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コラム

第9回 左を向いて行うパス(シフト)について (2003.6.10up)

2002年3月のRRMCの会において、メンバーの一人よりSteve Draunのミッドナイト・シフトを見せてもらいました。このパスはターンノーバー・パスの変化型ですが、ターンノーバーさせずに、その代わり、デック全体に180°のローテーションを加えています。非常にうまく行われていましたので、上下のパケットの入れ替わりは近くで見ていてもわかりませんでした。しかし、その時になんとなく違和感を感じてしまいました。少し後になって、それが何であるかがわかりました。正面を向いてパスを行っていたのではなく、少し左を向いて、デックを横向きに垂直にして行っていたからです。カードのカラーチェンジの時によく使用される位置です。

このパスのことを1996年に発行されたSteve Draunの本で調べますと、やはり左を向いて行うように解説されていました。なお、1984年のリチャードズ・オルマナックにもこのパスが紹介されていますが、これを解説されたカウフマンは、このパスはコントロールとカラーチェンジに使えるが、カラーチェンジに使う方が良いと述べていました。

私はパスというものは、正面を向いて行うものとばかり思っていました。左を向けば、確かに右手によるカバーでパスが暴露しにくくなります。また、デックを横向きに垂直にすることにより、一方のパケットで他方のパケットのカバーが可能となります。しかし、その反対に不自然さが生じてしまいます、特別な理由があって、最初から最後まで左向きでマジックが演じられているのであればわかります。または、カラーチェンジや何か現象が起こるのを示すために左向くのであれば納得できます。ところが、そうではなく、トップ等へコントロールするために、その時だけ左向いてパスするのであれば問題です。不自然な動作だと思ってしまうのは私だけでしょうか。

ところで、ちょうどその頃に、1973年発行の臼井武雄氏の「カード奇術技法ノート」を手に入れたところでした。各技法ごとによくまとめられた力作の本です。上記のようなことがありましたので、よい機会だと思い、パスの項目をじっくり読ませていただきました。簡略化された図によりわかりやすく解説されています。しかし、デックはサイドが上下になるように垂直の状態で開始され、パスは左向いて行うように書かれていました。スタンダードなパス(クラシック・パス)でそのように解説されているわけです。そのために、私の頭は一瞬混乱してしまいました。そこで、他の文献ではどのように解説されているか興味が沸いてきたわけです。

まず最初に手に取ったのが、たまたま、すぐ目の前にあったターベルコースの第1巻です。ターベルコースはいろいろなマジックを調べるのに役立たせてもらっていましたが、カードの技法に関する部分は、今までほとんど目にすることがありませんでした。パスの項目を見ますと、レギュラー・パスとモダン・パスと名付けられたパスの解説がありました。驚いたことに、両方とも、左を向いて行うパスでした。そして、パスを使う方法の解説の中で「パスを行うのに最も良い姿勢は、やや左向きになることです。右手の甲とカードの裏が観客の方を向くようにするのです。」と書かれていました。

あまりにも左向きのパスが続くため、古い海外の文献から手当たり次第に調べてみることにしました。その結果わかったことは、やはりほとんどの解説が正面向いて行われていることでした。ただし、ターンノーバー・パスの多くが少し左向きでデックを横向きに垂直にして行っていることがわかりました。

そこでターンノーバー・パスについての歴史を調べました。ターンノーバー・パスの元となったのはハーマン・パスです。1897年のローターバーグ著による"New Era Card Tricks"で初めて紹介されたようです。私はこの本を持っていませんが、1902年発行のローターバーグ著による"Card Tricks"の本がありましたので、そちらに解説されている内容で感想を述べさせていただきます。そこには左を向くとは書かれていませんが、絵や解説から、左を向いてカバーしないと成立しないパスだと思えました。もし、左を向かずに行うとすれば、強力なミスディレクションにより、パスを行っている手元を意識させないようにする必要がありそうです。1938年のJean Hugard著による「モア・カードマニピュレーション�」にはハーマン・パスを解説されていますが、そこにははっきりと左向いて行うことが書かれています。また、有名な「スター・オブ・マジック」にはDr.Jacob Daleyの"The Cavorting Aces"が紹介されていますが、その中で使用されたハーマン・パスにも左向きで行うように書かれています。ただし、この作品の中では、パスの後、リフルも行って、そのすぐ後に、トップとボトムのカードの変化現象を示しています。

ところが、これらのターンノーバー・パスの中でも1940年のHugard and Braue著による「エキスパート・カードテクニック」や、1946年のBraue著の「インビジブル・ターンノーバー・パス」では正面向いて行われるよに工夫されていました。また、1949年のル・ポールの本にあるターンノーバーパスも正面向いて行なわれていました。
その後のターンノーバー・パスの発展型として、最初に紹介しましたDraunのミッドナイト・シフトとビル・マローンのマローン・シフトがあげられます。どちらもターンノーバーさせずに別な方法でカバーするパスですが、両者共、左向いて行うパスでもあります。なお、1991年のAlex Elmsleyの本にある"The Tipsy Turnover Pass"は正面向いて行われるようにしたパスです。

ターベルコースの解説以外に、クラシック・パスと同様なタイプのパスで、左向いて行うように解説されたものがないかを調べました。そして、1冊だけ見つけることが出来ました。1969年のウォルター・B・ギブソンによる"The Complete Illustrated Book of Card Magic"です。1977年には、高木重朗訳の「ウォルター・B・ギブソンのカード奇術」として上下の2巻にわけて発行されています。この中で、各種のパスが解説されていますが、臼井氏の「カード奇術技法ノート」のパスの項目は、この本の影響が大きいのではないのかと思わされる部分もありました。

左を向いてパスを行えば、初心者の人でも割合短期間でパスを使うことができるようになります。カバーが大きくて、露出の心配が少ないからです。十分に修得出来ていないのに、正面を向いてパスすることにより、上下のパケットの入れ替わりの時にチラッと見えてしまうよりは、左を向いて行うほうが実用的だという考えがありそうです。また、パスのために少し左向くぐらいのことは、一般客はたいして気にはとめていないという意見もありそうです。しかし、私としては、左を向いてパスを行うことには、やはり抵抗を感じてしまいます。特に、パスのためにだけ左を向くことは避けたいと思っています。

私が左を向くことにもっとも納得出来る状況は、演者の左側にお手伝いをしてもらう客を座らせた場合です。他の大勢の観客に対して、左向きになることが自然であるからです。この状況であれば、デックを横向きに垂直にしてパスを行ったとしても、違和感はかなり少なくなるといえそうです。あるいは、DaleyのCavorting Acesのように、ほとんど左向いた状態を保ったままで演技が続けられる場合です、この状態で、トップとボトム・カードの変化現象等が次々に演じられていくからです。

私はパスを露出しないことが重要だと思いますが、それ以上に「何かしたのかな?」と気付かせないパスである必要性を感じています。パスの操作そのものが、カラーチェンジのように現象と直結している場合は別としても、秘かなコントロールのためにだけ使用している時は、特に重要です。

今回の左向きで行うパスを調査することにより、そのことだけでなく、本来の正面を向いて行うクラシック・パスについても、いろいろと勉強することが出来ました。速さも重要ですが、速いだけでなく、気付かれないためのパスはどのように行えばよいのか、今後も研究と技術を磨くこと、そして、実際の演技の中でどのように実現させていくのかが重要になってくるといえそうです。


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