせ、演者の輪ゴムは復元するのに、客のはちぎれたままといった現象です。もちろん、セットアップは古いタイプの方法を使っていました。天海氏は誰から影響を受けたのかは書かれていませんでした。1990年の "The Amazing Miracles of Shigeo Takagi" には、高木重朗氏の改案が解説されています。一度、輪ゴムを2本の指に巻き付けた状態で示し、その後、取り外してちぎる操作を行っています。1992年には、東京堂出版より日本語訳版が発行されています。 |
なぜ、このようなことを調べる必要があるのか、不思議に思われるかもしれません。現在でも、その作品で特徴的なちぎるための準備の操作は、ハリー・ロレインのものとされています。それに異議を唱えるきっかけを作ったのはマーチン・ガードナーです。そして、それをそのまま受けとめて報告されたのがジョン・ラッカーバウマーです。彼はエド・マルローの多数の作品を紹介されただけでなく、1990年頃の彼は、間違った原案者となっているマジックに対して、それを正す活動を精力的に行っていました。1991年11月号のGenii誌には、ラッカーバウマーの "Convincing Snap!" が解説されています。その中で、ちぎった輪ゴム復元の歴史に触れています。1978年発行のマーチン・ガードナー著 "Encyclopedia of Impromptu Magic" の輪ゴムマジックのコーナーで、ハリー・ロレインのセットアップと同じ方法が解説されていることを報告しています。ガードナーの本では、それをインドのKuda Buxの方法とされていました。Buxは顔全体に布を巻き付けて透視するのが有名で、1981年に死亡しています。ラッカーバウマーの説明では、ガードナーの "Encyclopedia" の本は "Hugard's Magic Monthly" 誌の1951年から1958年まで連載されたガードナーの同タイトルのコーナーを再録したものとしています。そのことから、ラッカーバウマーはこのマジックも、その時に解説されていたものと思われたのかもしれません。そうであれば、Buxが原案者の可能性が高くなります。しかし、このマジックに関しては、そこには解説されておらず、78年のガードナーの本に新たに書き加えられたものであることが分かりました。イラストも全く違った人物ににより描かれたものです。ロレインの "Snap!" と同じセットアップのイラストとなっていますが、その方法でBuxから何年頃に教わったと書かれてあれば、混乱させずにすんだはずです。しかし、具体的な説明が全くないことが問題でした。前記しました1990年の高木重朗氏の本でもこのマジックの部分で、著者であるリチャード・カウフマンは、インドの方法を1978年のマーチン・ガードナーの本で知ることが出来ることのみ紹介していました。その後の興味深いことは、1993年に "Martin Gardner Presents"の本が発行され、輪ゴムと指輪のマジックで "Snap!" の操作を取り入れた解説があったことです。この本は東京堂出版から日本語訳され「マーチン・ガードナー・マジックの全て」のタイトルで2巻に分けて発行されています。その1巻目の本にこのマジックが解説されています。この操作のクレジットをどのようにされているのかに興味が集中しました。ハリー・ロレインにより1960年代に "Snap!" としてポピュラーとなり、"Reputation Makers" にも記載されていると紹介されていました。インドやKuda Buxの名前は書かれていませんでした。結局、このセットアップは、ハリー・ロレイン考案のものとしてもよさそうです。 |
前回のコラムで、山下裕司氏の輪ゴムの分裂と、ダン・ハーランのビデオでの方法との関係について報告しました。その後、パート2の記事の作成時に、もう一度、可能な限り再調査しました。その中で分かったことがあります。1991年1月号の「アポカリプス」誌に解説されたSammy Riningtonによる方法が、山下氏の方法とほぼ同じ内容でした。これを見たダン・ハーランが、少し違った方法で同じ現象が起こせるように考えて、ビデオに解説されたのではないかと思います。Riningtonはスエーデン在住のイギリス人で、「アポカリプス」編集者のハリー・ロレインが、彼の演じているのを見て気に入り、教わったそうです。彼独自で考案されたのか、誰かから情報を得て工夫されたのかよく分かりません。1980年代後半以降は、日本と世界とのマジックの交流が、よりいっそう盛んになっていましたので、山下氏のマジックが伝わっていた可能性も捨てきれません。 |
2回にわたり輪ゴムマジックの代表的な現象だけを取り上げましたが、これら以外の別の現象もいろいろとあります。カラーチェンジ現象や違ったタイプの貫通現象、そして、輪ゴムと指輪やデックを併用した作品等です。特にデックを使った作品に関しては、かなりの作品数があり、一つの分野として取り上げるべきと思っています。 |