うわさでは、タマリッツの「オイル・アンド・ウォーター」は、すごいと聞いていました。それを実際に見た時、魔法を見ているとしか思えない衝撃を受けてしまいました。タマリッツは特別にすばらしいのですが、このマジックを最初に考え出した人も、すごいと思ってしまいました。 |
数枚の赤カード(ダイヤ・ハート)と黒カード(クラブ・スペード)を交互に重ねて、混ざった状態にします。「油と水は、混ざり合いません」といって、パケットの表を示すと、赤と黒のカードが分離しています。そして、通常は、少し方法を変えて、数回繰り返されます。また、一般的には、4枚の赤と4枚の黒のカードを使った現象として示されています。しかし、特に枚数は限定されていません。3枚ずつの場合や、5枚以上ずつの場合もあります。 |
カール・ファルブスは、1973年発行の小冊子"Notes from Underground Card Tricks"において、マルロー以外の作品を原案として書いています。まず、19世紀のホフジンサーにより、赤と黒のカードを分離する現象が、すでに考案されていたと報告しています。ただし、これはデック全体を使った現象です。パケットによるものは、ウォルター・ギブソンの"Like Seek Like"が最初としています。これは、1940年のマジック誌"Jinx"のNo.91に解説されています。このパケットによる作品の内容について報告します。 |
マルローの作品は、ウォルター・ギブソンの作品に比べ、何が違うのでしょうか。大きな違いは、赤と黒に分かれたパケットの状態から、赤と黒のカードを、交互にして混ぜる操作が加えられていることです。これにより、混ぜ合わせた印象が強くなります。そして、この操作の段階が、すでに、マジックを成立させるための重要な要素となっています。また、「オイル・アンド・ウォーター」のタイトルをつけたことや、それに合わせて、「水と油は混ざり合うことがありません」といったセリフが加えられたことも、違いの一つとしてあげられます。 |
海外の文献で、「オイル・アンド・ウォーター」と関わりのあるものには、可能な限り目を通しました。「アンチ・オイル・アンド・ウォーター」の混ざる現象や、ロイ・ウォルトンの「オイル・アンド・クィーン」を改案した作品も含めました。結局、100近くの作品と、「オイル・アンド・ウォーター」について書かれた記事だけのものも参考にしました。 |
二人の間に、敵対関係をつくるきっかけとなった記事があります。カール・ファルブスが、自分の発行するマジック誌"Epilogue"の1971年11月号に、マルローの批判文章をのせたことです。これは、「二つのレター」と題して、リフル・シャフル・テクニックのマルローの記事に対して、読者からの批判の手紙として掲載しています。この後から、二人の関係は、かなり険悪な状態になったようです。 |
発行された本やパンフレットの数は、60以上におよびます。発表した作品数や技法数は数えきれません。マジック誌にも多数発表しています。プライベートで発行された「マルロー・マガジン」は、6巻まで発行されましたが、1冊だけでも300ページ以上あります。この莫大な数の作品や技法のほとんどが改案です。しかし、マルローの独特な味のある改案です。オリジナルなものもありますが、多いとはいえません。その中で、多くのマジシャンに知られているものとなると、「エレベーター・カード」と「オイル・アンド・ウォーター」ぐらいです。技法では「オーラム・サトルティー」と「インコンプリート・フェロウ」があげられる程度です。このことは、私にとっては予想外で驚きです。この中の一つの「オイル・アンド・ウォーター」が否定されようとしていたわけです。 |
いくら考えても、「オイル・アンド・ウォーター」の改案作品で、原案者名をクレジットする時に、ウォルター・ギブソンの名前だけしか書かれていないのは、異常を感じてしまいます。今日、演じられています「オイル・アンド・ウォーター」の基礎を作り上げたのは、マルローであるからです。原案者名を書かれる場合に、まず第一に、エドワード・マルローの名前をあげるべきです。その上で、パケットでの赤と黒の分離現象考案の先駆者を、ウォル ター・ギブソンとするのであれば、納得出来ます。また、エドワード・マルロー/ウォルター・ギブソンの連名で書くことも、一つの考え方といえるでしょう。 |
1953年に、マルローが最初に発表したのは10枚を使う方法です。4枚ずつの赤と黒のカードを使った現象ですので、2枚を余分に使っているわけです。4枚を客にわたし、残りの4枚(実は6枚)を演者が持って、交互にテーブルに配って重ねています。第2段も、ほぼ同じ方法で行い、第3段は、その都度、表を示して確認させながら行っています。 |
1951年に、ブルース・エリオット(マジック誌「フェニックス」の編集者)宛てに送られた手紙の中で、解説されていたものがあります。それは、今日の方法とかなり違っており、10枚ずつ使い、3段まで演じられています。第1段は、ダイレクトでスピーディーですが、ターンオーバー・パスを必要とします。第2段と3段は時間がかかりすぎます。赤黒交互に重ねて混ぜ合わせた後、もう一度、交互に配って、二つの山に戻す作業が必要です。そして、もう一度、混ぜ合わせています。これらの欠点を改良して、新たな発想で完成させたのが、1953年の「オイル・アンド・ウォーター」と言ってもよいのではないでしょうか。難しい技法を使わずに、スピードアップもはかった作品となっています。 |
1960年までには、マルローにより、基本型が完成されたといってもよいでしょう。そして、1960年代後半より、メインの技法として、エルムズリー・カウントが登場します。8枚だけや、9枚使用の場合には、ほとんどこの技法が使われています。あまりにも便利で、使いすぎたことにより、「オイル・アンド・ウォーター」が、マニアにとって、面白みの少ない、あきられるマジックとなったのではないでしょうか。しかし、この技法のおかげで、新たなクライマックスが可能となったことも事実です。 |
レイ・コスビーは2作品発表していますが、2作共ユニークです。一つは、1984年の「ニューヨーク・シンポジウム3」で解説された方法です。本当に赤黒交互になっている8枚を、左手で裏向きに持っています。右手により、トップから1枚ずつ表向けて、少し広げつつ4枚を示すと、4枚とも同色になっています。残りの4枚は、大胆な方法で見せています。1990年の「スペクタクル」に発表されたコスビーの方法では、客に同色の4枚を渡し、演者の右手には、別の色の4枚を持った状態で始められます。演者の左手の上へ、赤と黒を交互に重ねてゆきます。8枚目を置いた段階で赤黒が分離しています。 |
「オイル・アンド・ウォーター」に関して書きたいことが多すぎて、今回の中には収まりきれません。例えば、水と油と色との関係です。このことに関しては、多くの作品が、黒カードを油としていたことだけの報告にとどめておきます。また、水よりも油の方が軽いために、油が上になるはずです。そのことを強調しつつ、そのように演出している作品がありました。さらに、少しずつ分離してゆく状況を、見せて行う作品もありました。赤と黒の裏の色を、違った色にして行う作品や、トリックカードを使った作品等、報告すべきことはたくさんありますが、今回は割愛させて頂きました。 |
今回も長いコラムとなりました。断片的なことだけの報告であれば、もっと短くすることが出来ます。しかし、せっかくですので、全体像や歴史的なことまで含めますと、長くなってしまいます。反省はしつつ、仕方がないといった思いもしています。 |